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闘技大会編
決意と意地
しおりを挟む「―――うッ!!」
イーヴィディルの剣により吹き飛ばされ、その衝撃にうめき声を上げるリン。
彼女の頭を急激な精神ダメージが襲い、飛びそうになる意識を必死につなぎとめた。
(くっ……まさか感づかれるなんて……ダメージは通ってたみたいだから意識もはっきりしてなかったはずなのに……)
朦朧とする意識の中、リンは頭の中の靄を振り払うように頭を振って何とか立ち上がる。
フィールドを包んでいた黒煙はすでにその一振りで払われてしまっていて、そこには剣を右手に携えたイーヴィディルが俯いて立っていた。
「キサマ……よくも……よくも我輩にこんな傷害を与えおったなッ!! 許さん、許さんぞ!! キサマは、キサマはぁぁぁぁぁ―――!!」
イーヴィディルは突然叫ぶようにそんなことを言い出すと、突然リンの方へと高速で突っ込んでくる。
そのスピードは先程とは段違いであり、リンは一瞬で彼我の距離を詰められてしまった。
「―――なっ!? そんな、さっきよりもはや―――――ッ!!」
驚愕に声を震わせるリンだが、その声はイーヴィディルが振るった剣により遮れてしまう。
風を切り裂き襲って来る彼の剣閃、それにリンは何とか短剣を合わせ、受ける。
しかし、短剣では完全にイーヴィディルの攻撃を殺すことはできず、物理的ダメージが結界の効果によって重鈍な精神ダメージとなり、彼女の意識に重くのしかかってきた。
あまりの衝撃に吹き飛ばされるリン、彼女は今にも途切れてしまいそうな意識を何とか歯を食いしばることで繋ぎ止める。
しかし、それが精一杯、受け身をとる余裕までは無く、リンはそのまま地面に叩きつけられた。
「―――――かはっ!!」
リンの口から息が漏れるかのような声が出る。
身体は鉛のように重く、立ち上がろうにも指先すら動かない。
そんなリンの姿を見て、勝利を確信したからか、あるいは愉悦を覚えたのか、イーヴィディルは醜い笑みを浮かべていた。
「ガハハ!! 苦しいか? 辛いか? 立ち上がれないか? ハハ、これは愉快である。
我輩に逆らうからそう言うことになるのだ!!」
言いたい放題のイーヴィディル、だがリンにはそれに言い返す力すら残っていない。
「くっ……」
悔しさに唇を噛みしめるリン、だが、そうしたところで体に力は入らなかった。
意識を繋ぎ止めることすらも徐々に難しくなってくる。
リンの敗北が決定するのも時間の問題だった。
だが……。
「全く、貴様がこの程度ならば、貴様の仲間のあの男も程度が知れるというものだな!! かっかっかっ!!」
「―――――ッ!!」
彼のその発言を聞いた瞬間、入らなかったはずの体にもう一度力が入った。
動かなかったはずの指は動き、鉛のように重かったはずの体は不思議と軽くなっている。
だだ敗北を待つだけだった少女は、再び立ち上がり、その目に闘志を宿す。
彼女を支えていたのは一つ、たった一つの譲れない思いだった。
(ボクがいくら貶されようとも構わない。
そんなのは今までの経験で慣れてるし、今は皆がいるから気にもならない。
だけど……だけどあの人をッ!!
アキラを侮辱されることッ!!
それだけは……許せない、許すわけには……いかないっ!!)
その思いを胸にリンは再び立ち上がる。
「て、訂正……して……」
「う~ん……? ほう、貴様、まだ立てるとはな。
それで? 満身創痍のようだが、何かほざいたか?」
「アキラを侮辱したこと……訂正してッ!!」
リンの心からの叫びに対し、イーヴィディルは嘲笑を返す。
「ガハハ!! 何を言うかと思えば、訂正だとぉ? するわけなかろうが!!
むしろ何度でも言ってやろう!! 貴様の仲間の男、あんな奴などムシケラ同然である、となっ!! かっかっかっ!!」
「そう……ならボクは、まだ倒れるわけにはいかないッ!!」
―――――脳が悲鳴を上げている。
すでに体は限界を超えた。
意識は今にも飛びそうだし、身体からはすぐに倒れたいという訴えが鳴り響く。
手足を動かすことどころか、思考することすら億劫。
だが、それでも譲れないもののために彼女は短剣を手に、構えをとる。
そして、力強く地を蹴り、男に向かって行く。
彼女の自分の全霊をかけた疾走は男との距離を瞬く間にゼロに還元した。
「―――――むっ!?」
「はぁぁぁぁぁッ―――――!!」
叫び声と共に短剣を振るうリン。
だが、それは『キンッ』という簡素な金属音と共に、あっさりとイーヴィディルに弾かれてしまう。
それどころか、迎撃に入ったイーヴィディルの力の乗った剣戟がもろに彼女の胴体を捉えた。
「は、はは……これで―――――なっ!?」
“これで終わり”そう告げようとしたイーヴィディルの声は、しかし最後まで紡がれない。
なぜなら、彼女がもろに一撃を受け、吹き飛ばされたにも関わらず、再び立ち上がり、男へと向かってきたからだ。
「負けられない……絶対に、負けるわけには、いかないッ!!」
そう声を張り上げながら彼女は幾度も斬撃を繰り出し、そしてそのたびにイーヴィディルに迎撃をくらい、吹き飛ばされる。
しかし、それでも彼女の意識は沈まない。
彼女はフラフラと立ち上がると、再び男へと向かって行く。
何度も、何度も、何度も……。
大切な人を侮辱した男を倒すというリンの鉄の意志が、限界をとうに超えている体を再び立ち上がらせ、戦わせていた。
「何故だ……何故倒れない!? 何故立ち上がってくる!? 貴様は……貴様は一体何なのだぁぁぁッ!!」
悲痛な叫びを上げるイーヴィディルに対し、リンはただそこに、静かな、しかし、強い闘志を携えて勝てぬとわかっているはずの敵に挑みに行く。
圧倒的に不利な状況にあるはずの者が、その実、優位に立っているはずの者を追い詰めているという矛盾。
それがイーヴィディルの心に根拠のない焦りを与える。
「―――これでくたばれぇぇぇッ!!」
幾たび迎撃しても立ち上がってくるリンに、いわれもない焦り、危機感を感じ始めていたイーヴィディルは、≪鮮血石≫から限界まで力を引き出し、全力の一撃を彼女に振るった。
その一太刀は、今までの斬撃とは威力のレベルが段違いであり、その攻撃を生身で受けたリンはフィールドの壁まで吹き飛ばされ、激突。
とうとう、その意識を途切れさせた。
と、同時に、リンの意識が途切れた証拠として、彼女の腕輪が外れ、地面に転がる。
そして、腕輪の着脱を確認した司会が勝敗を宣言しようとし、しかし、そこでイーヴィディルが倒れている彼女に追撃をしかけようとしていることに気づく。
「待ってください、イーヴィディル選手ッ!! すでに勝敗は―――――」
「黙れッ!! 我輩はまだ満足しておらんッ!!」
咄嗟に彼を止めえようと声をかけるも、しかし、彼は効く耳を持たなかった。
リンはすでに相当の精神ダメージを受けている。
そこにこれ以上の精神ダメージを与えれば、二度と目覚めない可能性すらあった。
それはイーヴィディルもわかっている。しかし、彼はそれがわかっていて、彼女にとどめを刺そうと、渾身の一撃を倒れ伏している彼女に繰り出そうと、剣を大きく振りかぶる。
司会、そして観衆は数瞬後に訪れる悲劇を覚悟した。
しかし……悲劇は起こらない。
なぜなら、イーヴィディルが振り下ろした剣を、いつの間にか乱入していた青年が……彰が受け止めていたからだ。
彰はイーヴィディルに鋭く、突き刺すような目を向けて告げる。
「おいおい、もう試合の結果はついてるだろ、それ以上は試合じゃない、ただの暴力だ」
「ぐっ、またか……また貴様は我輩の邪魔をするのかぁぁぁッ!!」
「―――――少し黙れ」
激情と共に叫び声を上げるイーヴィディルを、彰は威圧だけで黙らせると、リンを抱え、治療室へと運んで行こうとする。
しかし、それを威圧から立ち直ったイーヴィディルのヒステリックな叫び声が止めた。
「まて貴様、そのまま逃げるつもりか? え、どうなんだ? この軟弱ものがッ!!」
その声を聴き、彰は首だけ彼の方に振り返ると、怒気を含んだ声で告げる。
「焦らなくてもお前は必ず俺がこの手で倒してやる。
だからそれまで大人しくしてろ、そして覚悟を決めておけ。
―――――お前だけは、何があっても許さねぇ」
そう告げた彼の顔は、激しい怒りを内包していた。
その表情に、再び少し気圧され、体が硬直するイーヴィディル。
彰はそれだけ言うと、意識の無いリンを抱えフィールドから去り、治療室へと向かって行った。
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