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第86話 ネガティブ勇者、魔王と対峙する
しおりを挟むレインズが作ってくれた道を進み、ナイ達は魔王城へと辿り着いた。
門を潜り、大きなドアの前に立つ。
ドア越しだというのに、中から溢れ出る嫌な空気に吐き気がしてくる。
「ドア、開けますよ」
そう言って、アインが重たいドアを押した。
重厚な扉を開けると、予想外にも中は静かだった。
もっと魔物が蔓延っていると思っていた。魔王の元に行くまでにどれほどの戦いが繰り広げられるのだろうと想像していただけに拍子抜けだった。
「何も、出てこないのか……?」
「……魔物の気配は、ないですね。罠というわけでもなさそうですが」
「うん。奥の方から、重い空気を感じるだけ」
ナイが指をさす。その方向は、おそらく王の間。
魔王の意図は分からない。奥の部屋に連れ込んで一網打尽にしようとしているのかもしれない。
三人は周囲に気を配りながら、ゆっくりと足を進めていく。
「…………?」
「ナイ、どうかしましたか?」
奥に進むにつれ、空気が重くなっていく。
全身に、何かが纏わりついている。ナイの足を、何かが引っ張っているような気がする。
ナイの知らない、ナイに憑いている黒い影。
それが段々と膨れ上がっている。ここにいる人物には見えることのない、悍ましい影。
だが、見えはしないけど勘付いてはいた。
ナイの顔色があからさまに悪くなっている。レインズもナイの隣に立ち、光の魔力を彼に向けて放っていた。少しでも楽になるように。
「ここは、嫌な感じしかしない……怖い……」
ナイの体が、何かを拒むように震えている。
ここから逃げろと、何かが訴えてるような気さえする。
だけど、進まなければいけない。
この戦いを終わらせるために、勇者としての役目を終わらせるために。
「あの扉……あの奥だ」
廊下を進んでいくと、奥に扉が見えた。
一見は普通の扉。だが、そこから漏れる魔力はとても言葉で言い表せることの出来るものではなかった。
触れただけで死を迎えてしまいそうだ。
ナイは震える手で、扉を押した。
「待っていたよ、ユウシャサマ」
中から聞こえてきたのは、柔らかい声音だった。
まだ声変わりもしていないような、綺麗な少年のソプラノ。
その身に似つかわしくない大きな王の椅子に座っていたのは、ナイとそう歳の変わらない男の子だった。
「やぁ、はじめまして」
ナイも、レインズも、アインも、彼に対して何も言葉を発することは出来なかった。
こんな子供が魔王なんて、誰が予想した。
こんな子供からえげつない程のどす黒い魔力が放たれてるなんて、誰が予想した。
「どうしたの? ボーッとして。僕のことを殺しに来たんでしょ?」
少年はクスクスと笑ってる。
純粋な笑み。こんな場所、あんな魔力がなければ普通の男の子にしか見えないのに。
「ねぇ、あなたはユウシャサマなんでしょー? 魔王を目の前にして何もしないのー?」
少年の言葉に、ナイはハッとした。
そう。どんな見た目をしていても魔王は魔王。それは紛れもない事実。
ナイはレインズに目配せをした。
「そう、でしたね。魔王を前に臆していては、ここに来た意味が無い」
レインズの体が光り、その身を宝剣へと変えた。
ナイは宝剣を手に取り、魔王へ構える。
「魔王は、必ず倒す……」
宝剣は輝く。
闇を切り裂くために。
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