上 下
59 / 100

五十九話 【同居】

しおりを挟む



 ・ ・ ・


 どれくらい泣いただろうか。目が溶けるんじゃないかってくらい、自分でも驚くくらい涙が止まらなかった。
 この間もずっと彪世さんは何も言わず頭を撫で続けてくれた。
 泣き終わって、涙でグチャグチャになった顔を上げると、彪世さんは優しく微笑んでくれて、また泣きたくなった。
 泣くって行為は自分が弱くなったみたいで嫌いだった。でも今は気持ちがスッキリしてる。泣いたおかげで今までウジウジ悩んでいたことを吐き出せたような感覚だ。悪いことだけじゃなかったんだな。

「スミマセン……みっともないところを……」
「気にしないで。顔、洗ってくる?」
「はい。洗面所、お借りします」

 泣きすぎて声が変になってる。
 鏡を見ると、目も顔も真っ赤になっていた。酷い顔だ。
 あんなに泣いたのは、多分生まれたときくらいじゃないか。大人になって泣きじゃくる日がくるとは思わなかったな。
 バシャバシャと冷たい水で顔を洗う。顔が熱ってるせいか、この冷たさが気持ちいい。

「……ふぅ」

 顔を拭いて、鏡に映る自分を見る。
 何となく、憑物が取れたような、そんな風に見えなくもない。
 生まれ変わった、なんてのは言い過ぎかもしれない。でも、何か変われるんじゃないか。そう思う。
 なんて、こんなのは俺らしくないな。
 そんな簡単に変われるなら苦労しない。都合良すぎだ。

 でも、そんなことを思ってしまうのは。
 紛れもなく。

 彪世さんのおかげ、としか言いようがない。




「落ち着いた?」
「はい。ありがとうございました」
「声、凄いね。温かいもの飲む?」
「あ、はい。お言葉に甘えて……」

 うがいしたのに声がまだガラガラしてる。泣きすぎるとこうなるのか。知らなかった。結構な疲労感だし、運動したあとみたいにぐったりしてる。
 彪世さんが入れてくれたコーヒーを一口飲むと、その温かさが体に染み込む。
 ヤバいな、俺。彪世さんの世話にならないって決めたばかりなのに、ここを離れたくないってちょっと思ってる。
 いやいや、ダメだろ。彪世さんは俺なんかと違って忙しい人なんだから。俺には見せないけど、毎日仕事で疲れてるんだし。



「……あの、彪世さん」
「ん?」
「俺、今度の更新で今のマンション引っ越そうかなって考えてて」
「そうなの? 良いところなのに」
「その、ラーレの近くがいいなーって……毎回電車使うの面倒だし」
「あー……確かに店からは遠いね。でも、わざわざうちに通うために引っ越し考えてくれるなんて」

 彪世さんは照れ臭そうに微笑む。
 言われてみれば確かに、店主である彪世さんに言うのはかなり恥ずかしい。でも本当のことだし。

「それで、この辺で新築の物件とかないかなって……」
「んー夏くらいにオープンするマンションならあるけど……他にもないことはないけど、アパートとかは暮凪くん、嫌でしょ?」
「そうですね。出来ればセキュリティ完備のところがベストです」
「そうなると、私が知る限りではそこだけかな」
「そうですか……」

 夏か。マンションの更新、4月なんだよな。今が3月。4か月は待たなきゃダメなのか。さすがに更新しちゃうのは金が勿体ない。いくら俺でもそんな無駄金は使いたくない。
 彪世さんに言えば、きっと夏まで住まわせてくれそうだけど。
 でも、それじゃあ意味がない。彪世さんの迷惑にならないようにって考えてたのに。

「暮凪君」
「え?」
「私に遠慮しないでいいんだよ?」
「……あ」
「言ったでしょ。私は君がいてくれて迷惑に思ったことないんだよ」

 見抜かれてる。
 参ったな。本当にこの人に敵わない。
 まぁ、そうだな。迷惑かけないように、色々と手伝いとかすればいい。家の掃除とか、そういうの。居候なんだし、その辺は弁えないとな。
 クズな俺も、少しは人並みになれるようにならないと。

「じゃあ、彪世さん。夏までお世話になってもいいですか?」
「ええ、もちろん。広い部屋じゃないけど、それで良ければ」

 彪世さんの飯が毎日食えるなら押し入れで暮らしたって構いませんよ。
 そう言ったら、彪世さんは「馬鹿ね」って優しく微笑んだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【好きと言えるまで】 -LIKEとLOVEの違い、分かる?-

悠里
BL
「LIKEとLOVEの違い、分かる?」 「オレがお前のこと、好きなのは、LOVEの方だよ」  告白されて。答えが出るまで何年でも待つと言われて。  4か月ずーっと、ふわふわ考え中…。  その快斗が、夏休みにすこしだけ帰ってくる。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...