上 下
12 / 100

第12話 ネガティブ勇者、迷子になる

しおりを挟む



 食事を終えると、アインが手際よく片付け始める。
 今まで掃除や後片付けはナイの役目だった。何か手伝えることはないかとアインに聞くが、座ってろと言われるだけ。
 元の世界では何かしないと怒られていたが、この世界では何もしなくていいと言われる。本来なら嬉しいことだが、身についた習性がそう思わせてくれない。
 役に立たないと。何かしないと。ボーっとしてたら怒られる。殴られる。
 親が散らかしたものを片付けて、家の掃除や洗濯を済ませて、食事の準備をする。それがナイの日常。当たり前の生活。
 それをしなくていいと急に言われても、どうしていいのか分からないし、落ち着けない。手放しで喜べるほど、ナイは今の状況に馴染めていないのだ。

「あ、ありがとうございます……」
「……別に」

 片付けをしてくれるアインに礼を言うと、ぶっきらぼうな返事をされた。
 だがナイとしては、レインズのように畏まった対応をされるより彼の態度の方がこちらも気を使わなくて済む。

「それじゃあ、もう遅い時間なので今日はもう休みましょうか」
「は、はい……」
「ナイ様、お部屋のことですが……」
「え、えっと。大丈夫です。そのうち慣れると思うんで……」
「わかりました。では明日の朝、迎えに上がります。朝食もこちらに持ってきますね」
「す、すみません」
「いえ。では、また明日」

 おやすみなさいと言って、レインズはアインと共に部屋を出た。

 再び一人になった部屋。
 ナイは深く息を吐き出してベッドに倒れた。

 さっき軽く寝てしまったせいで眠くはない。
 それに、やっぱり広い部屋も大きなベッドも落ち着かない。柔らかくて肌触りもとてもいいのに、自分がこんな良いものを使って許されるのかという罪悪感が生まれてしまう。
 誰も責めることがないのに。ここはレインズが自分のために与えてくれたものなのに。
 ナイはどうしても自分には不相応な気がして、受け入れられない。

「……やっぱり、クローゼットがいいや」

 ナイはベッドから掛け布団だけを引っ張って、またクローゼットの隅っこに寝そべった。
 朝、レインズが起こしに来た時に分かるように、扉は少し開けておいた。

「勇者、か……」

 明日から自分は勇者として何かしなきゃいけない。ナイ
は体を丸めて布団に顔を埋めた。
 まずは宝剣を探すためにもテオに会いに行かなきゃ行けない。
 それから、魔物と戦わなきゃいけない。まだ見ぬ敵。自分は戦えるのだろうか。そんな不安が付き纏う。
 魔物と戦って死ねるならそれでいい。生きたい理由なんてない。
 死ねないのであれば、勝たなきゃいけない。勇者としての義務を果たさなければならない。
 そうでなければ、レインズからの優しさもこの居場所も失ってしまう。ナイが戦わなきゃいけない理由はそれだけしかない。

「……ごはん、おいしかったなぁ」

 ふと、さっき食べたサンドイッチを思い出した。
 美味しいものを、美味しいと感じながら食べる。あの瞬間は自分が生きているんだと強く感じられた。
 食事というのが生きることと深く繋がりがあるものだからだろうか。
 ナイは美味しいものをまた食べれるなら生きていけるかもしれないと、少し思った。そのためなら、生きることに意味もあるかもしれない。

「……ちゃんと味覚あったんだな、僕……」

 ちゃんと味わって食べたのは初めてだった。
 匂いや食感、色んなものを味わった。
 食事中もレインズはナイに話しかけてくれた。この世界のことや魔法のこと。この国のこと。
 会話のある食事も初めてだった。ナイはそれに対して相槌を打つくらいしか出来なかったが、悪い気はしなかった。

「あの人の言う通りにしていれば、ご飯がもらえる……」

 ナイは目を閉じた。
 この世界に来てから、殴られてもいない。知らない人に犯されることもない。
 こんな一日を過ごせたことは、覚えてる限りではない。
 まだ夢を見てるんじゃないかと疑ってしまうくらい。

「……元の世界は、どうなってるんだろ」

 あの世界での自分は消えたことになってるのだろうか。
 あの親は急に子供が消えて喜んでいるのか、悲しんでいるのか。
 ナイは昨日までの自分を思い出し、吐き気がした。

「……うっ」

 今まで吐き気がしても、我慢できた。
 でも今日はちゃんと食事を取ったせいで、まだ胃に物が残っている。
 ナイはクローゼットから出て、何か吐き出せるものはないかと探すがここにはビニール袋なんかない。

 込み上げてきた物を飲み込もうとするが、抑えきれない。ナイはその場に座り込み、吐き出してしまった。

「う、え、えっ……」

 ナイは口を抑えるが、吐き出した嘔吐物は掌からこぼれ落ちてしまう。
 汚れた床を見て、後頭部がサーっと冷えていくのを感じる。
 どうしよう。貰ったものを吐いてしまった。綺麗な部屋を汚してしまった。
 ナイは慌てて自分が着ていた服を脱いで床を拭いた。

 やってしまった。
 なぜ我慢できなかった。
 こんなところを見られたら幻滅されるかもしれない。
 ナイの頭の中はそんな後悔で埋め尽くされる。

 バレないようにしないと。汚した服も洗わないと。朝、レインズが来たときに服を着ていなかったら怪しまれる。
 ナイはシャツを丸めて、部屋のドアを音がしないように静かに開けた。
 ドアの隙間から顔を覗かせ、周りに誰もいないか確認する。
 人影はない。ナイは足音に気をつけて水場がどこかにないか探しに出た。

 周りをキョロキョロと見渡しながら服を洗える場所を探すが、それらしい部屋が見つからない。
 それどころか、自分の部屋がどこかも分からなくなってしまった。
 部屋の数も多く、どれも同じような扉をしてるせいで見分けがつかない。服を洗えたとしても、自分の部屋に帰れるかどうかも分からない。

「……どうしよう」

 あのまま部屋にいた方が良かったかもしれない。
 今になってナイは後悔した。
 吐いたりしなければこんなことにはならなかった。もっと我慢できていればよかったのに。
 ああすれば、こうすれば。どんどん後悔が膨れ上がっていく。
 ナイはその場に座り込み、蹲ってしまった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...