付与術師の異世界ライフ

畑の神様

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幕間

幕間~勇者になった男~【上】

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―――――俺、藤堂とうどう 結城ゆうきはいじめられっ子だった。



 学校では机に落書きや靴を隠されるのは当たり前、酷いときには集団で暴力を振られ、ボロボロにされた日もあった。
 しかし、自分が特に何かをした訳ではない、ただなんとなく誰かが俺を嫌い始め、それが知らず知らずの内に広がっていた。
 だが、これは理由がある場合よりも酷い。
 なぜなら、自分のどこかかが特別に悪いというわけではないので、自分が悪いとこを治せば状況が改善されるというわけでもないからだ。
 故に、俺にはどうすることもできなかった。

―――――なんで俺がこんな目に……

 なんどそう思ったかはわからない。俺は虐げられるだけの毎日に心をすり減らしていった。

―――――そんな時だった。

 俺は異世界に召喚された。
 何でも、王様曰く、復活してしまった魔王を倒してほしいとのこと、何ともありがちな展開だ。
 だが、勇者になれば伝説の装備が手に入り、強大な力を得られるという話を聞いた時、俺の意志は決まった。
 しかも、この国の女を好きにしてもいいらしい。何とも都合のいい話だ。
 案の定、俺が勇者になることを了承した時、王様と宰相は俺の事をチョロイやつだとでもいうかのような目で見ていたが、そんなことはどうでもよかった。
 何しろ俺は遂に虐げられる側から、虐げる側になることができたのだ。
 これからは俺自身が他人を好きに扱える、それだけで胸が躍った。

 その日、俺は伝説の装備と、いくつかの首輪を渡された。
 何でも首輪をはめた奴は俺に絶対服従になるらしい、素晴らしいアイテムだ。
 早く他人に使いたくて仕方がない。
 装備の方も素晴らしかった。
 身に着けた瞬間に自分の体に力がみなぎるのがわかった。剣は持っただけで、過去の勇者の技術というものが頭に流れ込んで来て、戦わなくても、自分が達人になったことがわかった。

 そして俺は、次の日から、自分自身を変えた。

 まず俺、いや、私は、口調や一人称、ふるまいを一変させた。
 一人称を俺から私に、口調をより偉そうに、ふるまいはよりわがままに。
 私はそれだけでもう楽しくて楽しくて仕方がなかった。
 そして、最初に首輪を使う相手をどうしようか考えていた。
 記念すべき一人目なのだ、大事に選びたかった。
 そして、せっかく異世界に来たのだからエルフや獣耳の少女を従えてやろうと思った。
 なぜなら、そんなヒロインがいた方がより主人公っぽくていいと思ったのだ。
 そこまでやって初めて、私は自分を完全に変えることができるのだと。

―――――そんな時だった、あいつらを見つけたのは

 その二人は自分が今まで見て来た女共なんかとは比べ物にならないほど可憐だった。
 私は確信した。この二人だ、この二人を従えれば、私は完全に変わることができると。
 だが、そのためには、あいつが邪魔だった。
 そいつは、そんな美女二人を両手に、歩いていた。
 許せなかった。そこにいるのはお前じゃないと叫びたかった。この物語の主人公は私なのだと。

 そして私は決意した。

―――――あの男を殺ろう、と

 そこからの私は早かった、奴らのことを勇者の権力を使って調べ上げ、その日のうちに奴らが拠点にしている宿屋を突き止めた。
 翌日、私はやつらを尾行した。やつらはどうやら何かの修業をするらしく、森の奥に入っていった。

―――――好都合だ。

 私はやつらが修業で疲れたところを狙うため、少し入り、ちょうど人気がなくなる辺りで待ち伏せた。

 そして、奴らが戻って来た。どうやら狙い通り、あの男以外は疲労しているようだ。
 標的の男が疲労していなかったのは少々予想外だったが、そんなものは関係ない、私にはあんな男を殺すことなど、造作もない。

―――――そう、思っていた。

 やつらの前に飛び出し、交渉を始める私、無論、はなから交渉する気などそうそうない。交渉に頷けば女を従えた後に殺し、頷かなければそのまま殺そうと思っていた。
 男は案の定、私の要求を拒否した。私としても、装備の力を試せるのでそっちの方が都合がよかった。
 そして、男に攻撃を加えようと、そう思った瞬間に剣から技の出し方が流れ込んできた。
 自分がどうすればどんな技が出るのか、自然と分かった。
 しかし、私にはまだそれしか使えないのか、他の技は浮かばなかった。
 私は剣に導かれるままに、それを振るった。
 技は見事に成功し、顕現した不可視の刃は男を切り裂くために、射出された。
 見えないのだ。避けることなどできるはずがない。
 だが、男はそれを避けた。見えない筈のそれを、まるで見えているかのように避けた。

 そこからは男の独壇場だった。

 私の攻撃は全て避けられ、逆に男の攻撃は私の鎧の強固なガードを打ち破って、私にダメージを与えた。
 挙句の果てに、男は二振りの木製の短剣を持ち出し、これで十分だと、ちょっと訓練をつけてやると言い始める始末。
 そして、気がつけば、倒れていたのは奴ではなく、私の方だった。
 なぜ最強の力を手に入れたはずの私が敗北するのか、それがわからなくて、叫ぶ私に奴は言った。

―――――お前は強くなどなっていない、と。

 その力はお前のものでなく、他者の物だと、それをそのまま、自分のものとせず使い続ける限り―――お前は弱いままなのだ、と。

 その時、私、いや、俺は初めて気づいた、否、気づかされた。

 俺の力は全て与えられたものであり、俺自身は何も変わっていなかったという事実に、俺は、“私”になどなれていなかったという事実に……。

 この時にはもう、二人の女のことはどうでもよくなっていた。

 そして、俺は決めた、俺はこの男を倒して、今度こそ、“私”になってやると。
 だから、俺は気を抜けばなくなってしまいそうな意識を必死に保ちながら、男の名を聞いた。
 これから、俺は過去の俺を殺すため、復讐という名目で、二人の女を手に入れるという名目で、殺すことを目標とする。そんな男の名を……。

―――――鬼道きどう あきら

 それが、俺が殺すことを目標にした男の名だった。


◆◆◆◆◆◆



――――そして、今に至る。



 俺は今、自室のベットで横になっている。
 森で倒れていたところを発見された俺はここまで運ばれて、治療され、そのまま寝かされていたのだ。
 一応、目を覚ました時、使用人たちから簡単なことの顛末だけは聞いておいた。
 どうやら王様達は勇者が倒されたという事実を隠ぺいするため、あの男を指名手配したらしい。
 恐らく俺が熱心に調べていたから何かあったとしたらその男だろうとあたりをつけたのであろう。


「まったく……余計なことをしやがって……」


 そんなことをすればあいつらはこの王都から逃げ出すに決まっている。いや、それが無くても逃げてはいたのかもしれないが……。


「さて、体ももう治ってるし、そろそろ起きよう、王様にお願いしなきゃいけないこともあるしな」


 そう言って俺は起き上がって装備を身に着けると廊下に出る。
 廊下では使用人たちが忙しそうにせわしなく動いている。
 そんな使用人たちを横目に、俺は王様のいる部屋へと足を進めていく。
 使用人たちは俺を見つけると、皆、頭を下げる。
 何故だろう、ついこの間まではあんなに気持ちよかったこの光景は、今の俺には何の感動も与えなかった。
 そして、俺は王様のいる部屋の前に着いた。
 王様のいる部屋の扉は無駄に大きい、像位なら難なく通れそうだ。
 俺は王の間を守る兵士二人に話しを通す。


「勇者様! お体はもう大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だ、問題ない、それより王様に一つお願いしたいことがあるんだ、中に入れてもらえないか? 体が回復したことも伝えたいからな」
「はい、そういうことなら、どうぞ」


 兵士たちはそう言うと、無駄に大きな扉を二人で開けてくれた。


「ありがとう」


 俺は通してくれた兵士たちにお礼を言うと、中に入る。
 俺が中には入ると、再び扉は閉じられ、同時に王様が俺に話しかけて来る。王様の隣には宰相のモーリスも一緒だ。


「おお、勇者よ、体の方はもう良いのか?」
「ああ、大丈夫だ、もう問題はない」
「ん? 勇者よ、少し口調や雰囲気が変わったか?」
「そうだな……ちょっとした心境の変化があってな……それより、王様に頼みたいことがあるんだ」
「ほう、何かな? 女か? それとも金か?」


 と、少し下種げすな顔をして述べる王様。全く、低俗な王だ。


「いや、違う、この王都で最も強いものをこの城に呼んでくれないか? その者に戦闘技術の訓練を頼みたい、あと、普通の剣と防具も用意してくれ」
「構わないが……何故そんなことを? 勇者には伝説の剣と鎧の力があるではないか?」
「―――だが、それでも俺は負けた」
「む、それは……そうだが……」
「まあ、そう言うことだ、頼めるか?」
「わかった、手配しておく、剣と防具についてはあとで勇者の部屋に届けさせよう、モーリスよ、頼む」
「かしこまりました」
「それじゃあ頼んだぞ」


 俺はそれだけ言うと王の間から出て、来た道を戻り、自室へと戻った。剣と防具は要求通り、すぐに使用人によって届けられた。


 
―――――そして、数日後、この王都で最強と言われる男が城にやって来た。



 男の名はジャックと言って、どうやら王都騎士団の隊長らしい。

 俺は早速、あの男、鬼道きどう あきらを倒すため、剣術の稽古をつけてもらうことにした。無論、武器と鎧は普通の物に付け替えた。

 まあとは言っても、これもなかなかの業物なのであろうが……。

 とにかく、俺はそうしてジャックによる剣術、戦闘の訓練を開始した。


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