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第14話 ネガティブ勇者、起きる
しおりを挟むまだ日が昇る前。いつもの習慣でナイは目を覚ました。
ソファで眠るアインは、小さな寝息を立てている。早く目を覚ましたはいいが、この世界では朝からやれることはない。
朝ご飯の支度も洗濯も掃除も、学校に行く準備もいらない。
いきなり手ぶらになったせいで、手持ち無沙汰になってしまったナイ。勇者としての役目がまだ分かっていないため、何をしていいのか分からない。
ナイはアインを起こさないように気を付けながら、洗面台で顔を洗った。
昨日の仮眠と夜とでしっかり眠れたおかげか、頭はスッキリしてる。疲労感も消え去った。
タオルで顔を拭き、ボサボサの髪を手櫛で整える。
「……ふぅ」
小さく息を吐き、ソファで眠るアインに視線を向ける。
改めて、ベッドを取ってしまった罪悪感で胸が締め付けられる。ここはアインの部屋で、本来なら部屋の主であるアインが使うべきベッドなのに。
優しくされることに慣れてないから受け止め方が分からない。
アインはあくまで主人であるレインズのためにやっているだけ。
ナイのためではない。だからこそレインズに何かされるより受け入れやすい。
自分はあくまでついで。それくらいで丁度いい。
「……ん。お前、もう起きたのか」
「あ、はい。おはようございます」
「ちょっと待ってろ。部屋まで送る……」
「あの、はい。すみません……」
アインはあくびをしながら、グッと腕を上げて体を伸ばした。
ナイはベッドに座ったままアインの身支度が終わるのを待つ。
何も言わず、手元を見つめたまま動きもしない。
そんなナイの様子に、アインは何かを言いかけて止めた。
「来い」
「は、はい」
アインは背中を向けたまま部屋を出た。
置いていかれないように、ナイも駆け足でその後ろを付いていく。
「……」
「……」
道中、二人の間に会話はなかった。
ナイも自分から話しかけるタイプでもなく、沈黙が苦痛になることもない。むしろ会話しなくていい状況はナイにとって気が楽なのだ。
だが、アインは違った。いつもレインズは何かしら話題を持ってきてくれる。だから沈黙になることは少なかった。
こういうとき、何か話した方がいいのだろうか。自分から話しかけるべきなのか。
アインはナイの部屋に着くまでずっと悩み続けた。
悩み続けて、話題が見つからなかった。
「…………着いたぞ」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
アインが何故苦虫を噛み潰したような顔をしているのか、ナイには分からなかった。
アインは朝食の準備をすると言って、その場を後にした。
その背中を見送り、ナイは部屋の中に入る。
昨日の晩に抜け出した時のまま。開けっ放しのクローゼットと、その隅に丸められた布団。少しだけ染みになってしまった絨毯。
ナイは大きな窓を開けて、換気することにした。
窓を開けると、気持ちの良い風が入ってくる。ナイはバルコニーに出て、手すりに寄りかかって街並みを眺めた。
初めてこの世界に来たときは驚くばかりで、目の前に広がる光景をゆっくり見れなかった。そんなことより体の痛みや傷が消えたことの方が嬉しくて周りの様子はどうでも良かった、という方が正しかったかもしれない。
いま、改めてこの国を眺めてみて思う。
美しい国だと。
遠くに見える城下町からは早朝だと言うのに活気溢れる声が聞こえてくる。
赤煉瓦の並ぶ、暖かな街並み。朝日に照らされたその景色は、どの場所を見ても絵画のよう。
この街全体が、美術館みたいだ。
「おはようございます、ナイ様」
「っ! お、おはよう、ございます。王子様」
いつの間に部屋に入っていたのか、背後からレインズが声を掛けてきた。
ナイは驚きながらも反射的に挨拶を返し、姿勢を正した。
「良いんですよ、そのままで。街を見ていたんですか?」
「あの。はい、綺麗だなって……」
「そう、ですね。ここからの景色はとても美しいです」
レインズはナイの隣に立ち、眼下に広がる街を見つめる。
その表情はとても優しく、民たちを慈しむ様子が窺える。
だが、それと同時にどこか悲しげにも見える。
人の顔色を窺いながら生きてきたナイだからか、その僅かな感情の機微を察することが出来た。
しかし、ナイにはそれを指摘できるほどのコミュニケーション能力はない。
ナイはそのまま黙って、レインズと共に街並みを眺めていた。
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