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第9話 ネガティブ勇者、自信を知らない

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「……ん、あれ?」

 レインズが目を覚ますと、膝に頭を乗せてるナイと目が合った。
 自分まで寝るつもりのに、気付いたら一緒に眠ってしまったようで恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「す、すみません! ナイ様の前でみっともない姿を……」
「い、いえ……僕の方こそ、毛布とかありがとうございます……」
「いえいえ、そんな。それより、何故こんな狭い場所に?」

 レインズが不思議そうに首を傾げた。
 ナイからすればこのクローゼットも十分すぎるくらい広いのだが、この王子様にとっては所詮物置なのだろう。

「えっと……広いところは落ち着かなくて……」
「そうでしたか。ですが横になるならちゃんとベッドで寝た方が良いですよ。ここでは体を痛めてしまいます」
「……は、はい。でも今までこんな広い部屋も大きなベッドも使ったことがないので、なんか馴染めないというか……」
「この部屋ではナイ様は落ち着いてお休みになれないということですね……」

 うーん、と小さく唸りながらレインズは顎に手を添えて考える。
 その様子にナイはワガママを言ってしまったのではないかと後悔した。
 こんな立派な部屋を与えてもらったのに、それに対して不満を言うなんて。これが相手が自分の親だったらどんな目に遭っていたことか。
 想像しただけで体が震え出す。今はないはずの傷が痛むような気さえする。

 ナイの様子に気付いたレインズは、彼の肩にそっと手を添えて笑顔を浮かべた。

「では、私の部屋に来ますか? 二人で使えば部屋の広さも気にならないかもしれません」
「…………え」
「さぁ、行きましょう」

 レインズに体を起こされ、そのまま手を引かれて部屋を出る。
 こちらが何かを言う暇もなく、隣のレインズの部屋へとやってきた。

 大きな扉を開き、中に入るとナイに用意された部屋と同じくらいの広さがあった。
 だが様々な書物などが散乱していてお世辞にも綺麗とは言えない。レインズの見た目のように綺麗な部屋を想像していただけに、ナイは目を丸くして驚いた。

「……こ、これがあなたの部屋、ですか」
「すみません、遅くまで調べ物をしていたので少し散らかってますが……」
「……す、少し」

 足の踏み場がない状況に言葉が出ない。
 ナイは積み上げられた本の山が倒れてくるんじゃないかとビクビクしながら恐る恐る部屋の奥へと足を進めていく。

「どうでしょうか? この部屋なら広さも気にならないとは思いますが」
「……確かに広さはないというか……むしろ圧迫感があるというか……王子様はここで寝てるんですよね?」
「もちろんです」

 部屋の隅にあるベッドに目を移すと、枕元にも本が積みあがっていた。
 寝返りを打った時にあの山が崩れたら生き埋めにでもなるんじゃないかと想像して、ナイの背筋がブルっと震えた。
 この世界ではこれが普通なのだろうか。貴族と庶民の違いなのだろうか。ナイは困惑する。
 保身のためではあるが勇者として戦おうと思ったばかりだが、その決心も揺らいでしまいそうだ。

「ぼ、僕……物置とかでもいいんですけど」
「そんな! 勇者様をそのような場所で寝かせられませんよ」
「で、でも……」

 これなら隣の部屋で寝た方がマシだろう。
 ナイは深く溜息を吐いて、自分の部屋に戻るとレインズに伝えた。

 レインズは「わかりました」と笑顔で応えたが、自分の部屋がなぜ駄目だったのかは理解できなかった。


――――

――


 部屋に戻り、ナイはふかふかのベッドに腰を下ろした。
 やはり慣れない。居心地の悪さを感じながらも、ナイはレインズにこれからどうしていけばいいのかを聞いた。

「勇者、って言われても何をすればいいのか分からないんですけど……」
「そうですね。まずはこの世界のことをご説明しないといけませんね」

 レインズは自室から持ってきた一冊の本を開いた。
 すると、その本からうっすらと光が放たれてモニターのような映像を映す光の板のようなものが空中に浮かび上がった。
 まるでSFやファンタジー世界のような光景。学校の図書館などでたまに見ていた小説や漫画で見ていたものを目の当たりにして、ナイはほんの少し表情を和らげる。

「まず、この世界の名はエリレオ。そして我が国、ダナンエディアはここ南東に位置するドーラン大陸の中心にある国なのです」

 光の板、モニターの中心に表示された地球儀のように丸い星がレインズの声に応えるように、拡大されてダナンエディア国を映す。
 レインズがスッと手を翳すと、モニターの周りに小さなモニターがパパっと表示される。そこにはこの国の周囲の様子が映し出されていた。

「この数年で魔物の数が一気に増えました。原因は最北端の空に現れたこの魔王城。150年前に倒したはずの魔王が再びこの世界に現れたからです」
「……それで、勇者が呼ばれた……」
「ええ。かつての魔王も異界から召喚された勇者が退治してくださいました。古い文献にもこの国では魔王が現れるたびに勇者召喚をしていると記載されてます」
「……現れるたびって、本当に魔王は倒されてんの? なんで何回も出てくるの?」
「分かりません。それに関してはどの書物を読んでも書かれていないんです」

 ナイは首を傾げた。
 何度も現れる魔王。何度も召喚される異界の勇者。
 同じことを何度も繰り返してるだけ。まるでゲームのようじゃないか。ゲームをクリアして、リセットする。そしてまた同じゲームを最初から始める。
 ここで自分が魔王と倒したとしても、また何年何十年何百年もしたら魔王が蘇る。

 違和感は残るが、ナイはこの世界のことをよく知らないし正直言ってしまえば興味もない。
 今自分に出来ることをするだけ。
 そうでなければ、自分がここにいる意味がなくなってしまう。
 用済みになって見限られてしまう。
 それだけは避けたい。

「それで、僕は魔王と戦えばいいの? いつ?」
「いきなり魔王城に乗り込むようなことはしません。ナイ様はまだ宝剣を手にしてませんし」
「ほうけん?」
「初代勇者が残した、勇者様にだけ使える武器です。今までの勇者様もそれを手にして魔王と戦ったと聞きます。封印場所に関しては勇者様にしか分からないみたいで……」
「え? 僕、何も分からないんだけど……」
「そうですよね。私もそれが不思議なんですけど、召喚された勇者様は皆、宝剣の場所がお分かりになっていたみたいなんです」

 意味が分からず、ナイは頭が真っ白になった。
 そんなもの、分かるはずがない。何も分からない自分はやっぱり勇者ではないのだろうか。
 もし自分が勇者じゃなかったら、この場所にいる意味がなくなる。
 捨てられる。
 棄てられる。
 自分に優しくしてくれる人がいなくなってしまう。
 それだけは、嫌だ。

「ど、どうすれば……」
「大丈夫ですよ。今はまだ分からずとも、いずれ宝剣が貴方を求める。勇者と宝剣はいつの時代も共にあるのですから」
「……そう、ですか」

 自分が勇者であるという自覚がない。だからレインズの言葉にも安心できなかった。
 何をすれば自分が勇者であると証明できるのか。
 どうすれば自分が勇者だという自信が持てるのか。
 今のナイには分からないことばかりだ。

 元よりナイには自分自身に自信を持つなんてことは出来ないのだから。

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