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勇者編
勇者
しおりを挟む「――――で、勇者様が俺達に一体何の用があるんだよ?」
彰は突如現れた勇者に冷淡な視線を向けながら話しかける。何故かはわからない、だが、彰は彼からは嫌悪しか感じなかったのだ。
それはリンとノエルも同じらしく、二人も勇者に警戒の視線を向けている。
「だからそんなに睨まないでくれって……別に殺しに来たとかそう言うわけじゃ無いんだからさ、そもそも初対面でそう言う反応されると結構へこんじゃうなぁ~、ハハ」
「御託はいいから本題に入ってくれよ、勇者さん」
「ひー怖い怖い、これ以上茶化してると本当に殺されちゃいそうだから本題に入ろうかな」
勇者は手を横に広げ、苦笑しながら言う。
「そうだね、私は君達、いや、君と交渉をしに来たのさ」
「交渉? 一体何のだ?」
交渉と言われても当然、彰は自分が勇者に交渉されるようなものを持っている覚えはない、そもそも彰は勇者をちらっと見ただけであり、まともに話すのは今回が初めてだ。
現に勇者も彰の名前を知らないので君と呼んでいる。
つまり、彼らが初対面であるのは確かなのだ。
いくら考えても理由がわからない彰。
(勇者が俺と交渉か……身に覚えはないが上手くいけば召喚魔法について聞き出せるかもしれないな……)
そう考えた彰は勇者に先を促す。
「いや、簡単な話だよ、君の後ろにいるそれ―――私にくれ」
「―――――は?」
彰は一瞬何を言われたのかわからなかった。
(リンとノエルをくれ? 何を言っているんだコイツは……その言い方じゃまるであいつらが―――物、みたいじゃないか……)
彰が困惑する間にも、勇者は一人、話し続ける。
「もちろんタダでとは言わないさ、君には大量の金と、代わりの女をくれてやるよ! どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
数秒の沈黙、そしてそれに応えるべく、彰はゆっくりと口を開く。
「なるほど、おもしろいな、これで俺も晴れて億万長者、冒険者なんて危険な仕事続ける必要一切ないわけだ、確かにいい条件だな、ハハ」
「ちょっと、アキラ! キミ本気でそんなこと……」
彰の答えに声を荒らげるリンに対し、何も言わないノエル、だが勇者はその彰の返答が気に入ったのか満足げな顔をする。
「そうか、そうか! なら―――」
「―――――だが断る」
「なん…だと……?」
「断るって言ったんだよこのクズ野郎っ! 人を物としか見ないような奴に俺の大切な仲間を渡すわけがないだろうがっ!」
「アキラ……」
彰のその返答を聞いて、一瞬でも彼を疑った自分を悔いるリン、そして当の勇者は、その顔から表情を消すと、
「そうか、なら―――死ね」
「―――なっ!?」
そう言うや否や彰に剣を抜いて襲いかかって来た。しかし、勇者が彰を襲うよりも前に、リンが素早く魔法を詠唱する。
「我、求むるは灼熱の炎―――火球!!」
リンの素早い詠唱により発生した火球は、勇者が彰にたどり着くよりも早く勇者に着弾、その姿を炎で埋め尽くしてしまった。
「ちょっ……リン! お前いくらなんでもいきなり魔法は無いだろ……」
「……リン、焦り過ぎ」
「うぅ~、だっていきなり彰に飛びかかって来たから、びっくりして……」
「―――ハハハ!! 本当に容赦がないな、君達はっ!」
「なっ!?」
そう言いながら勇者が煙の中から無傷で現れたことに驚きを隠せない彰達。
「なぜ無事なのか……とでも言いたそうな顔だな? その答えは簡単だ、俺には魔法は効かないんだよ」
「魔法が……効かない……?」
「そう、この勇者の鎧には魔法を無効にする効果があるんだよ。私はこれのおかげで彼女の魔法を無効化できたというわけさ、わかったかい?」
「魔法無効とか……なんだよそのチート性能、ご都合主義全快じゃねーか……」
そう言って呆れた顔をする彰。
「っていうかさ、そもそもなんで俺がいきなりあんたに襲われなきゃいけないんだよ? 別に俺を殺したってリンとノエルが手に入るわけじゃ無いだろうに……」
「フハハ! いや、それが手に入るのさ! 私は勇者になる対価としてこの王都にいる女性を好きにできる権利を貰っているんだよ、そして、これが証拠の首輪さ」
「……え…? うそ…それ……」
勇者はそう言って懐から首輪を二つ取り出した、それは奴隷がつける首輪とよく似ていた。
ノエルはそれを見て、過去を思い出したのか少し怯えた顔をする。
「これは奴隷用の首輪と似ているが少し違う、あの首輪は逆らったものに罰を与える仕組みだが、この首輪をつけた者は自分の意志とは関係なく、主人の指示に絶対服従になるんだよ!
そして、そこの二人にこれをつけるためには、その二人と一緒に行動しているお前が邪魔なのさ、わかったかい?」
「なるほど、お前のゲスい理由とこの王都の上が腐ってることはよくわかった、だが何でこの二人なんだ? 女なら他にも沢山いるだろう?」
「は、君はバカなのか? せっかく異世界に来たんだ。ヒロインにするならエルフっ娘と獣っ娘は鉄板だろうが!
だがこの国は異種族を差別しているからそんな女はどこにもいなかった……絶望したね。
でも、そんなときだ、君らを見つけた。もう電流が走ったよ。
そして、その時に決めたんだ、その娘達を絶対に私の物にしようとね!」
「そんなっ! 勝手に決めないでよっ!」
「君の意志なんて関係ないんだ、何しろ私にはそれをやっていい権利があるのだからっ!」
「……とことん腐ってやがるな……お前」
「ハハッ! なんとでも言いたまえ、何を言おうとどうせ君はここで死ぬんだからなッ!!」
そう叫ぶと勇者はその場で抜刀していた剣を大きく振り上げた。
無論、まだ彼と彰達との距離は離れており、当然お互いの間合いには入っていない。
しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに、勇者は一息に剣を振り下ろした。
―――――瞬間、不可視の刃が彰を襲った。
そこには何も見えない。
しかし、そこには確かに地面を切り裂きながら、今、彰に襲い掛からんとする不可視の暴虐が確かに存在した。
そして不可視故に、その全貌はわからず、どう避ければいいのかもわからない。
だが、彰の強化された五感は的確にその存在を捕え、最小限の動きで不可視の刃を躱せるように彼の体を誘導した。
結果、不可視の刃は彰には当たらず、彰の背後にあった木を縦に両断した。
「―――うっわ、あぶねぇなっ!」
「ほう、あれを躱すのかい? モブキャラのくせに案外やるね、君」
「魔法……じゃないな、呪文がなかった、さしずめ勇者の力ってとこか?」
「ご名答、正解できたご褒美に教えてあげるよ、私のこの勇者の剣はこの世界に現れた過去の勇者、その者達の技術、剣術、体術、技、を引き出すことができるのさ!」
「なるほど、ってことは今のも過去の勇者様の技ってわけか? たいそうなもんだな」
「その通り、そして、それらを使えば魔力のない私にも、今みたいなことができるって言うわけさ」
自身の技を自慢するかのようにそう告げる勇者、しかし、彰はそんなことよりも今の勇者の発言がひっかかった。
「おい、ちょっとまて、あんた、勇者なのに魔力がないのか?」
才能の無い彰でさえ100は魔力があったのだ、勇者である彼に魔力が無いはずがない。
だが……。
「痛いとこをつくね、君。 いや、実はね、元々魔力の存在しない世界から召喚された私は魔力を持たないらしくてね、私には魔力がないのさ」
「召喚者は魔力を持たない……だと……?」
(んなバカな、じゃあ俺にはなんで魔力が……?
もしかしてあいつがいた世界は俺の世界とは異なるのか……いや、それは関係ない、元々魔力の存在しない世界なら俺の世界でも当てはまる。ならどうして……)
困惑する彰。しかし、勇者は彰の考えがまとまるのを待ってはくれない。
「残念な話だよ。せっかく異世界に来たのに魔法が使えないなんて……まぁその代わりに、こんなことができるんだけどねっ!!」
そう叫ぶと、勇者は再び剣を振り下ろし、次々と彰に向かって剣閃を飛ばしてくる。
それを彰は強化された五感を駆使して、その全てを回避していく。
「ちっ、リン、ノエル! 下がってろ! あいつの狙いは俺だ!」
「でも……」
「早く!」
「……わかった、リン、私達じゃ……足手まとい」
「むぅ~、悔しいけどそうみたいだね、アキラ! 負けないでよね!」
「おう、任しとけ!」
それだけ言うと森の奥に隠れるリンとノエル。
彰はそれを確認すると再び勇者に向き直った。
(さて、どうするかな……こいつは仮にも勇者、倒すにしても反撃する気も起きないくらい、力の差を見せつけないと後で何かされそうだしな……どうしたもんか……)
「君は今から私に殺されるというのに何を考え事をしているのかな?」
「いや、どうやって勝とうかなぁ~ってさ」
「まさか……今のを見てまだ私に勝つ気なのかい? 君みたいなモブキャラが? ハハハ――――できるわけないだろう?」
そう冷たい声で告げると、勇者は彰に向かって弾丸のように突っ込んできた。
それに対し、彰は懐の短剣を一つ投擲し、牽制する。しかし、それは牽制の役をなさなかった。
勇者は彰の投げた短剣をあっさりと剣で弾くと、スピードを落とさずに彰に接近、そのまま彰に斬りかかる。
対する彰は超速度で振るわれるそれを五感を頼りに紙一重で避けていく。
「ほう、よく避けるね、だが、避けてばかりじゃ私は倒せないよ!
まぁもっとも、勇者の技術と、この鎧の効果で身体能力が超人化している私に、対抗できるはずがないんだがなっ!!」
「―――なるほど、大体わかった」
「は?」
彰はそれだけ言うと、剣閃の嵐をかいくぐり、勇者の懐に入り込むと、自身に付与術をかけた、同時に五感強化が解ける。
(特性付与―――“怪力化”)
しかし、そんなのはお構いなしとばかりに彰は構えると、勇者の腹部に正拳突きを叩き込んだ。
「ふん、バカめ!! ただの突きなど私に効くはずが―――ぐッ!! バカな……」
彰の大砲のような正拳突きを受けた勇者は、即座に余裕をなくし、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちた。
だが、鎧に守られていたためか、勇者のダメージは大きく無かったらしく、すぐに立ち上がった。
彰も一旦距離をとり、体勢を立て直す。
「―――貴様……何をした?」
「何って言われてもなぁ……ただの正拳突きなんだが……」
「そんな訳があるかッ!!
この鎧には俺に害をなす魔法を無効にする力がある、それは相手の強化魔法でも例外ではない!
腕力のみでこの鎧の守りを打ち破れるはずがあるか、いやそんなことあるはずがない、断じてあり得ない!!」
「まぁ、でも通っちまったんだからそう言うことなんだろ?」
もっとも、実際には彰は付与術を使っていたのだが、勇者にそれを知る術はない。
「それに……こっちもお前がバカみたいに剣を振り回してくれるおかげでいろいろと分かったしな」
「は……何がわかったというのだ……?」
「ああ、お前にはコイツで十分だってことだよ」
「―――なんだ…と……?」
彰が取り出したものを見て、憤怒で顔を歪める勇者。
しかし、それも無理はない、何しろ、彰が取り出したのはリンやノエルとの訓練で使っていた、訓練用の短剣だったのだから……。
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