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第88話 ネガティブ勇者、昔話を聞く
しおりを挟む何を言ってるのか理解出来なかった。
ナイは黒い影に縛られたまま、抵抗するのを止めた。
元勇者。確かに彼はそう言った。
そして、その言葉に納得しそうな自分もいた。
だって、彼はあまりにもナイと似すぎている。
「驚かせちゃった? でも、ネタバラシでオシマイってわけじゃないよ」
魔王の体から溢れ出した黒いモヤがナイの全身を包み込む。
ナイを中心に渦巻き、誰も寄せつけないように大きく大きく膨れ上がっていく。
もう指一本動かせない。何も出来ない。
モヤの向こうで、アインとレインズがナイを助けようとしているのだけが見える。
「無駄だよ。君は、救われない。これは呪いなんだ」
幼い声が聞こえてくる。
なんの事だ。そう言いたいのに、口も動かない。
まるで、あの時の夢のようだとナイは思った。
ただ怖いだけの夢。何も出来ず、話せず、心の中で助けを求めることしか出来なかった。
でも今は、夢じゃない。レインズもアインも助けには来れない。
今なら分かる。あの夢は、彼が、魔王が見せた夢だったのだと。
「僕の声が聞こえるでしょう? 君の勇者としての役目は終わった。今から君が、次の魔王になるんだよ」
彼の言葉に、ナイだけでなくレインズ達も動きを止めた。
どういうことだ。そう言いたいのに、言葉が出てこない。
「言っただろ? これは呪いなんだって」
少年の体が全て、黒いモヤへと変わった。
彼は消えたが、声だけは聞こえる。
そして、まるで絵本を読むように話をし始めた。
昔々、何千年も前のこと。まだ勇者も魔王も存在しなかった頃のお話。
それは偶然なのか、必然なのか。とある国の魔法の才能に恵まれた王子様は召喚魔法を編み出してしまった。
呼び出されたのは普通の少年。地球という星の、日本という国に生まれた、ただの男の子。
ずっと一人ぼっちだった王子様は友達が欲しかった。その願いから召喚された男の子は、この世界に来る際に精霊から魔法の力を与えられた。
この世界は魔力がなければ生きていけない。そのための力。
だが、魔法なんてものがない世界から来た少年にはとても使いこなせるようなものではなかった。
強すぎる力が暴走し、あろうことか王子様に大怪我を負わせてしまったのです。
わざとではない。だが、そんな子供の言葉を聞き入れる大人はいなかった。
強すぎる力。おぞましい程、深い闇の力。
それはこの世界にない力だった。
皆は恐れた。この力はきっとこの世に災いをもたらすと。
男の子は、豪雪地帯の奥に作られた牢獄へと閉じ込められた。
一瞬で全身が凍りそうなほど寒くて、身体中が痛い。
本来ならその場で処罰されるはずだったが、男の子の強すぎる防御力のせいでどんな拷問も効かなかった。だから閉じ込めるしかなかった。
冷たくて暗い牢獄の中で、男の子は思った。
勝手に呼び出され、勝手に与えられた力を与えたのは向こうなの、何故こんな目に遭うのだろう。
男の子の闇の力は、彼の元の世界での暮らしに影響したものだった。
親の不仲。学校でのイジメ。そんな彼の思いが、闇という力に変わった。
そして、異世界でも同じ仕打ち。
どうしてこんなことになる。
どこに行っても、自由はないのだろうか。生まれてきたことが、そもそも間違いだったのだろうか。
そんな彼の深い闇は長い年月をかけて、呪いへと変わった。
こんな世界、無くしてしまおう。
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