上 下
56 / 100

第56話 ネガティブ勇者、族長にビビる

しおりを挟む



 ナイを寝かせ、アインも壁に寄りかかるようにして腰を下ろした。
 リオ達の話し声は何となく聞こえてくる。

 ナイの背負う黒い影。
 アインにはそれが何なのか、分かる気がした。

 過去のトラウマ。一生癒えることのない心の傷。
 そういうものは、何をしても消えない。時折忘れることがあったとしても、思い出してしまう。
 アインだってそれは同じだ。完全に忘れたわけじゃない。ただアインはレインズのそばにいることでトラウマに苦しむことが減っただけ。
 だが、きっとナイはそんな過去のトラウマだけでなく、勇者としての重圧などもあるのだろう。そういうナイにとって悪い感情が、黒い影なのかもしれないと、アインは考察する。

 しかし、それをナイに直接言ったら余計に苦しめることになるだろう。
 せっかく前を向けたのに、振り返ってしまう。見たくないものを、見てしまう。

「……勇者ってのは、随分面倒な奴だな……」

 おとぎ話で聞いていた勇者とは違いすぎる。アインは眠るナイの表情を見て、溜息を吐いた。
 世界を守るはずの勇者を、守ろうとしてる。まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。

 アインはレインズが勇者召喚をすると言った時のことを思い出した。
 憧れの勇者に会える。そう言って目を輝かせる主人に、まだ知らぬ勇者相手にほんの少し嫉妬した。主人の心を奪う勇者と言う存在。それは喚び出してからも変わらないが、今は嫉妬よりもナイ自身を心配する気持ちの方が強い。
 心配せざるを得ないのだ。あまりにもひ弱で、心が不安定で、いつも笑顔の裏に悲しみが付きまとっている少年を。

 やっと笑うことを覚えたのに、その影が笑顔を奪うというのか。
 人のトラウマは、植え付けた本人は簡単に忘れるというのに、傷を負わされた被害者はいつまで経っても苦しみ続ける。
 どうしようもない、この世の理不尽だ。

 それを知っているからこそ、アインはナイに対して非情になり切れない。
 主人のために、この世界を救うために。気弱な少年が逃げないように優しい言葉でも並べてその心を利用してもいいと思っていた。
 だが出来なかった。だってナイはいま、その理不尽に立ち向かおうとしているのだから。

 レインズが勇者としてではなく、ナイ個人を贔屓にしたくなるのか。一緒にいれば自然と分かる。
 ただ可哀想なだけの少年ではない。満身創痍で、今にも粉々に崩れてしまいそうな心を必死に、感情を殺すことで守ってきた。
 ナイは地獄のような環境で生きてきた強い心の持ち主だってことを、知ってほしい。
 アインは、そう願う。

「……う、ん」
「気付いたか?」
「……アイン。ここ、は?」
「族長様の家だ。今、テオ様とレインズ様がお話をされている」
「……そっか。ごめん、寝ちゃって……」
「問題ない。俺もこの地帯は苦手だ」
「……ここ、なんか変な感じがする。もやもや、するというか……魔力じゃない、なんか、冷たい空気がずっと張り付いてるような……」

 ナイがそういった瞬間、部屋の暖簾がバッと開いた。
 そこに現れたのは仁王立ちして自信満々の笑みを浮かべるリオだった。

「よく気付いたな! さすがは勇者様だ!」
「っ!?」
「改めて挨拶をしよう。俺はリオン・ヴィンドハード・ロッサ。この集落の族長だ。よろしく頼むぜ」
「は、はい……僕は、降谷ナイ、です」
「勇者ナイ。お前がくたばってるのはこの地に流れる霊脈のせいだ」
「れ、れい、みゃく?」

 初めて聞く言葉に、ナイは首を傾げた。
 リオはナイの前に腰を下ろし、真っ直ぐその目を見つめる。

 ナイは目の前の人物の気迫に、息を飲んだ。
 ただそこにいるだけなのに、物凄い威圧感のせいで思わず萎縮してしまう。

 見た目はまだ20歳前後だろうか。褐色の肌に赤みのある髪。濃い紫色の鋭い瞳。レインズとはまた違う整った容姿の持ち主。

「どうだ。ちょっとは楽になったか?」
「え? あ、そういえば……」

 リオの威圧感に押されて気付くのが遅れたが、さっきまでの不快感が消えていた。

「だろうな。俺の魔力はお前ら光や闇よりもずっと特殊な、無属性だ。だから霊力とも相性がいい。今はお前の周りの霊力を緩和させてるんだ。ちったー楽になんだろ?」
「……無属性……前に、本で読んだ。力はない代わりに、力を無効化するって……」
「ほう。お勉強熱心で良いじゃねーか。その通りだ。俺には戦う力はないが、戦う力を消すことが出来る。まぁ、残念ながらこの地だと魔力を食われちまうから、大したことも出来ねーがな!」
「……は、はぁ」

 豪快に笑うリオに、ナイは気圧されるばかり。
 しかし、悪い感じはしない。遠慮のない話し方なのに、ズケズケと踏み込んでくる感じがしないからだろうか。

「つーわけで、精霊の泉探しに俺も付き合うから」
「え?」

 それにしても話が唐突すぎる。
 こういうところはテオにそっくりだとナイは思った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...