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第68話 ネガティブ勇者、再び助けられる

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 アインがナイを抱きしめると、何かに縛られるように体の自由が利かなくなった。
 見えてはいない。だが、リオが言っていた黒い影が自分たちを締め上げていることだけは分かる。
 ナイの意識を取り戻さなきゃいけない。アインは自分の意識を飛ばさないように、必死に気を保つ。

 ここで勇者を失う訳にはいかない。そうでなくても主人が大事に思っている相手。
 そして、アイン自身も彼は特別に思っている。自分に近い存在。ようやく過去に背を向けて前を歩こうとしているのに。

 アインはナイに昔の自分を重ねている。
 今ここで彼が挫けたら、躓いたら、自分も足が止まってしまいそうになる。
 彼に必要なのはトラウマを、影を晴らすことではない。それを背負ってでも前に進めるように手を差し伸べることだ。
 少なくとも、アインはそう思っている。
 消えない傷を忘れることなんかできない。いやでも目に付く。時折傷んで忘れるなと訴えてくるのだから。

「おい、聞こえてなくてもいいから、聞け……」

 アインは絞り出すように話す。
 自身の魔力をナイに注ぎ込みながら、直接想いを届ける。

「逃げ道を進むことは、悪いことじゃない……そんなこと言ったら、俺だってレインズ様に拾われてからずっと自分の嫌な過去から逃げてきた。その逃げ道をずっと、進んでいる。どんな道でも、進めばいい。その先に、未来があると信じればいい」

 聞こえているのか分からない。ナイはまだピクリとも動かない。
 それでもアインは続ける。
 少しでも、彼の中に何かに響くことを願って。

「勇者に失うものがあってはいけない? ふざけるな。俺達は勇者を犠牲にして幸せを手にしたいなんて思ってない! 勇者と共に手にしたいんだ! この世界での未来を思い描け! その逃げ道だってお前が一歩一歩築いてきた道だろ!」

 喉が避けそうなほど、声を張り上げた。
 その声に、その思いに応えるように、アインの体から魔力が炎のように溢れ出した。

 熱い。
 胸の奥が、いつかの夢を燃やしたときのように。
 ナイは小さく指を動かした。

 ゆらゆら。揺れ動く。心を灯してくれる、温かさ。
 また助けてくれる。ナイは、その熱に手を伸ばした。

 触れたのは、柔らかな感触。その柔らかなものが、ナイの手を掴んだ。

「おい、勇者! 聞こえてるのか!?」
「……あ、いん」

 ナイが触れたのは、アインの手だった。
 痛いくらい、キツく握りしめてくれている。

 内から灯る、暖かい火。
 ナイは溢れ出す涙を拭わず、アインの手を握り返した。

「大丈夫か?」
「……ん」
「起きれるか? 部屋に戻るぞ」
「まだ、ここに、いたい」
「お前、まだそんなこと……」
「もう少し、だけ……」

 ナイはアインの胸に頬を寄せ、目を閉じた。
 暖かい。いつもこの熱が、暗闇から足掻く力をくれる。

 自分で這い上がるための強さをくれる。

 レインズが闇を照らす光なら、アインは太陽だと、ナイは思った。
 彼の火は、心を照らす勇気だ。





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