11 / 100
第11話 ネガティブ勇者、食に感動する
しおりを挟む「そういえばナイ様、お腹は空きませんか?」
「え? えっと……」
ナイは今まで空腹を訴えたことがない。
元の世界での食事は学校の給食くらいで家では親が残した残飯をたまに貰えるくらいだ。
いちいち空腹に悩まされていては精神が保てない。だからナイはそんな生活の中で食欲というものを自分の中から切り離してしまった。
勿論、生きていく上で腹は減る。だけどナイの体はそんな生活を長いこと続けてしまったせいで感覚がマヒしてしまった。
お腹が空いても食欲がないから食べなくても平気。そう体が認識するようになっていた。
だからお腹が空いていないかとレインズに聞かれて困ってしまった。
そんな風に聞かれたことなんかない。今自分が空腹なのか、食欲があるのかどうかも分からないのだ。
「……よかったら、一緒に夕食を頂きませんか? いま部屋に持ってこさせますので」
「……は、はい」
ナイが困っているのに気付いたレインズは、半ば強引に食事を共にすることを進めた。
レインズには彼の過去がどういうものか分からないが、素直に自分の気持ちを言える正確でないことは察した。
この世界に召喚されてから彼は水すら口にしていない。何かを求めるようなことを口にしないのだ。
彼から言えないのであれば、こちらから何が欲しいのかを言えるように促すしかない。
「嫌いなものとかありませんか?」
「た、たぶん……」
「ではアインに軽食を用意してもらうので、少々お待ちください」
アイン。ナイが召喚されたとき、レインズと一緒にいた従者だ。
馬車の中でレインズに悪態をついたことで彼のナイに対する第一印象は悪い。ナイ自身もずっと睨まれていたなぁということくらいしか覚えていない。
レインズが言うには彼は幼い頃からずっと自分に付いてくれている従者で、世話役や補佐官のような存在らしい。
「彼には世話になりっぱなしで、本当に助けられてばかりなんですよ」
「そう、ですか」
それなら余計に嫌われているんだろうな。ナイは馬車でのことを思い出す。
レインズは気にしていないが、アインの刃物のような鋭い視線は明らかに敵意を持っていた。
嫌われることに慣れてしまったナイはそのことに関して特に気にならないが、アインの機嫌を損ねることで主人であるレインズからの印象まで悪くなるのは困る。
これ以上は嫌われないようにしたい。だが人と接すること、マトモな会話もしてこなかったナイに人と上手く交流していくことは難しい。
ーーー
ーー
「失礼致します」
ドアがノックされ、食事の乗ったワゴンを持ってきたアインが部屋に入る。
テキパキとテーブルの上に食事を用意していく。誰かに何かしてもらうなんてことがなかったナイは、自分も手伝わなくていいのだろうかとそわそわして落ち着かない気持ちになった。
「お待たせしました」
アインが頭を下げて、レインズの後ろへと立つ。そして流れるような動作で椅子を引き、着座させる。一つ一つに無駄のない動き。
まるで絵に描いたような貴族の風景。ナイには遠い世界すぎて呆然とその様子を眺めることしか出来なかった。
ナイは普通に自分で椅子を引いて席に着き、目の前のクローシュで蓋された食事をどうすればいいのか悩む。
テレビや本の中でしか見たことのない銀の蓋。これは勝手に開けていいものなのだろうか。ナイが困惑していると、レインズがアインに視線を送った。
アインは仕方ないという表情でナイの方へと向かい、クローシュを外した。
「……っ!」
開けた瞬間に広がる、鼻腔を刺激する香り。
お皿の上に綺麗に盛り付けられたのは、サンドイッチ。それから野菜たっぷりのスープ。
今まで食とは縁のない生活をしていたナイだったが、その香りを嗅いだ瞬間に腹から空腹を訴える音が聞こえてきた。
その音にレインズは少し驚いた表情を浮かべ、クスッと微笑んだ。
「どうぞ、召し上がってください」
「す、すみません……えと、いただきます」
恥ずかしくて逃げ出したい気持ちもあるが、目の前のサンドイッチには興味がある。
食べなくても匂いだけで美味しいんだろうというのが伝わる。
作法は分からない。
マナーがどうと言われても教えられてないことは出来ない。ナイはサンドイッチを手で掴み、一口かぶりついた。
「……っ」
ナイは初めて食というものに感動した。
甘辛いソースが香ばしいパンの間に挟まったしっとり焼き上げた鳥の肉に絡んで、噛んだ瞬間に肉汁が口の中に広がる。
新鮮な野菜のシャキシャキ感。トマトに似た野菜の青臭さもソースとマッチしていて、さらに食欲をそそらせる。
「……おいしい」
ナイが小さくそう呟くと、真っ黒な瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
止まらない涙。それでも食べ続けるナイに、レインズとアインは唖然とするしかない。
「ナ、ナイ様? お口に合いませんでしたか?」
「……ち、ちが……くて……」
ナイは横に首を振り、鼻をすすりながら口に入れたサンドイッチを飲み込む。
「ご、ごはん……美味しいって、思ったの……は、はじめて、だったから……」
そう言いながら、ナイはサンドイッチを頬張る。口いっぱいに詰め込んで、涙と一緒に飲み込んでいく。
レインズは、ナイの言葉の意味が分からなかった。食事を楽しむこと、美味しいものを口にすること。それが当たり前だったから。
だけどナイは違う。食事はしなくてもいいと思い続けて生きてきた。
食という娯楽を楽しむ余裕はなかった。
だけど今、自分のために用意された食事を口にして、生まれて初めて食べ物を美味しいと感じた。それがどれほど嬉しいことか、レインズが理解することはないだろう。
だが目の前で泣きながらサンドイッチを食べるナイが、自分の当たり前とは異なる生活をしていたのは今までの振る舞いで十分に理解できる。
「…………落ち着いて食え。誰も取らない」
そう言ったのは、アインだった。
話しかけられると思わなかったナイはほんの少し驚いた。
冷たい言い方ではあったけど、そこには確かにナイへの気遣いが感じ取れるものだ。
「……アインの言う通りです。ここでは礼儀や作法を気にする人もいません。ナイ様のペースで、ゆっくり食べてください」
レインズが微笑んで、サンドイッチを口にする。
ナイは袖で涙をゴシゴシと拭い、一口一口、ゆっくりと味わって食べた。
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる