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第87話 ネガティブ勇者、魔王を倒す
しおりを挟むナイは魔王に向かって走り出し、少年の目の前で宝剣を振り上げた。
しかし少年は、魔王はこちらの攻撃に対して指一つ動かそうとしない。
なぜ勇者を前にそんな余裕でいられるのか。
気になるところだが、迷ってる暇はない。
「はぁっ!」
魔力で身体強化をし、力いっぱい宝剣を振り下ろした。
だがその刀身が魔王に触れることはなかった。
黒いモヤのようなものが盾になり、剣を弾いてしまった。
アインも鞘から剣を抜き、素早い動きで攻撃する。
同じように黒いモヤが魔王を守り、どんなに剣や魔法で攻撃しても何一つ通らない。
魔王はその場から一切動いていない。黒いモヤが彼を勝手に守っているだけ。彼に近付くものを排除しようと、自動的に発動されているだけだ。
何故だ。
攻撃が効かないこともそうだが、この感覚には覚えがあった。
しかし、それを認めていいのか。
そんな訳ない。
同じなはずがない。
ここにいる皆がそう思った。
この状況に、一番気持ち悪いと感じているのはナイだ。
まるで鏡のようだと、そう思わずにはいられない。
「ふふっ、ふふ、あははは!」
そんな彼らの迷いに気付いたのか、魔王は声高らかに笑い出した。
「おかしい? おかしいよね。君たちもそう思ってるんだろう?」
心の底から面白そうに魔王は笑う。
怖い。
その笑顔が。幼さの残った声音が。
ナイは答えから逃げるように、魔法を繰り出す。頭の中で魔王を倒せる攻撃をイメージして、ひたすらに魔法を打つ。
しかし、通らない。魔法は効かない。彼の周りのモヤに飲まれてしまう。
「っ、ぁあああ!」
魔王を倒せるのは、やはり光の剣。ナイは宝剣を握り直し、魔法陣を展開した。
「レイ……!」
《はい!》
ナイの声に応えるように、レインズは刀身に光の魔法を宿す。
外でレインズが使った魔法。天使の梯子を模した巨大な光の剣。
「はあぁぁ!」
剣を振り下ろし、光の刃を魔王へと放つ。
光は闇を吹き飛ばし、魔王を守る黒いモヤを晴らした。
倒せる。ナイはそう確信し、もう一度魔王へ向かって走り出した。
この剣で魔王を貫けば、全てが終わる。
そう願い、ナイは魔王へ宝剣を振り下ろした。
「はぁっ!」
モヤの消えた魔王に攻撃は簡単に届いた。
剣は彼の胸を貫き、そこから血のように黒い影が噴き出している。
「……っ、?」
何だろう。達成感がない。
なんでこんなに呆気ないんだ。
ナイは魔王の胸から剣を引き抜き、その場を離れようとした。
「ありがとう、ユウシャサマ」
魔王がそう言うと、ナイの体を黒い影が締め付けた。
「勇者!」
「ぐ、あ、ぁあ!」
体が動かない。逃げようと身を捩るが、拘束が緩むことはなかった。
アインが影に向かって炎をぶつけるが、ビクともしない。
《ナイ! もう一度この影を切りましょう!》
「で、でも……動けない……」
《私がナイに向けて魔法を放ちます! いきますよ……》
宝剣が光を放った、その瞬間。ナイを縛る影が一気に膨れ上がった。
「ぐあぁあ!」
「レインズ様!?」
影に弾かれ、宝剣はナイの手から離れた。その衝撃からかレインズは人の姿に戻ってしまった。
アインは吹き飛ばされたレインズの元に駆け寄り、その身を案じる。体を強く打ってはいるが、外傷はない。すぐに体を起こし、態勢を整えた。
王の椅子に凭れ掛ったまま、魔王は体から黒いモヤを放っている。
さっきまで身を守っていたものとは違う。彼の体に詰まっていたそれが溢れ出ているようだ。
「あはは、ははははははははははは!」
「っ、な……」
「ああ。終わった。やっと終わった!」
「なに、が……」
魔王は愉快そうに笑った。
ただただ楽しそうに。満足そうに。
「おかしいと思わなかった? 魔王との戦いがこんなに簡単なわけないって思わなかった? どうして魔王が、勇者と同じ力を持っているんだって不思議に思わなかった?」
魔王の問いかけに、皆が言葉を飲んだ。
そう。魔王の黒いモヤ。あれはナイの自動防御《オートガード》のそれと酷似していた。
それでなくても、闇の魔法や外見からもナイと似ているところは多い。
皆がそう思って、考えないようにしていた。
勇者と魔王がこんなにも似ているなんて、あり得ないことだと。
そう思っていた。
だが魔王が放った言葉が、否定したい答えを肯定してしまった。
「当り前だよ。だって、僕は元勇者だもん」
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