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第79話 ネガティブ勇者、戸惑う
しおりを挟むアインもナイも現状を飲み込めないでいた。
今冷静でいるのは精霊とレインズだけだ。
当然だ。アインからすればずっと仕えていた主人が宝剣そのものであったのだから。
ナイも自身が扱う武器が人間だったなんて思いもしなかった。
しかし、レインズが武器というのはどういうことだ。どこからどう見てもレインズはただの人間だ。武器なんかじゃない。物なんかじゃない。
「レ、レイは……何とも、思わない、の?」
「勿論驚いてはいますよ。私自身、その自覚は今もないです。ですが、この身が世界を、国を、民を守る力になるというなら、迷いはないです」
「……そ、そう」
幼い頃から国や民のために生きてきたからこそ、この程度のことで気持ちがブレることはないのだろう。
ナイはそんなレインズの様子に、彼が剣であるという事実を受け入れてしまいそうになった。
愛すべき国を守るために鍛え上げられた一振り。そう思えば、納得できるのかもしれない。
「とにかく、戻ってテオ様や国王に話を聞く必要があります。一度、帰りましょうか」
アインはまだ状況を整理しきれていないが、この場に留まっていても進展はないだろうと話を切り出した。
その案を否定するものもいない。ここから出るにはどうすればいいのか精霊に聞くと、彼女はパチンと指を鳴らして魔法陣を展開させた。
「歴史が変わったというなら、きっと世界が何かを変えようとしているのかもしれない。それを正すのか、壊すのかは、今を生きる貴方達次第よ」
その言葉を最後に聞き、ナイ達はその場から消えた。
瞬く間に火山から離れた場所に移され、心の整理も出来ないまま三人はダナンエディア国へと帰ることにした。
―――
――
「……先にテオ様の所へ行きましょう。受け継がれるはずの歴史を彼女が知らないのは、おかしい」
「わかった」
ダナンエディア国に戻り、ナイは空飛ぶ絨毯を出して最速でテオの住む森へと飛ばした。
移動中、彼らの間に会話はなかった。
何を話せばいいのか分からないのだ。気持ちの整理だって出来ていない。レインズも宝剣のことは受け入れても、国王、父親に自分が宝剣であったという事実を告げるのには勇気がいるのだろう。
テオの元に着くと、神妙な面持ちの彼女が迎え入れてくれた。
移動する前に精霊から聞いた話は報告してあった。彼女も自分の知らない歴史に驚きを隠せない様子だ。
「とにかく、座って。私も頭の中パニックでどうしていいか分かんないのよ」
「だ、大丈夫?」
「ええ。正直、許容範囲超えてるんだけど……まず、レインズのことね」
「はい」
「私は宝剣について勇者がその在処を知るとしか聞いてないの。宝剣についての答えを知ってるのは勇者だけって……まぁ、つまり宝剣の力を引き出すための鍵を持っているのが勇者だったってことなんだろうけど……」
テオは一つ一つを嚙み砕きながら、飲み込もうとしている。
ナイ自身もこうやって状況を整理してくれた方が頭の中を整理できるからありがたい。
「でも、やっぱり私の受け継いだ記憶の中に王子が宝剣であったという事実はないわ。先代か、もっと前かは分からないけど、誰かがその記憶を残さなかった。それか歴史そのものが書き換えられているのか……」
「そんなこと、出来るの?」
「私達賢者はこの世界の歴史を書き残し、記憶の中に刻み込み、保管している。過去のことを全て記憶をして蓄積しているの。だから、その過程で誰かが記録を書き換えてしまえば、その子孫である私は書き換えられた記憶を正しい歴史として受け継ぎ、そしてまた次の世代に残そうとする。そうすれば、過去はこうだったって事実が異なって残るでしょ?」
「……なるほど」
「問題は、どうしてそうなったかよね……150年前のことなんか誰も覚えちゃいないし、その時代の生き残りもいないわ。何があったのか確かめようはないけど……精霊がそういうのであれば、レインズが宝剣であることは正しいことなのよね」
テオは頭を抱えた。
幼い頃から共に過ごしてきた彼が勇者の武器、宝剣であるという事実はどう噛み砕いても喉を通っていかないのだろう。
無理もない。レインズ自身だってその体がどうすれば剣になるのかも分かっちゃいない。
その身のまま勇者と戦うのか、それとも文字通り剣となって戦うのか、それすらも分からない。
答えを出すには、ナイが今の状況を受け入れなければならない。
飲み込む前に、喉に詰まってしまいそうな事実を。
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