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◇小早川湊の場合
第2話
しおりを挟むもうすぐ、毎日のように会えなくなるなんて。
そんなの嫌だな。
お願いです。
毎日貴女に会える権利を、俺にください。
———
——
三月。一週間後には卒業式だ。この学校に通うのも、あと一週間。由佳先生のいる保健室に毎日顔を出せるのも、あと一週間だけ。
つまりは、あと一週間後に由佳先生から答えを聞ける。
あれからも俺は毎日のように保健室に通った。
でも、由佳先生はいつも通りだった。何もなかったみたいに、普通だった。
あれが大人の余裕なんだろうか。俺なんか、あのときのキスが忘れられなくて悶々としてるのに。由佳先生と顔を合わせる度に唇に目がいっちゃうしさ。
わかる? 男子中学生の眠れない夜がどんなものか。しかも先生のこと抱きしめちゃったもんだからさ、余計に寝れないよ。
今も保健室にいる訳なんですけど。書類まとめてる先生のことガン見してるんですけど。眼鏡かけてる先生超可愛いんですけど。
こんなに見てるのに先生は平然としてるし。
これが大人ってヤツか。俺みたいにジタバタみっともない真似はしませんよって?
俺だって早く大人になりたいさ。出来ることなら、もっと早くに生まれて、もっと早く先生に会いたかったよ。同じ学校に通ってさ、同じ時間を過ごしていきたかった。
でも、そんなこと言っても仕方ない。どうにもならない。
「せーんせ」
「なんだ」
「……横顔も可愛いですね」
「バーカ」
先生は俺の方を全く見ず、仕事してる。
でも、ちょっと耳が赤い。照れてるんだ。可愛いな、やっぱり。なんでそんなに可愛いんですか。俺、もうヤバいですよ。メッチャ抱きしめたいです。もう一回キスしたいです。キスだけじゃ足りなくなりそうだけど。
ああ、触りたい。思いきり触りたい。細い腰を抱きしめたいし、ちょっと煙草の匂いがするその唇にも触れたい。体中触って、舐めまわしたい。だって男の子ですから。
「せんせ……」
手を伸ばそうとした瞬間、俺の声を掻き消すようにチャイムが鳴り響いた。
なんか、邪魔された気分。俺は伸ばそうとした手をグッと抑え、帰り支度を済ませた。
もう下校時間か。早すぎるよ。俺に残された時間はあと僅かなんだ。俺が先生と一緒にいれる時間を邪魔しないでくれよ。
「ほら、さっさと帰った帰った」
「えー」
「えー、じゃねーよ。お前が帰らないと私が帰れねーんだよ」
「はーい」
仕方ない。俺はまだここの生徒だ。
大人しく保健室を出て、家へ帰ることにした。
———
——
家に帰り、俺はソファに横たわってボヘーっとテレビを見る。
卒業か。なんか悲しいとか寂しいとかはないけど、先生とどうなるのかが不安だ。友達とは連絡取り合えるけど先生とはそうはいかない。
フラれたら最後だ。もう終わり。さよならバイバイ。
まぁ、最初から絶対に上手くいくとは思ってなかったけどさ。でも、出来ることなら付き合いたい。先生と、もっと一緒にいたい。
先生に、愛されたいんだよ。
「お兄ちゃん、ご飯出来たよ」
「おー」
キッチンから妹の瀬奈《せな》が声を掛けてきた。
俺の家は両親がいない。その代り、歳の離れた姉さんと、姉さんの旦那さんと一緒に暮らしてる。でも今は旦那さんが海外出張に行ってるから、俺と妹、それから弟の利津《りつ》と三人暮らし。
「あれ、りっちゃんは?」
「利津なら郁《いく》くんとこ。泊まってくんだって」
「ふーん」
郁くんは、利津の幼なじみ。昔から仲が良いんだよな。
「じゃあ、今日はお前と二人か。お兄ちゃんは寂しいよ」
「私だって可愛い弟がいなくて残念だわ」
「可愛くねー妹だな」
「うっさい」
「そんなんだから女にばっかりちやほやされるんだぞ、王子様」
「う、ううううるさいわよ!!」
王子様ってのは、瀬奈の学校での呼び名。コイツ、女子校に通ってんだけど、そこでやたらモテてるらしい。我が妹ながら、恐ろしい子だ。
「……なぁ、妹よ」
「何よ」
「お兄ちゃんがフラれたら慰めてくれるか」
「はぁ? 一人で落ち込んでなさいよ」
「……やっぱり可愛くねーな」
ちょっとくらいお兄様を労わりなさいよ。
ったく、自分はいいよな。彼氏いるもんな。俺の親友といつの間にか付き合いやがって。俺、結構ショックだったんだからな。
「お前、彼氏に嫌われたらどうしようとか考えたことある?」
「何よ、急に」
「なんとなく」
「そりゃ考えなくもないわよ。向こうは年上なんだから。私はまだ中学生。向こうは来月から高校生。たった一年の差が、疎ましく感じることもあるわよ」
「ふうん……」
考えることは一緒なんだな。
そっか、そうだよな。誰だって不安に思うか。それが、当たり前なんだよな。
「瀬奈。いいか、学生らしく健全なお付き合いをするんだぞ。変なことしてお兄ちゃんを悲しませないでくれよ?」
「バカじゃないの……」
お兄ちゃんは心配なんです
「てゆうか、お兄ちゃんも好きな人いるの?」
「いるさ。年上のチョー可愛い人」
「へぇ、なんか意外。お兄ちゃん、そういうの興味ないんだと思ってた」
「なんでだよ。俺だって健全な男子だぞ」
「だって、浮いた話一つないし」
「お兄ちゃんは一途なんだよ。三年間の片想いだったんだぞ」
「……身内のそういう話はなんかキモい」
「自分から聞いたのに!?」
「まぁいいわ。来週には卒業なんだし、頑張れば?」
「言われなくても頑張ってるっての!」
生意気な妹め。
まぁ、頑張るしかないというか、あとは待つだけなんだけどな。
まぁ、想いは伝えたんだ。
それが出来ただけ、十分か。
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