あなたが私に惚れる理由がわかりません。

のがみさんちのはろさん

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◆篁棗の場合

第2話

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 姉さん。

 俺は、ずっと貴方の傍にいたいだけなんです。


———

——

 その日の夜。俺は姉さんと鍋を作って食べた。テレビ見ながら適当に話をして、酒飲んで、時間を過ごした。
 やっぱり姉さんは時折寂しそうな顔をする。追川さんとのこと、口では平気だって言ってるけど実際は結構堪えてるんだな。

「姉さん、飲み過ぎじゃね?」
「そーお? そんなことないよー」

 そんなことある。口調が明らかに緩くなってるじゃないか。
 酒、強くないくせにガバガバ飲むからだぞ。明日も仕事なんだろうが。まぁ、毎回こんなんになりながらも次の日はいつも通り起きてくるから怖いんだよ。二日酔いになることないのかな。てか、酔うとすぐ寝るから次の日に響くまで呑んだりしないんだろうな。
 というか、こんなんで電車乗れるのかよ。送っていくしかないかな、ちょっと面倒だけど。泊めてもいいけど、明日仕事ならそうもいかないし。

「姉さん、そろそろ帰ろう。送っていくから」
「えーもう? なつ君、もっと飲もうよー」
「もうおしまい。ほら、立てる?」
「おんぶー」

 この野郎。酔うと甘えだすから厄介だ。こうなるの分かってたから酒は買わなかったのに。俺んちに残ってた酒、全部飲みやがった。
 買い置きしなけりゃ良かったな。まさかこうなるとは思わなかった。
 俺はフラフラになった姉さんの肩を支えながらコートを着せて、姉さんのカバンを持って部屋を出た。おんぶなんかする訳ないだろう。そんなことしたら外に出れなくなる。下半身が大暴走するだろ。

「なつくーん」
「はいはい」
「お姉ちゃん、失恋したんだよー」
「そうだな」

 今度は愚痴り始めた。起きたら忘れてるんだろうけど。

「えーたの一番に、私はなれなかったよー」
「……そっか」
「なつ君の一番はずっとお姉ちゃんだよねー?」
「ああ、そうだな」
「ふふふ、それじゃあダメだよー」
「なんで?」
「だって、なつ君もいつかは好きな子できて結婚するんだよぉ? そしたら、その子が一番じゃなきゃダメだよー」

 多分、それは姉自身のことなんだろうな。好きな人の、追川さんの一番になれなかった。八年も一緒にいたのに。だから俺に彼女が出来たとき、相手にそんな思いをさせないように言ってるんだ。
 残念ながら俺の一番は一生姉さんだ。
 八年? こっちは二十二年も想ってるんだぞ。筋金入りだ。俺だったら姉さんにそんな思いさせないよ。

「俺は大丈夫だよ。こう見えて一途なんだ」
「なつ君、好きな子いるの?」
「いるよ」
「どんな子? お姉ちゃんも知ってる子?」
「ちょー知ってる。でも教えない」
「どーしてぇ? 教えてよー」
「ヤーダー」

 姉さんはずっと教えろ教えろって俺の腕に引っ付きながら言ってくる。誰が言うかよ。そんなこと言ったら姉さんを余計に困らせるだけじゃないか。
 どうにか駅まで着き、隣駅までの切符を二枚買って電車に乗った。たったの一駅なんだから起きていてほしかったんだけど、椅子に座るなり寝てしまった。仕方ないな、本当におんぶしていかないと。

 平常心。平常心。平常心。
 そう心の中で唱えながら、俺は姉さんをおんぶして駅近くのマンションまで歩いていった。ああ、背中に当たってる。メッチャ当たってる。柔らかいのが当たってます。

 歩くこと十分。姉さんの住むマンションに着き、エレベーターで三階まで上がってる間にキーケースから合鍵を取り出した。早く姉さんを背中から下ろしたい。そして帰りたい。姉さんを起こさないよう程度に急ぎ足で部屋まで駆け出し、さっさと鍵を開けて中に入った。
 寝室のベッドに姉さんを寝かせ、俺は一息吐く。俺、結構限界です。

「……なつくん?」
「あ、起こした?」
「んーん……ねー、一緒に寝よー?」

 何言ってやがるんですか。俺に死ねと言ってるんですか。

「バカ言ってないでさっさと寝ろ。俺、もう帰るからな」
「ヤダ……」

 そう言って、姉さんは俺の服の裾を掴んだまま離さない。振り解くことも出来たけど、その目に涙が浮かんでるのが見えて、俺は大人しく姉さんの頭を撫でてやった。寝るまでは一緒にいてやる。でも、それ以上は無理だ。
 姉さんは何とも思ってないだろうけど、俺は違うんだ。

「……大丈夫だよ、俺はずっと傍にいるから」
「ん……」
「だから、安心して寝てろよ。姉さんなら直ぐに良い人が見つかるよ」
「……ん」

 服を掴む手から力が抜けていく。暫くすると、小さな寝息も聞こえてきた。
 やっと寝たか。俺は姉さんの目元から零れ落ちた涙を拭い、そっと手を握った。姉さんが泣くのを見るのは、小学生のとき以来だ。うちは両親が共働きで二人とも帰りが遅いから、小さい頃の姉さんは母さんがいないと寂しくって言ってよく泣いてた。
 ある程度大きくなってからは姉としての意識が強くなってきたのか、泣いたりしなくなった。母の代わりに俺の面倒を見てくれて、周りからもしっかりした良き姉と言われるようになった。

 そんな姉が、俺は好きだった。泣き虫だったときの姉さんを俺は男として守ってやりたいって思っていたし、しっかり者の姉の背中を支えてやりたいって思った。
 そして、いつしか俺は、姉のことを女として見ていた。俺は、姉を好きになるために生まれてきたんだって、そう思った。
 それが異常だと思われても良い。本気で、好きになった。それは変えようのない事実なんだ。

「……好きだよ、姉さん。俺は、ずっと姉さんが好きだよ……」

 永遠に届くことのない言葉を、口にする。

 愛おしい、貴女。
 ずっと笑っていてくれるなら、俺は弟でいいから。

 俺の傍で、笑っていてください。






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