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第67話 ネガティブ勇者、恐怖に溺れる
しおりを挟む眠るのが怖いと思うのは初めてだった。
ナイはベッドの上で膝を抱えて震えていた。
昔の記憶を夢で見るのは怖いとは思わなかった。痛いこともツラいことも耐えていれば終わるから。
だけどさっき見た夢は何が起きているのか、どう対処していいのかも分からない。ただただ純粋な恐怖だけがナイを襲ってきた。
身動き一つとれない。よく分からない声だけ聞こえてくる。耳を塞ぐことも目を覆うことも出来ない。怖いという感情だけ与えられる。
それにあの感覚。召喚されたときと似ていた。もしかしたら元の世界に返されるかもしれない。それがナイよりも怖いこと。
「……帰りたくない……帰りたくない……」
元の世界に召喚魔法を使える人がいないため勇者を送り返すことは出来ないと以前レインズが言っていたことで安心していたが、その可能性はゼロではないのかもしれない。
この世界の魔法だって新しいものを組み上げることが出来るように、再送還だって出来るようになるのかもしれない。
もしかしたら、魔王が自分を倒す勇者を追い返すためにその魔法を会得するかもしれない。
考え出したら、キリがない。
いくつもの最悪が頭の中を埋め尽くす。
親から暴力を受けていたときより、今の方がずっと怖い。
この世界で、楽しいことを覚えてしまった。夢中になれること、人の優しさを知ってしまった。
もう一度あの場所に戻されたら、もう耐えられない。完全に心が壊されてしまう。
怖い。何もかもが、怖い。
ナイはベッドから降り、フラフラとした足取りで部屋を出た。
―――
――
レインズが調べ物をすると言うので、アインはお茶の準備だけして主人の部屋を後にした。。
これからどうするか、考えないといけない。その為にナイのメンタルケアは必須。だがどう接するのが正解なのか、分からない。
アインは部屋の前に着き、ドアノブに手をかけたところで庭に誰かがいる気配を感じた。
その気配の主に気付いたアインは弾けるように駆け出し、庭へと向かった。
庭に行くと、黒い影が地面に寝転がっているのを見つけた。
血の気が引くのを感じた。脳裏に過った最悪の状況を振り払うように、アインは急いで駆け寄る。
力なく倒れる黒い影、ではなくナイを抱き上げると、薄っすらと目を開けてこちらを見た。
「アイン……」
「お前、部屋にいるんじゃなかったのか? こんなところで何してるんだ」
「……星、見ようと、思って……」
ナイは震える手を伸ばした。星を見るその目は虚ろで、まるで地下水脈に行ったときのようだ。
また心が沈んでる。だがあの時のように過去の記憶に苛まれている訳でもない。
何が彼の心を蝕んでいるのかが分からない。
「いいから、部屋で休め。ここでは体を冷やす」
「部屋、は、星が見えない……」
「……ったく、少しだけだぞ」
アインはナイの肩を抱きかかえたまま、一緒に空を仰いだ。
いつもと同じ美しい夜空。この空が曇ることはない。この空を今、ナイがどんな気持ちで見ているのだろうか。アインは彼の目を怖くて見ることが出来なかった。
「……アイン」
「なんだ……」
「僕は、ここにいたい」
「……ああ」
「それは、ここが好きだからじゃなくて……元の世界に、帰りたくないだけ、だから、なんだ……」
「ああ」
「僕は、逃げて、逃げて……前に進んだ気になってるだけ、なのかもしれない」
そう言いながら、ナイは黒い瞳から涙を零した。
アインは恐れながらも彼の目を見た。星の映らない、空っぽの瞳。深すぎる闇が、光を飲み込んでしまっている。
「逃げ道を、探してる……魔法も、全部……」
「お前……」
「僕は……何も、求めない方が、よかったのかも、しれない……あの声は、僕を責めているのかも、しれない……何も持たないものしか、勇者になれない、のに……僕は、何かを得た、から……帰ることを恐れてしまった、から……」
ブツブツと、まるで己を戒めるようにナイは呟く。
見えない黒い影が彼を包み込むように、ナイの体がドンドン重くなっているような気がする。
「おい、しっかりしろ! おい、おい!」
アインは腕の中で闇に飲まれそうになるナイに必死に声をかけるが届かない。
自分では駄目なのだろうか。闇から救い出すためには、やはり強い光でないと。
アインは自分の力の無さを嘆いた。
いま出来るのは、呼びかけることだけ。アインはナイを強く抱きしめた。
「……っ、ナイ」
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