100 / 100
第100話(完) 異世界の少年、新しい日々
しおりを挟む―――
――
「……う、ん」
いつものように朝早く目を覚まし、ナイは軽く伸びをしてそっと布団を出た。
隣に眠る彼を起こさないように。
まだスヤスヤと寝息を立てる彼に、ナイは笑みを零す。
窓から外を見ると、遠くの方で朝日が顔を出しているのが見える。
ナイは身支度を済まし、いつものように軽い精神統一をして、まだあまり使いこまれていないキッチンに立った。
冷蔵庫を開けて、中を確認する。この世界の食材も少しずつ覚えてきた。
色々な調味料を試して、慣れ親しんだ味を探すのも面白い。
「よし」
ナイは卵と魚の切り身を取り出して、朝食の支度を始めた。
ナイとアインが城を出て、街で暮らすようになってから一週間。
最初は二人で暮らすことに慣れず、恥ずかしさもあってほんの少し緊張することもあった。
だが、毎日のようにレインズやテオ、街の人たちが二人の様子を見に来てくれるおかげでそんな緊張感も薄れていった。
一緒のベッドに寝るのも、まだ少し恥ずかしさがあるけどアインの温かさを感じながら眠るのは嫌いではない。むしろ好きだ。
ナイは作り慣れた日本食を再現しながら、まだ眠る彼をチラッと見た。
アインは今でも城勤めだ。レインズの側近として、毎日忙しくしている。
特に最近は今まで以上に忙しい。魔物の脅威がなくなり、国同士の交流も増えた。魔物が大人しくなったことで人同士の争いも目に見えてくるようになってきた。
そういったものの対処に追われる毎日だ。そういう時の抑止力として、ナイは一応肩書だけは勇者のままだ。
もう勇者も魔王も関係ない世界ではあるが、そのせいで争いが増えるのは嫌だと、ナイはその肩書きを受け入れた。
レインズは少し嫌そうな顔をしていたが、当人が納得しているので文句は言えないようだ。
あくまで建前。もうその役目はない。魔王もいない。だからナイも受け入れることが出来た。その言葉に重荷はない。
今のナイは、王室魔法研究所の役員。そこで日々新しい魔法を研究している。
元の世界の知識と魔法を組み合わせて、様々な魔法を生み出している。
「……相変わらず早いな、お前は」
「アイン。おはよう」
「……おはよ、ナイ」
まだ眠たそうな目を擦りながら、アインはナイの頭にポンと手を置いた。
この世界に来てからずっと食事はアインが用意してくれていた。だから今度はナイが用意したいと言い出した。
初めは慣れない食材に苦戦し、失敗することもあった。自分の失敗に落ち込むこともあった。それでも、そんな失敗を笑い飛ばしてくれる人がそばに居てくれるから、もう一度立ち上がれる勇気をもらえる。
「ああ、そうだ。レインズ様が呼んでいたぞ」
「うん? あ、そっか。もうすぐだもんね」
ナイはパッと表情を明るくした。
もうすぐ。
アインやレインズが忙しくしているもう一つの理由。
「ナイ、いらっしゃい」
「こんにちは、レイ」
執務室で書類に囲まれているレインズに、ナイは声をかけた。
一緒に過ごしていた時は勇者の特訓や旅に付き合わせていたので、こういった雑務をしている姿を見ることはなかったが、これが本来の王子の仕事なのだ。
それが当たり前のようにできるのは、世界が平和になった証拠なのだろう。
「もうすぐだね、王位継承式」
「ああ。ナイ、君も参列してもらうことになるけどいいかな」
「もちろん。特等席で見させてもらうよ。新しい王様の門出を」
「ありがとう」
魔王に勝ち、この世界の呪いを解くことが出来た。
これからは新しい時代が訪れる。そう国王は判断し、レインズに王位を譲ることを決めた。
「歴史は正された。テオ様も今回のことをしっかりと記録して後世に語り継いでくださる。こんなことでこの国の罪が償えるとは思わないが、もうあのような悲劇が繰り返されることのないように、私は良き王になりたい」
「レイなら、なれるよ。だって、僕にとっての勇者はレイなんだもん」
「ナイ……」
「暗闇から救い出してくれた、キラキラの勇者様。僕をこの世界に呼んでくれたのが、君で良かった」
「私の方こそ、貴方に出逢えて良かった」
互いに笑顔を浮かべた。勇者でも王子でもない。ただの友人として、一緒にいられる。
それだけで幸せなこと。大切な人と過ごせる日々。かけがえのないもの。
光り輝く王子様に、もう劣等感なんてない。
「今なら言えるよ、レイ。君のことが好きだって。君は僕にとって一番の友達だ」
「ナイ……ありがとう。我が友よ」
レインズはナイの元に歩み寄り、小さな肩を抱きしめた。
やっと言えた。レインズが想いを告げてくれたときは好意を受け止められずに言えなかった。
でも、今はもう違う。人の想いを、素直に受け入れられる。
愛すること。愛されることを、知ったから。
「レインズ様、失礼致しま……す……?」
書類を持ってきたアインが部屋に入ってきて、抱き合う二人を見て硬直した。
「……ふ、ふふふふたりで何をしてるんだ?」
「え? あ、違う! そういんじゃないよ!」
「ハハハ! アインもそんな顔をするんだな」
「ちょ、レイ!」
楽しそうに笑うレインズに、ナイもつられて笑った。アインも少し困ったように笑みを零す。
笑顔で溢れる毎日。
異世界で勇者としてやってきた少年は、幸せを手に入れた。
自分らしく生きれる、そんな当たり前の日々を。
0
お気に入りに追加
180
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白い👍👍
感想ありがとうございます。
読んでくださってとても嬉しいです!
全てお気に入り登録しときますね♪
コメントありがとうございます。
お気に入り登録ありがとうございました!!