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◆春待澪の場合
第2話
しおりを挟む『アハハ! あいつ、やっと言ったんだー』
「真奈は知っていたのか?」
『気付いてないのはアンタくらいよ』
その日の夜。私は相談しようと思って真奈に電話したのだが、直木君に告白されたことを話した途端、大笑いされてしまった。
どうやら彼の気持ちはとても分かりやすいものだったらしい。
『直木、顔にアンタが好きですって書いて歩いているようなものだったわよ』
「そ、そうなのか」
『だって態度があからさまだもん。登下校も澪と一緒にしたがってるし、休み時間もずっと話しかけてたでしょ?』
「そ、そうだが……四六時中私と一緒だったわけじゃない。他の友人とも一緒だったし……そんな話もしたことがなかった」
『……そう思ってるのは澪だけなんだけどねぇ』
呆れたような声が聞こえてきた。
仕方ないだろう。私は気付けなかったし、そういう色恋の類はもっと大人になってからするものだと思っていたんだ。祖父も学生の本分は勉強だって幼い頃から言っていたし、私はそれに従って生きてきた。
それに、自分が誰かに好かれるとは思ってもいなかった。他者に好かれるような見た目でもないと思うし、一緒にいて楽しい性格でもない。そんな自分を好きになってくれる人が存在するなんて思わなかった。
「私は、どうすればいいんだろう」
『どうって、返事はしなかったの?』
「電車を降りる直前に言われたから……」
『考えたわねぇ。上手いこと返事を保留にしたって訳か』
「私、人に好かれるような女ではないと思うんだけど」
『何を思ってそう捉えているのか分からないけど、アンタは十分可愛い方よ?』
「そうだろうか。私は真奈のようにオシャレとかそういうものに興味ないが……」
『……可愛いってそういうことじゃ……アンタの古臭い考え方が色々と邪魔してるのよねぇ……』
また溜息を吐かれてしまった。
確かに私は一般的な女子高生の中では考え方がズレているとは思うし浮いているとは思うけど、それが弊害になっていると言うことだろうか。
『それで、アンタはどうしたいの?』
「私は……分からない。どう答えるのが適切なのか、分からないんだ」
『へぇ、珍しいわね』
「何が?」
『だって、澪ってあまり悩むことないじゃない。どんなことでも即断即決って感じでしょ? なるほどねぇ、直木の告白もちゃんと意味があったのね』
確かにそうだ。ここまで答えの分からない問題に直面したことがないからだけど、私は選択肢を迫られてもすぐに答えを選んで決めてしまう。悩む時間がもったいないと思うからだ。
だけど、今回だけはそうもいかない。何でだろう。好きだと言われたときの対応が分からない。
そもそも、好きという感情が分からない。
「真奈はお付き合いしている人がいるんだよな?」
『ええ、そうよ』
「その人のこと、どうやって好きだと気付いたんだ?」
『はぁ?』
「だって好きだと気付く理由があったから、恋人になったんだろう?」
『……アンタ、いちいち難しく考えすぎなんじゃないの?』
そうは言われても分からないものは分からないんだ。
家族に対しての好きと異性に対しての好きは何が違うというんだ。そんなの誰も教えてくれなかった。教わってもいないことをどうやって理解すればいい。
直木君に対して不快に思ったこともない。一緒にいて嫌だと思うなら、素直にそう言ってる。彼といる時間は、なんというか穏やかだ。
そう。どちらかと言えば嫌いじゃない。それくらいの感情だ。
『うーん……こういうのって人それぞれ感じ方が違うと思うから、私がそうだったからって澪も同じとは限らないのよ?』
「そうなのか?」
『当たり前でしょ。食べ物にだって好き嫌いがあって、好きになる理由も嫌いになる理由も人によって違うでしょ』
「まぁ、そうだな」
『ここまで鈍いとは思ってなかったわ……』
「す、すまない」
真奈を困らせてしまったみたいで申し訳ない気持ちになってきた。
私はそんなに世間からズレているのか。もっとテレビとか見ていれば理解できたのだろうか。私はニュースくらいしか見ないし、漫画やアニメも見ない。小説も恋愛物などはあまり読まない。ゼロではないが、ストーリーは面白いと思えるけど登場人物に感情移入することはない。
単純に家にそういう物が置かれていなかったし、私自身も興味がなかった。改めて思うと私は視野が狭いんだろうな。だからこんな偏った性格になってしまったんだ。反省しなければ。
『…………参考になるか分からないけど』
「え?」
『私は、率直に一緒にいたいと思ったからよ。手放したくない、離れたくない……好きだって、それしか思えなくなったの』
「……私も、そういう風に思えるのだろうか」
『少なくとも、アンタはいま直木のこと意識してるでしょ。それが同じ気持ちとは限らないけど、何かしらの変化がアンタの中で起こってるということじゃない?』
「変化……」
『人の感情は理屈でどうこうなるものじゃないのよ。正しい答えを出そうと思わないことね』
「あ、ああ……」
また明日と言って真奈は通話を切った。
私はスマホを机の上に置いて、布団の上に寝転がる。
理屈か。私の頭は確かに固いのだろう。答えを求めすぎているのかもしれない。
目に見えない人の感情に答えを出そうなんて、烏滸がましいことだったのだろうか。
「……はぁ」
私は仰向けになって天井を眺めた。
モヤモヤしたままだけど、少しはスッキリしたような気がする。要は私一人で悩んでいても仕方ないんだ。明日、直木君とちゃんと話そう。
こんな気持ちになった原因は直木君なのだから、直木君としっかり話し合えばこの気持ちを整理出来るかもしれない。
ずっと分からない感情が頭の中をグルグルしてて気持ち悪い。知らないことを知らないままにしておくのは、もっと気持ち悪い。
だから、教えて。
教えてよ、直木君。
頭の中が、君でいっぱいなんだ。
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