3 / 100
第3話 ネガティブ勇者、初めての暴言
しおりを挟む何十分経っただろうか。
ようやく落ち着いてきた少年は、すんすんと鼻をすすりながらレインズにごめんなさいと一言呟くように言った。
レインズも泣き続ける少年を宥めてるうちに冷静さを取り戻し、優しい笑みを浮かべている。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……あの、初対面の人にご迷惑をおかけしてすみませんでした……」
「いえ。こちらこそ、勇者様に対して何がご無礼なことをしていたら申し訳ありません」
「えっと……そういうわけじゃなくて……いや、そもそも今この現状がどういうことなのか教えてほしいんですけど」
少年は情けない姿を見せてしまった恥ずかしさから、いつもより早口で話し出す。
その様子にレインズはクスッと笑みを零し、少年に手を差し出した。
「ご説明いたします。まずはこの国の賢者様のところにご案内しますので、こちらへどうぞ」
「は、はい」
ここに一人で残っても何も分からない。
少年はレインズの手を取り、塔を後にした。
ーーーーー
塔を降りると、外で先ほどの従者が馬車を待機させていた。
生まれて初めてみる馬車。テレビや本の中でしか見ることのない本物の馬に、少年はビクつきながらもそっと近づいてみた。
「馬をご覧になるのは初めてですか?」
「はい……その、どこにでもいる生き物ではありませんから」
「この子は大人しくていい子ですから、撫でてあげて大丈夫ですよ」
レインズに促され、少年は恐る恐る手を伸ばしてみた。
初めて触れる馬の感触。柔らかな毛並みに、感動すら覚える。そっと撫でてやると、ブルルと鼻を鳴らして気持ちよさそうに目を細める。
可愛いかもしれない。少年は少し嬉しくなり、強張っていた表情を和らげた。
「では、そろそろ参りましょう。アイン、賢者様にご連絡は?」
「ええ。先ほど魔法水晶でご報告しました」
「ありがとう。では勇者様、馬車にお乗りください」
「……」
「勇者様?」
「え? あ、そっか、勇者って僕のこと……すみません」
少年は名残惜しそうに馬から離れ、馬車に乗り込んだ。
ふわりと柔らかい椅子。綺麗な装飾の施された内装。見慣れない光景に少年は目が眩みそうになる。
「あの、勇者様?」
「……え? あ、はい」
呼ばれ慣れないその名前に少年は少しだけ反応が遅れながらも返事をした。
その様子にレインズは少し考えるように口元に手を添え、少年に問う。
「申し訳ありません。まだ勇者様のお名前をお聞きしてませんでした。差し支えなければ、お名前を教えていただけますか?」
「……な、名前……ですか」
「ええ」
少年はぎゅっと両手を膝の上で握り締め、レインズから視線を反らした。
言いにくそうに、言いたくなさそうに、小さな声で自身の名を告げた。
「……ない」
「え?」
「な、名前。降谷、ナイ……変な名前ですよね」
「ナイ様、ですね。そんなことありませんよ。可愛いお名前じゃないですか」
レインズのその言葉に少年改め、ナイは唇を噛んだ。
可愛くない。この名前は、親が適当に付けたものだ。
いらない子だから、「ナイ」。いらないの、ナイ。何もない子。必要のない子。そういう意味を込めて。
ナイはこの名前が大嫌いだった。呼ばれたくもない名前だった。
意味を知らないからレインズに悪気がないとはいえ、ナイは面白くなかった。
「ナイ様。まずは召喚に応じてくださってありがとうございました。改めてお礼を申し上げさせていただきます」
「え、いや……応じた覚えはなくて……気付いたらここにいたというか……変な夢を見たと思ったら、こんなところで目が覚めて……」
「夢、ですか?」
「何もない空間で、声だけが聞こえてきて……ステータスがどうとか、魔法がどうとか……そういえば、勇者召喚がどうのこうのって言ってた気がしなくもないけど」
ナイは朧げな記憶を呼び起こそうと必死に頭を押さえながら考えるが、これ以上のことは思い出せそうにない。
夢なんて覚めたら忘れてしまうことの方が多い。きっとこんなものだろうとナイはレインズにあとは分からないと告げた。
「そうなんですね。この勇者召喚は古より我が国に伝わる儀式なんです。この世に災厄は訪れたとき、王家の人間が異界の勇者を呼ぶものだと私は教えられてきました。きっとナイ様が時空の大精霊様に選ばれたのだと思います」
「選ばれた……って、なんで僕なの? 僕、成績も運動神経も悪いし……ただの、グズで使えない子、なのに」
「そんなことありません。ナイ様が召喚されたことにはきっと意味があります。そのようにご自身を卑下なさらないでください。貴方はこの世界を救う唯一の存在なのですから」
イライラすると、ナイは素直にそう思った。
レインズは王子というだけあって、周りから愛されて育ってきたのだろう。何の不自由もなく、着るもの食べるものに困ることない。十分な教養も与えられて、理不尽に暴力を振るわれることもないんだろう。
自分とは真逆の存在。彼の言葉は真っ直ぐで、綺麗すぎて、それ故にナイの心を抉ってくる。
本人にそんなつもりがなくとも、自分の綺麗すぎる言葉がどれほど目の前の少年の心を傷つけているかなんて、彼には理解できないだろう。
その事実が、とても腹立たしい。
ナイはその感情を抑えきれず、乾いた笑いを零した。
「ハハ……いいですね、貴方は……」
「え?」
「そういうこと、簡単に言えるような立場で羨ましい。僕にはなにもない。そう言われ続けて生きてきたんです。今更、僕自身の生きる価値も意味も何もない……だから僕は、ナイなんです」
「……ナイ、様」
「王子様はいいですよね。ただ守られるだけでいいんだから……そうやって誰かに守られて、安全な場所からそうやってあれしてこれしてって人に命令すればいいんだから。世界を救うとか、貴方たちとは何の関わりもない赤の他人の僕にそんなことをやらなきゃいけない理由なんかないですよね。でもあんたは王子ってだけで僕にそれを強要するんでしょ。見ず知らずの他人に私のこと守ってくださいねって。ふざけんなよ、勝手な話じゃんか。上の立場にいる人はいいよね。下にいる人間の気持ちなんか理解できないんでしょ。僕が逆らえない立場にいるから簡単に命令できるんだ。なに、世界を救うとか。馬鹿じゃないの」
「っ、貴様! 王子を愚弄する気か!」
「アイン、よせ」
ナイの言葉に従者、アインが掴みかかろうとしたのをレインズが制止する。
口から言葉がどんどん吐き捨てられていく。止まらない。
普段は自分の感情や思ったことは我慢して飲み込んできたのに、何故か今は止められない。
きっと自分とはあまりにも違いすぎるレインズの存在がたまらなく苛ついてしまうせいだろう。
何もかもから嫌われた自分と、何もかもから愛された王子様。劣等感を抱くのも無理のない話だ。
「……ごめんなさい。やっぱり僕、勇者なんて無理です。そんな立派な立場に立てる人間じゃないもん」
「……ナイ様」
ナイは膝を抱え、縮こまったまま動かなくなった。
その様子にアインは怒りを抑えるように大きく息を吐いて目を閉じた。
言い過ぎたとは思っている。でもナイは初めて我慢せずに自分の思ったことを言えたことにほんの少しだけ胸がスッとしていた。
こんなにも喋ったのは初めてだった。学校でも基本的に誰かと話すこともない。家では必要最低限の会話しかしたことがない。こんなにも自分が喋れるんだということに驚いたくらいだ。
それから目的地に着くまで、誰も何も言葉を発したりはしなかった。
10
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
巻き込まれ召喚された上、性別を間違えられたのでそのまま生活することにしました。
蒼霧雪枷
恋愛
勇者として異世界に召喚されチート無双、からのハーレム落ち。ここ最近はそんな話ばっか読んでるきがする引きこもりな俺、18歳。
此度どうやら、件の異世界召喚とやらに"巻き込まれた"らしい。
召喚した彼らは「男の勇者」に用があるらしいので、俺は巻き込まれた一般人だと確信する。
だって俺、一応女だもの。
勿論元の世界に帰れないお約束も聞き、やはり性別を間違われているようなので…
ならば男として新たな人生片道切符を切ってやろうじゃねぇの?
って、ちょっと待て。俺は一般人Aでいいんだ、そんなオマケが実はチート持ってました展開は望んでねぇ!!
ついでに、恋愛フラグも要りません!!!
性別を間違われた男勝りな男装少女が、王弟殿下と友人になり、とある俺様何様騎士様を引っ掻き回し、勇者から全力逃走する話。
──────────
突発的に書きたくなって書いた産物。
会話文の量が極端だったりする。読みにくかったらすみません。
他の小説の更新まだかよこの野郎って方がいたら言ってくださいその通りですごめんなさい。
4/1 お気に入り登録数50突破記念ssを投稿してすぐに100越えるもんだからそっと笑ってる。ありがたい限りです。
4/4 通知先輩が仕事してくれずに感想来てたの知りませんでした(死滅)とても嬉しくて語彙力が消えた。突破記念はもうワケわかんなくなってる。
4/20 無事完結いたしました!気まぐれにオマケを投げることもあるかも知れませんが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!
4/25 オマケ、始めました。え、早い?投稿頻度は少ないからいいかなってさっき思い立ちました。突発的に始めたから、オマケも突発的でいいよね。
21.8/30 完全完結しました。今後更新することはございません。ありがとうございました!
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる