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六十九話 【ぬくもり】
しおりを挟むリビングで立ったまま彪世さんに縋り付くように泣き続けた。
落ち着いてから話せばいいのに、俺は途切れ途切れになりながら今日会ったことを全部話した。
聞き取りづらいはずなのに、彪世さんは聞き返したりしないで俺の話をちゃんと聞いてくれて、その間もずっと頭を撫でてくれていた。
「……俺、昨日の彪世さんの言葉……ずっと、考えて、て……」
「うん」
「それで、ちゃんと向き合わなきゃって、思って」
「うん」
「今でも気持ちの返し方なんてわかんない、けど、俺なりに向き合って、みたつもり、です」
「うん……」
ダメだ。うまく言葉がまとまらない。
でも、本音をぶつけた。
ぶつけた、つもりだ。俺なりに。
アイツの言葉を聞いて、受け止めて、俺の気持ちを返せたと思う。
「あくまで、そう思うだけ、なんですけど」
「それでいいんじゃない?」
「いい、んですか?」
「だって、相手が暮凪君の言葉をどう受け止めたかなんて本人にしか分からない。それは逆も同じでしょう? 結局、自分がどう感じたかってことが大事なんだから」
「……自己満足ですよ」
「自己満足じゃないことなんて、ないよ」
また、そうやって甘やかす。
彪世さんが言うと、それが正しいと思ってしまう。
「だって、君が透把君のこと好きだったことも、その彼女が君を好きなことも、誰かのためじゃなくて自分のためでしょう? 彼女が君に想いを伝えたのも、自分のため。暮凪君が本音をぶつけたのも、そう」
「……はい」
「ほら、ね? 自分のためじゃないことなんかないよ。特に恋愛はね、ボランティアじゃないんだもの。自分勝手で良いんだよ」
「……そう、ですね」
上手いな、この人は。
確かにそうだ。納得してしまう。
散々俺は自分勝手にしてきた。それが正しいわけじゃないし、その言葉で正当化したいわけでもない。彪世さんだってそういうつもりで言ってないことも分かってる。
でも、俺が間違っていたわけじゃないんだって、そう言ってもらえたみたいだ。
「なんか俺、彪世さんの前で泣いてばかりですね」
「そうかもね」
「スゲー恥ずかしいです」
「私は嬉しいよ。弱いところ見せてくれて」
俺は顔上げられないですよ。
帰ってきて早々に泣き出して、いい年した大人が何やってるんだって感じ。
こんなガキみたいなこと、透把の前でも見せたりしないのに。
ていうか、アイツの前で泣いたことなんか今までなかったと思う。多分。
「彪世さん、なんか不思議な雰囲気ありますよね」
「それは良い意味?」
「多分、良い意味で」
「なら良かった」
俺、こんなに弱かったんだなって、この人の前では素直にそう思える。
彪世さんの纏う、独特の雰囲気がそうさせる。
母性的な、そういうものだろうか。実の母親自身に母性的なものを感じた覚えがないからよく分からないけど。
女性的なのに、どこか男らしさを感じさせる彪世さんだからなんだろうな。
「もう少しだけ、こうしてて良いですか……?」
俺がそう言うと、彪世さんは黙ったまま頭を撫でてくれた。
そういうところがズルいんです。俺は背中に腕を回し、肩口に顔を埋めて、少しだけ力を込めて抱きついた。
久しぶりに感じる、人肌。
セックス以外でこんなに誰かとくっついたこと、なかったな。
なんか、安心する。落ち着く。
俺、人の温もりとかそういうの苦手だったはずなのにな。
本当に、不思議だ。
もっと、ずっと、こうしていられたらいいのに。
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