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第38話 ネガティブ勇者、息の仕方を思い出す
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―――
――
「え?」
「レインズ様、どうなさいました?」
周囲に影響が出ないように気を付けながら穴を広げている途中、レインズはナイの声を聞いた。
とても小さい声だったが、確かに頭に直接響いた。
「ナイの声がした気がするんだが……さっきから呼びかけてるのに返事がないんだ。何かあったのかもしれない」
「そんな……魔物の気配はしなかったのに」
「アイン、先に降りて見てきてくれ。これくらいの幅なら行けるだろ」
「了解しました」
少し広がった穴を通り、アインはナイの気配を追って走った。
「……なんだ、これは」
ナイの魔力が小さくなってる。
周りに散りばめられている鉱石の力にも負けるほど、ドンドンか細くなっていく。このままでは見失ってしまう。アインは足場が悪いのも気にせず、全速力で走った。
「おい! おい、勇者!」
声を上げるが返事はない。
叫んだ自分の声だけが反響してるだけで、他には何の音もしない。
ほんの数分しか経っていないはずなのに、何があったというのか。アインは悪い予感を振り払うように、ひたすら進む。
「あれは……!」
目の前に強い光が見えた。
紛れもない水晶の輝き。見たこともないほど大きく、純度も高い。これほどの物が地下に眠っていたことに、アインは驚いた。
「っ、じゃない。勇者、おい! しっかりしろ!」
思わず水晶に見惚れてしまいそうだったが、慌てて頭を振って足元に倒れているナイを抱き起した。
「っ!?」
まるで氷のように冷たく、顔は真っ青だった。
このままではマズい。魔力も生気も消えかかっている。急いで城に戻って医者に診せないと命に係わる。
だが、どんなに急いでもロデルニア国までは数時間はかかる。その間に何かあったら。
「……っ、仕方ない」
アインは深く、深く息を吸った。
この世界を救う希望を、ここで失う訳にはいかない。主人の悲しむ顔は見たくない。
アインは抱きかかえる肩をギュッと掴み、ナイの唇に自身の唇を重ねた。
ほんの少し開いた口の隙間から、自身の魔力を流し込む。
魔力は命の源。それを少しでも分け与えれば、一命は取り留めるはずだ。
アインはナイの意識が戻るまで、魔力を与え続けた。
「……っ、う」
「気付いたか!?」
「ぐ、ぅ……あ、あぁあ、あ!」
ひとまず意識は取り戻したが、心臓をかきむしるように胸元を掴んで苦しんでる。
自分たちがいない間に何があった。この水晶に何か力でもあるのか。
分からないが、今は非常事態だ。水晶の回収は後でも出来る。今はナイを安全な場所に運ばないといけない。
「城に戻るぞ。レインズ様も心配されてる」
「ひっ、あ……れ、い……やだ……やだ、やだ、やだ……」
ナイが弱々しくアインの手を振り払った。
涙で濡れた瞳はまるで泥水のように濁っていた。焦点も合っていない。喉からはヒューヒューと笛のような音が鳴っている。このままでは呼吸困難でまた倒れてしまう。
自分まで冷静さを欠いてはいけない。アインは落ち着いて状況を整理しようと思い、彼の後ろにある水晶を見た。
「……ん?」
ナイの背後にいある水晶に、自分の姿が映し出された。
それも、過去の自分だ。
それはナイは見たものと同じ。一番見たくない姿が、そこには映っているのだ。
「……そういう、ことか」
ナイも自分と同じように、過去の自分を見て心を乱されたのだろう。
現に、アインの頭の中にも声が響いている。自分と同じ声で、自信を戒める声が。
「残念だが、俺には通用しない。俺にはもう揺るがない光がある」
アインは頭の中の声を無視し、ナイに近付いた。
よく見ると水晶には自分だけでなく、ナイの姿も映っていた。
ボロボロで、傷だらけの姿。この世界に来たときの彼を思い出す、小さく頼りない背中だ。
アインはゆっくりとナイに歩み寄り、真っすぐその目を見つめる。
「大丈夫だ。落ち着け。ゆっくり、息を吐け」
その言葉は、お風呂場で倒れた時にアインが言ったセリフだった。
その時のこと思い出したナイは、言われた通りに息をした。
一つ、二つ。ゆっくりと、吸って、吐いてを繰り返す。
「落ち着いたか」
「……アイン」
「怯えるな。言っただろ、あの人はお前に害を与えるような人じゃない。何を見せられたかは知らないけど、怖がることはないんだ」
「……ん」
ナイは黒い瞳からポロポロと涙を零しながら、差し伸べられたアインの手を取った。
一旦鉱山を出ようと歩き出そうとしたが、ナイはもう立ち上がる気力がない。仕方なくアインはナイを背負い、レインズの元へと向かった。
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「え?」
「レインズ様、どうなさいました?」
周囲に影響が出ないように気を付けながら穴を広げている途中、レインズはナイの声を聞いた。
とても小さい声だったが、確かに頭に直接響いた。
「ナイの声がした気がするんだが……さっきから呼びかけてるのに返事がないんだ。何かあったのかもしれない」
「そんな……魔物の気配はしなかったのに」
「アイン、先に降りて見てきてくれ。これくらいの幅なら行けるだろ」
「了解しました」
少し広がった穴を通り、アインはナイの気配を追って走った。
「……なんだ、これは」
ナイの魔力が小さくなってる。
周りに散りばめられている鉱石の力にも負けるほど、ドンドンか細くなっていく。このままでは見失ってしまう。アインは足場が悪いのも気にせず、全速力で走った。
「おい! おい、勇者!」
声を上げるが返事はない。
叫んだ自分の声だけが反響してるだけで、他には何の音もしない。
ほんの数分しか経っていないはずなのに、何があったというのか。アインは悪い予感を振り払うように、ひたすら進む。
「あれは……!」
目の前に強い光が見えた。
紛れもない水晶の輝き。見たこともないほど大きく、純度も高い。これほどの物が地下に眠っていたことに、アインは驚いた。
「っ、じゃない。勇者、おい! しっかりしろ!」
思わず水晶に見惚れてしまいそうだったが、慌てて頭を振って足元に倒れているナイを抱き起した。
「っ!?」
まるで氷のように冷たく、顔は真っ青だった。
このままではマズい。魔力も生気も消えかかっている。急いで城に戻って医者に診せないと命に係わる。
だが、どんなに急いでもロデルニア国までは数時間はかかる。その間に何かあったら。
「……っ、仕方ない」
アインは深く、深く息を吸った。
この世界を救う希望を、ここで失う訳にはいかない。主人の悲しむ顔は見たくない。
アインは抱きかかえる肩をギュッと掴み、ナイの唇に自身の唇を重ねた。
ほんの少し開いた口の隙間から、自身の魔力を流し込む。
魔力は命の源。それを少しでも分け与えれば、一命は取り留めるはずだ。
アインはナイの意識が戻るまで、魔力を与え続けた。
「……っ、う」
「気付いたか!?」
「ぐ、ぅ……あ、あぁあ、あ!」
ひとまず意識は取り戻したが、心臓をかきむしるように胸元を掴んで苦しんでる。
自分たちがいない間に何があった。この水晶に何か力でもあるのか。
分からないが、今は非常事態だ。水晶の回収は後でも出来る。今はナイを安全な場所に運ばないといけない。
「城に戻るぞ。レインズ様も心配されてる」
「ひっ、あ……れ、い……やだ……やだ、やだ、やだ……」
ナイが弱々しくアインの手を振り払った。
涙で濡れた瞳はまるで泥水のように濁っていた。焦点も合っていない。喉からはヒューヒューと笛のような音が鳴っている。このままでは呼吸困難でまた倒れてしまう。
自分まで冷静さを欠いてはいけない。アインは落ち着いて状況を整理しようと思い、彼の後ろにある水晶を見た。
「……ん?」
ナイの背後にいある水晶に、自分の姿が映し出された。
それも、過去の自分だ。
それはナイは見たものと同じ。一番見たくない姿が、そこには映っているのだ。
「……そういう、ことか」
ナイも自分と同じように、過去の自分を見て心を乱されたのだろう。
現に、アインの頭の中にも声が響いている。自分と同じ声で、自信を戒める声が。
「残念だが、俺には通用しない。俺にはもう揺るがない光がある」
アインは頭の中の声を無視し、ナイに近付いた。
よく見ると水晶には自分だけでなく、ナイの姿も映っていた。
ボロボロで、傷だらけの姿。この世界に来たときの彼を思い出す、小さく頼りない背中だ。
アインはゆっくりとナイに歩み寄り、真っすぐその目を見つめる。
「大丈夫だ。落ち着け。ゆっくり、息を吐け」
その言葉は、お風呂場で倒れた時にアインが言ったセリフだった。
その時のこと思い出したナイは、言われた通りに息をした。
一つ、二つ。ゆっくりと、吸って、吐いてを繰り返す。
「落ち着いたか」
「……アイン」
「怯えるな。言っただろ、あの人はお前に害を与えるような人じゃない。何を見せられたかは知らないけど、怖がることはないんだ」
「……ん」
ナイは黒い瞳からポロポロと涙を零しながら、差し伸べられたアインの手を取った。
一旦鉱山を出ようと歩き出そうとしたが、ナイはもう立ち上がる気力がない。仕方なくアインはナイを背負い、レインズの元へと向かった。
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