上 下
67 / 100

第67話 ネガティブ勇者、恐怖に溺れる

しおりを挟む


 眠るのが怖いと思うのは初めてだった。
 ナイはベッドの上で膝を抱えて震えていた。

 昔の記憶を夢で見るのは怖いとは思わなかった。痛いこともツラいことも耐えていれば終わるから。
 だけどさっき見た夢は何が起きているのか、どう対処していいのかも分からない。ただただ純粋な恐怖だけがナイを襲ってきた。
 身動き一つとれない。よく分からない声だけ聞こえてくる。耳を塞ぐことも目を覆うことも出来ない。怖いという感情だけ与えられる。
 それにあの感覚。召喚されたときと似ていた。もしかしたら元の世界に返されるかもしれない。それがナイよりも怖いこと。

「……帰りたくない……帰りたくない……」

 元の世界に召喚魔法を使える人がいないため勇者を送り返すことは出来ないと以前レインズが言っていたことで安心していたが、その可能性はゼロではないのかもしれない。
 この世界の魔法だって新しいものを組み上げることが出来るように、再送還だって出来るようになるのかもしれない。
 もしかしたら、魔王が自分を倒す勇者を追い返すためにその魔法を会得するかもしれない。

 考え出したら、キリがない。
 いくつもの最悪が頭の中を埋め尽くす。

 親から暴力を受けていたときより、今の方がずっと怖い。
 この世界で、楽しいことを覚えてしまった。夢中になれること、人の優しさを知ってしまった。
 もう一度あの場所に戻されたら、もう耐えられない。完全に心が壊されてしまう。

 怖い。何もかもが、怖い。

 ナイはベッドから降り、フラフラとした足取りで部屋を出た。


―――

――


 レインズが調べ物をすると言うので、アインはお茶の準備だけして主人の部屋を後にした。。
 これからどうするか、考えないといけない。その為にナイのメンタルケアは必須。だがどう接するのが正解なのか、分からない。

 アインは部屋の前に着き、ドアノブに手をかけたところで庭に誰かがいる気配を感じた。
 その気配の主に気付いたアインは弾けるように駆け出し、庭へと向かった。

 庭に行くと、黒い影が地面に寝転がっているのを見つけた。
 血の気が引くのを感じた。脳裏に過った最悪の状況を振り払うように、アインは急いで駆け寄る。
 力なく倒れる黒い影、ではなくナイを抱き上げると、薄っすらと目を開けてこちらを見た。

「アイン……」
「お前、部屋にいるんじゃなかったのか? こんなところで何してるんだ」
「……星、見ようと、思って……」

 ナイは震える手を伸ばした。星を見るその目は虚ろで、まるで地下水脈に行ったときのようだ。
 また心が沈んでる。だがあの時のように過去の記憶に苛まれている訳でもない。
 何が彼の心を蝕んでいるのかが分からない。

「いいから、部屋で休め。ここでは体を冷やす」
「部屋、は、星が見えない……」
「……ったく、少しだけだぞ」

 アインはナイの肩を抱きかかえたまま、一緒に空を仰いだ。
 いつもと同じ美しい夜空。この空が曇ることはない。この空を今、ナイがどんな気持ちで見ているのだろうか。アインは彼の目を怖くて見ることが出来なかった。

「……アイン」
「なんだ……」
「僕は、ここにいたい」
「……ああ」
「それは、ここが好きだからじゃなくて……元の世界に、帰りたくないだけ、だから、なんだ……」
「ああ」
「僕は、逃げて、逃げて……前に進んだ気になってるだけ、なのかもしれない」

 そう言いながら、ナイは黒い瞳から涙を零した。
 アインは恐れながらも彼の目を見た。星の映らない、空っぽの瞳。深すぎる闇が、光を飲み込んでしまっている。

「逃げ道を、探してる……魔法も、全部……」
「お前……」
「僕は……何も、求めない方が、よかったのかも、しれない……あの声は、僕を責めているのかも、しれない……何も持たないものしか、勇者になれない、のに……僕は、何かを得た、から……帰ることを恐れてしまった、から……」

 ブツブツと、まるで己を戒めるようにナイは呟く。
 見えない黒い影が彼を包み込むように、ナイの体がドンドン重くなっているような気がする。

「おい、しっかりしろ! おい、おい!」

 アインは腕の中で闇に飲まれそうになるナイに必死に声をかけるが届かない。
 自分では駄目なのだろうか。闇から救い出すためには、やはり強い光でないと。

 アインは自分の力の無さを嘆いた。
 いま出来るのは、呼びかけることだけ。アインはナイを強く抱きしめた。

「……っ、ナイ」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

巻き込まれ召喚された上、性別を間違えられたのでそのまま生活することにしました。

蒼霧雪枷
恋愛
勇者として異世界に召喚されチート無双、からのハーレム落ち。ここ最近はそんな話ばっか読んでるきがする引きこもりな俺、18歳。 此度どうやら、件の異世界召喚とやらに"巻き込まれた"らしい。 召喚した彼らは「男の勇者」に用があるらしいので、俺は巻き込まれた一般人だと確信する。 だって俺、一応女だもの。 勿論元の世界に帰れないお約束も聞き、やはり性別を間違われているようなので… ならば男として新たな人生片道切符を切ってやろうじゃねぇの? って、ちょっと待て。俺は一般人Aでいいんだ、そんなオマケが実はチート持ってました展開は望んでねぇ!! ついでに、恋愛フラグも要りません!!! 性別を間違われた男勝りな男装少女が、王弟殿下と友人になり、とある俺様何様騎士様を引っ掻き回し、勇者から全力逃走する話。 ────────── 突発的に書きたくなって書いた産物。 会話文の量が極端だったりする。読みにくかったらすみません。 他の小説の更新まだかよこの野郎って方がいたら言ってくださいその通りですごめんなさい。 4/1 お気に入り登録数50突破記念ssを投稿してすぐに100越えるもんだからそっと笑ってる。ありがたい限りです。 4/4 通知先輩が仕事してくれずに感想来てたの知りませんでした(死滅)とても嬉しくて語彙力が消えた。突破記念はもうワケわかんなくなってる。 4/20 無事完結いたしました!気まぐれにオマケを投げることもあるかも知れませんが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました! 4/25 オマケ、始めました。え、早い?投稿頻度は少ないからいいかなってさっき思い立ちました。突発的に始めたから、オマケも突発的でいいよね。 21.8/30 完全完結しました。今後更新することはございません。ありがとうございました!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...