付与術師の異世界ライフ

畑の神様

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幕間

幕間~勇者になった男~【下】

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「あれがバンデットオーガ……か」


 俺がすぐに勇者装備をつけ、現場に向かった先で見たの は巨大な怪物では無く、巨人でもなく、普通の人間と同じ 大きさの人型の魔物だった。

 しかし、それでも、彼のものは十分に俺に恐怖心を与えてくる。

 濁った血液のように赤黒い肌、頭上に生えている二本の 漆黒の角、目玉が存在するのかどうかすらわからない程に 、ただどこまでも深く、黒い双眸、そして、その両手には 自らの血で作ったかのように真っ赤な色をした二振りの刀 が握られていた。

 ……だが、なにより奴を怪物足らしめているのは何と言ってもその背中から生えた六本の“何か”であろう。

 何故俺が“何か”などと言う表現をしたかと言えわれれば、それはそう答えざる負えなかったからとしか言いようがない。

 それでも、あれを何かに例えるとすれば、あれはクモの 足によく似ている。

 しかし、俺にはそれ以上あれがどんなものなのか、説明 することができそうにない、それほどその六本の“何か”がこちらに与える印象はおぞましく、形容しがたいものなのだ。

 俺は一目見た瞬間に理解した……こいつはヤバい、と。

 案の定、王都騎士団や一部の冒険者が遠距離から何とか攻撃を加えようとしているものの、それらを奴はなんの意にも解さず、ただゆっくりとその歩みを進めている。

 直接近づいて攻撃を加えようとしたものは例外なく近づく事も出来ずに六本の“何か”に串刺しにされ、ズタズタにされてしまった。

 普段俺の事をボコボコにするあのジャックですら、あの“何か”に阻まれて近づけず、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

 ジャックがいくら強いとはいえ、それは近接戦での話、彼は遠距離から攻撃する方法を持たないのであった。

―――何が外壁で持ちこたえている……だ、何もできていないじゃないか。

 そう、奴がまだこの王都までたどり着けていないのはこの国の奴らの成果ではなく、ただ単に奴の歩みが遅いが故だ。断じて、持ちこたえることなどできてはいない。

 このままでは奴が王都にたどり着き、王都を蹂躙し尽す のも時間の問題だった。

 ここがこういう状況だと、わかってはいたのだ。それでも、自らここへと、戦場へとやって来た。だが、それでもここまで来て尚、足が動かない、奴 に立ち向かい、戦いに挑むための一歩がどうしても踏み出せない。

 しかし、考えてみれば当然なのだ。いくら力を手に入れたといっても、所詮もともとはただのイジメられっ子、そんな奴が軽々と戦場に向かえてしまうようなら兵士たちも苦労しないのである。

 でもいつまでもこうしているわけにはいかない。俺は奴と向き合うため、もう一度、奴を正面から見つめる。

―――何度見てもおぞましい、足がすくむ、手が震える、心が、身体が逃げたいと叫ぶ。

 その上この短時間で見た、何人かの無謀に突撃した者達 の死に様が頭をよぎる。

―――怖い、逃げたい、逃げるべきだ、勝てるわけない、 死にたくない

 そんな言葉ばかりが頭に浮かんでくる。

 が、しかし奴をずっと見つめていると、怖さの他にも何か引っかかるものがあった。

 そう、あの二刀流だ。二本の武器をその手に持ち、余裕をもって悠然と向かって来るその姿が“あいつ”の姿と重なって見えるのだ。

―――そうだ、あれは敵だ。俺の倒さなければならない標的なんだ。

 気づけば身体の震えは―――止まっていた。

 そうだ、あんな奴は所詮、通過点に過ぎない。俺があいつに至るための踏み台に過ぎないんだ。

 だったら、俺はやれる、いや、やらねばならない。

 奴など軽く踏み越えて、俺は“あいつ”を打倒しなければならないのだから。

 そう決心した俺は、一気に足を踏み出し、駆ける。

 それと同時に奴は六つの“何か”の先に魔力を収束させ 、兵士たちに向かって何らかの魔法を放とうとし始める。

 それに怯え、自身の死を覚悟し、目を瞑る兵士たち、なるほど、その魔法攻撃は確かに恐ろしいだろう、あの魔力 を見るだけでその恐ろしさと破壊力は十分伝わってくる。

  恐らく彼らなどあの魔法に襲われればひとたまりもなく消し去られてしまうだろう。

―――だが、そんな攻撃は俺には関係ない。

 そして、俺が兵士たちの背後から前に飛び出すのと同時に奴の魔法が発動し、収束された奴の魔力が俺達を飲み込んだ。

 その余波に煽られ、立ち上る土煙。

 邪魔者を一掃できたとでも思ったのだろうか、そのまま視線を切って前に進もうとするバンデットオーガ。

―――くらいやがれ!!

 その隙だらけの奴に、魔法攻撃を鎧の効果で無効化した俺は土煙の中から剣閃を飛ばした。

 そして、それは不可視の刃となり、土煙を切り裂いてバンデットオーガに襲い掛かる。

 しかし、流石は災害と呼ばれる魔物、奴はその不可視の刃にしっかりと気づき、両手の剣で受け流した。

 だが、俺もそんなものが当たるなどとは思っていない。 あれはただの目くらましだ。

 俺は奴が不可視の剣閃に対応したその隙に、一気に奴の懐に潜り込むと、一閃、剣を横に薙ぐ。

 それに対し、奴は“何か”のうちの一本で俺の攻撃を受け止め、即座に他の五本の“何か”で迎撃を加えて来た。

 勇者の剣が受け止められるとは……思ったよりもあの“ 何か”、硬いな……。

 俺はそう思いながら一旦体制を立て直すため、襲って来る五本の“何か”を剣で何とか捌きながらバックステップで後退し、距離をとる。


「グァァァァァッ―――!!」


 その直後、やっと俺を敵と認識したかのように突然咆哮するバンデットオーガ。

 この前までの、いや、さっきまでの俺ならその声を聞いただけで戦意を挫かれてしまったことだろう。

 しかし、今は―――怖くない。

 俺は態勢を立て直すと剣を構え、奴を睨む。

 すると、そこでやっと自分達が救われた事に気づいた騎士や冒険者達が「いったい……何が……」「あれは……まさか勇者様っ!?」と、現実を認識し始めた。

 まったく、状況判断の遅い奴等だ。いや、俺も人の事は言えないか……。


「お前らっ!! 死にたくなければ下がっていろっ!!」
「勇者様っ!! あなたがいくら勇者の力を持っているとはいえ、ヤツはあなた一人でなんとかできるようなレベルの敵ではありません、私達もっ!! 」


 俺の声に即座に答えたのは、当然、あのジャックだ。

 まぁ、あいつがああいうのも無理はない、なんと言っても俺はいつもあいつにボコボコにされているのだ、そんな俺がジャックですら敵わないような奴に一人で挑む……最早無謀としか言いようがない。

 しかし、あいつは知らないのだ、俺の勇者としての本当の力を……。

 それに、今の俺はもう、あの男にやられた時の俺じゃない。

 だから―――俺なら殺れる!! いや、俺にしかやれないのだ!!


「いいからお前は後ろで黙って見てろ―――勇者の本当の力、見せてやる」
「本当の…力……」


 俺はそれだけ言うと、ジャックの制止の声も振り切って奴の元へと走り出し、目の前のバンデットオーガに集中する。

―――さて、ジャックにはああ言ったが……実際どうしたものか……。

 あいつに勇者の本気を見せるとかなんとか言ってみたはいいが、ぶっちゃけ今の俺にこれと言った策は無い。

 さっきあの六本の“何か”をかいくぐって懐に潜り込めたのも相手が油断していたのと、奴のふいをつけたおかげである。もう一度同じ手で潜り込めるかと言えば、難しいだろう。

 まあ、とは言っても、俺も全くの無策と言うわけではないのだ。

 さっきのジャックとの訓練、その中で数回だけなることができたあの感覚、あれをこの戦いの中でうまく自分の物にできれば、勝算はある。

 ましてや、今はあの時とは違って、勇者装備を身に着けているのだ。その力は比較するまでもないだろう。

 しかし、俺はあの感覚に関して、まだきっかけを掴んだだけなのだ、あれを頼りにするにはバンデットオーガとの実戦の中で身に着けるしかない。

 それは危険な賭け、俺の習得が間に合わなければ俺はあっさりと殺されてしまう。

―――だが、だからどうした?

 危険な賭け? 殺される? そんなことはどうでもいい、俺はあの男を倒す、そのためならなんだってやってやる 。

 むしろこの状況下で、俺の感覚が高まり、一気に強くなれるのであれば好都合だ。

 んじゃ、そうと決まれば、ひとまず突っ込んでみるか。

 俺は脳内会議で方針を決定すると、そのままバンデットオーガに勇者の身体能力による高速移動で突っ込んでいく。

 しかし、バンデットオーガがそう簡単に俺の接近を許すはずもない。

 奴は六本の“何か”による波状攻撃で俺の接近を阻む。

 それに対し、俺は勇者の力をフル活用して、それらを捌こうとするが、さっきと違い、ふいをついたわけではないので、バンデットオーガの攻撃の質が違うのだ、必然、俺は捌ききれずに幾つか“何か”による攻撃を食らってしまう。

 勇者の鎧がその攻撃を阻んではいるものの、その衝撃は殺しきれていない。

 俺の身体を殺人的な衝撃が襲う、それを食らう度に飛びそうになる意識を、俺はあの男の顔を思い出すことで必死に繋ぎ止める。

 だが、意識は踏ん張っていても、次第に身体は限界に近づいていた。

 このままではすぐに俺の身体は限界を迎えてしまうだろう。

 俺は波状攻撃の間隙を打って剣閃を飛ばしてみるが、それも奴の二刀に防がれてしまった。

 ……これではだめだ、こんな勇者の力に頼った戦い方では今までと何も変わらない。あの感覚を……あの訓練の中で得た、自分の力と勇者の力を一つにするあの感覚を思い出せ!!

 俺は“何か”による攻撃を捌きながら、自分と外界を切り離し、自己の思考の中に埋没する。

 だが、“何か”による攻撃はそんな片手間で対処しきれる程甘くない、結果、幾つか俺の対処しきれない攻撃が増え、ダメージも大きくなっていく……。

 後ろで「勇者様っ!!」と俺の安否を心配する声が聞こえる。

―――でも、そんなことは関係ない。

 俺は自分の身体を動きも、敵の攻撃も、味方の声も、そして痛みさえも意識の外側に追い出し、深く深く、自己の思考の中に潜って行く。

―――痛みも、辛さも、声援も、全てが遠い世界での出来事であるかのように思える。

 そして、その中で、自分の中にある勇者としての力と、俺自身がこの一週間の訓練で培った経験をかみ砕き、バラバラにし、そして、統合していく……。

 しかし、それらが遂にあと一歩で一つの形を持つというその時、奴が動いた。

 奴も俺が何かをしようとしていることに気づいたのかもしれない。

 奴は突然、俺との距離を詰めると、その両手に持つ二刀で俺を両断しようとする。その剣に切り裂かれてしまえば、いくら勇者装備とはいえ、俺はひとたまりもなく殺られてしまうだろう。


―――死が俺に迫ってくる。


 それは、今からではどうすることもできないはずの決定された運命、抗うことのできない未来だ。

 迫り来るニ刀、だが、それと時を同じくして、俺の中で何かが完成する。

―――そして、次の瞬間、死が俺を襲った。


「勇者ぁぁぁぁぁっ―――!!」


 立ち上る砂塵、誰もが俺の死を疑わなかった。否、疑えなかった。

 まあ、奴の攻撃の威力を見ていれば、それも無理のないことなのかもしれない。

 バンデットオーガも俺のいた場所から視線を切り、再び兵士達を蹂躙しようとする。

―――だから、俺はその隙だらけの背後から、奴の“何か”を一つ、切り落としてやった。


「ギャアァァァァァ―――!!」


 叫び声をあげるバンデットオーガ、まぁ、倒したと勝手に勘違いして視線を切る……さっきの失敗から何も学習していない奴が悪い。

 しかし、奴がそれで黙っているはずもなく、さっきと同じく、五本となった“何か”で迎撃してくる。だが……遅い、遅すぎるっ!!

 見える、わかる……、奴の“何か”が俺のどこをどう狙っているのか、その全てが未来見えているかのようにわかる。否、実際に見えているのだ。

 圧倒的な経験則から導き出される予測は、最早未来予知となり、俺に一秒先の未来を見せてくれる。

 だから、俺はその迎撃に動じることなく、無駄な力と動きを省き、軽く剣を動かしてそれらを切断していく……。

 だが、そこには俺の切断しようと言う意思はない、俺はただ剣を動かして決定された未来を作り出しているだけだ。

―――一つ目の“何か”を切り上げ、

―――二つ目を切り下ろし、

―――反す刀で三つ目を刈り取る。

 そして、残る二つの“何か”はあえて切り落とさず、身体をほんの少し動かして避け、それらが引き戻されるよりも早く、剣を一閃、一太刀で両方を断裁してやった。


「グェェェェェ―――ッ!!」


 今まで強者として君臨してきたバンデットオーガにとって、痛みと言うものは初めての経験だったのだろう、その証拠に今までとは違う、危機に迫った叫び声を上げている。


「凄い……これが勇者の本当の力……」


 後ろでジャックがそんな呟きをもらし、唖然としている。

 まぁ、正直この力を振るっている俺自身が一番驚いているのだ、あいつがそうなるのもしょうがない。

 実感する、俺は今まで、この力の表層しか使えていなかったのだ。

 と、そこで、バンデットオーガが自らニ刀を手に突っ込んでくる。

 ちょうどいい、もう少しこの力を試させてもらおうか。

 そして、俺の眼前までやって来たバンデットオーガは、その手に持つ刀を袈裟懸けに降り下ろしてくる。

―――だが、その動きは既にわかっている。

 俺は奴の腕が来るであろう位置に剣を持っていく。

 剣が置いてある場所にその片腕を自ら突っ込ませるバンデットオーガ。

 次の瞬間には、奴の片腕は宙を舞っていた。

 後退するバンデットオーガ、だが……。


「―――おいおい、逃げるなよ」


 俺はその後退を許さず、一足で距離を詰めると、残りの腕も裁断してやる。


「■■■■■■■――ッ!!」


 また、叫び声を上げるバンデットオーガ、だが、もうそれは声になってすらいない。

 すると、両の腕を無くして自棄になったのだろうか? 奴は俺には効かないとわかっているはずの魔法による攻撃をしようと、魔力を収束させ始めた。

 バカなやつだ……あの攻撃なら俺はなにもしなくてもダメージは受けない。だが、いいだろう、その攻撃、あえて正面から叩き潰してやろう。

 それに、試したい技もある。

 あの剣閃を飛ばす技……俺はあれすらも使いこなせていなかったのだ、その証拠に、俺はあれの技名も知らなかった。

―――だが、今ならわかる。

 奴の魔力が収束し、高威力の魔法攻撃が放たれた。

 放たれた魔力の奔流は全てを飲み込み、俺の目の前の景色を無へと帰していく。

 その攻撃に、タイミングを合わせるように俺は技の名前を叫び、発動させる。

 俺の発動させるこの技は剣閃を放つ技なんかじゃない、これは万物を切断する牙を創り出す技だ。

 その技の名は……


「―――切り裂けっ! 絶対切断の牙バーチカル・ファングッ!」


 そうして放たれる不可視の刃、いや牙。

 しかし、それは今までの物とは違う、大きさ、迫力、そして威力。

 すべてが今までの剣閃を上回っていた。

 そして、激突する両者、否、そう見えたのは一瞬だけだ。

 拮抗していたかに見えた両者、しかし、俺の放った不可視の牙は徐々に奴の魔法攻撃そのものを切り裂いていき、やがて魔法の放出源であったバンデットオーガに到達、その体を縦断した。


「―――ガ、グァ…………」


 体を二つに切り裂かれたバンデットオーガは、小さな断末魔を最後に沈黙、物言わぬ屍となった。

 沈黙が戦場をいや、戦場であった・・・・・・場所を包む


「やったのか……?」


 誰かがふと呟いたこの一言を皮切りに、騎士達や冒険者は「倒した?」「勇者がやったのか?」などと、徐々に現実を理解し始め、やがて、自らが、そして、王都が危機を脱したという結果を目の前に、全員が歓喜の渦に包まれた。

 これが……勇者の本当の力、これなら、この力ならあの男に勝てるかもしれない。

 だが、今のままではまだあくまで可能性があるだけ、俺はもっとこの力を使いこなし、勝利を確信できるような物にしなければならない。

 今の技や力など、まだまだこの力の氷山の一角に過ぎない、この力は……まだまだ強くなる。


「―――待っていろよ、鬼道彰、俺はいつか必ず……」


 そんな俺の呟きが風の中に溶け込んでいく。

 もちろん、この俺の宣戦布告が奴に届くことは無いだろう。

 しかし、それでもなぜか、俺にはこの風が俺の声を運んでくれたかのような気がした……。




 こうして、俺はこの戦いで王都の人々に本当の意味で実力を認められ、名実ともに、『王都の勇者』として認められるようになった。



 これが後に“英雄”と呼ばれるようになる俺の、始まりの戦いだった―――――。


―――――俺の戦いはまだまだ続いていく……あいつを……鬼道彰を倒すまで……。



 

 幕間~勇者になった男~――【完】―――
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