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二話 【客】
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イライラする。
俺は酒を煽りながら、向かいの席に座る透把の様子を盗み見ていた。
今日はどうしてもと頼まれた合コンの日。それなりに有名なチェーン店の居酒屋で、集まった訳だけど。
「へぇ、彩実ちゃんもあのバンド好きなんだ? じゃあさ、ライブとか行く?」
「うん。時間とお金に余裕があればだけどね」
「え、じゃあ次のライブは?」
「ちょっと迷ってるんだ。行けなくもないんだけど、ちょっと金欠で……」
やっぱりやめておけばよかった。透把は話が合うのか彩実って女子と楽しげに話してる。あれは完全にアイツの好みだ。女の方も透把に好意的な印象を持っているっぽい。
色んな女を見てきたから、そういうのには鼻が利くんだ。
だから分かる。あの二人、くっ付くのも時間の問題だろう。そして、今回は結構上手くいく。長いこと付き合うんだろうな。
最悪だ。
邪魔するのは簡単だ。でも、それをしたら透把は俺を嫌う。
それだけは、避けたい。
でも、あの二人が仲良くするのは見ていたくない。
なんで俺、友人なんかに惚れたんだ。
「……はぁ」
「どうしたの? 志貴くん」
溜め息を吐くと、隣に座っていた女が心配そうに声を掛けてきた。
気合の入ったメイク。何時間掛けたんだってくらいの厚化粧が気持ち悪い。
無駄に飾り付けた、狂気にでもなりそうなネイルも見てて不快だ。そんな指を俺に向けるな。へし折るぞ。
「ねぇ、志貴くん。もしかして志貴くんって、ユキヤって名前で仕事してない?」
「……それが?」
「やっぱり。友達に聞いたことがあったの。物凄くカッコいい人がいるって。でも、その人の名前だけしか知らないし、連絡先もわからないって言ってたんだけど……これって、運命かも?」
んなワケねーだろ。
さっきから人の顔をジロジロと見てたのはそれでか。
マジ気持ち悪いからぶん殴ってやろうかと思ったくらいだ。
「で、それが何」
「ヤダ、言わせないでよ」
女が俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
酒の匂いに混ざって、香水の香りが鼻先を掠める。
マジで吐きそう。
この匂いも、腕に触れる女の感触も。嫌悪感を煽る材料にしかならない。
まぁ、コイツが透把を狙ってなかっただけマシか。ここで変に拒んで透把の方に行かれても迷惑だ。それに客となれば一回やって金貰って終わる。コイツを口実に合コン抜けれるし、悪くはないか。
「言っておくけど、俺は安くないぞ」
女は頬を褒めて、目の奥を光らせた。
こうなったら、ただの雌。
俺にとっては、ただの金づる。
俺はまだ仲良さそうに話してる透把たちに胸を痛めながら、店を出た。
■ □ ■
女の相手は楽だ。
「ああ、あっ、ん、あっああつ!!」
適当に見つけたラブホ。そこで俺はさっきの女を抱いてる。
服を脱ぎ捨てて、ただただ女の身体を悦ばす。
胸の頂を舌で舐めて、噛んで、たまに音を立てて、聴覚をも犯していく。
女なんて感じる場所を見つけて、そこを愛撫しておけば勝手に果てる。
ただ、金切声みたいに喘ぐ声だけは未だに慣れない。
聞いてて不快になる。
俺は女の口に指を突っ込んで、咥内を弄る。
舌を指先で弄り、歯列をなぞって、声を塞ぐ。
ただ声を抑えるためだけの行為。だけど、それも愛撫の一環だと女は体を悦ばす。
「ん、ふう、んんっ!」
この行為に、何の意味もない。
ただ性欲を吐き散らすためだけ。感情なんていらない。
心なんて、どこにもない。
この女だって、そんなもの求めちゃいないだろう。
ただ溜まった欲を吐き出すのに、俺みたいな奴の方が都合が良かっただけ。
それだけの、話。
女が大きく開いた足の間。
溢れ出た蜜を指に絡め、秘部に中指を差し込む。
熱い内壁を押し上げるように擦(こす)り、引っ掻くように抜き挿しを繰り返していく。
こんなものでいいか。
俺はコンドームを出して、自分の屹立に被せる。たまに付けないでいいよって言う女もいるけど、避妊とかそういうの関係なく、俺は女相手に生でしない。
気持ち悪いからだ。
触れ合いたくないだろ。絶対に。
「んあ、ああっ!」
「……っ」
自身の熱を、女の秘部へと挿入した。
薄い壁一つ隔てた熱が、脈打って、俺を締め付けてくる。
卑猥な水音を立てる。
腰を打ち付ける度に汗ばんだ肌が触れ、張り付いてくる。
ああ、気持ち悪い。
それでも俺もやっぱり男なワケで、性欲を刺激されれば興奮する。身体だけ。
気持ちは空っぽなのに。
勃つものは勃つ。
そこが俺の心を虚しくさせるんだ。
「あん、あ、あっ! きもち、い……! しき、くっ!」
「ユキヤ、だ……っ!」
「ひゃあああ!! あ、あ、! ああん!」
セックス中に名前を呼ぶな。萎えるだろ。
俺は女の腰を持って、思いっきり再奥を突いた。
壊れるんじゃないかってくらい律動を繰り返す。
奥に届いてるのが分かる。突く度に女は腰を弓なりに反らし、喉が裂けるほど嬌声を上げる。
ああ、無性に酒が飲みたい。
居酒屋なんかじゃなくて、もっと静かなところで飲みたい。
酔ったついでに、誰かに抱かれたい。
乱暴に、記憶が飛ぶくらいに。
イヤなこと、全部忘れてしまいたい。
この女を抱いたことも、忘れたい。
透把。
透把、透把。
「……っ、く」
「あ、ああ!」
女の中で脈打った俺の屹立から吐き出された精液が、女の肌を汚す。
疲れた。
汗ばんだ肌が気持ち悪い。
キスをせがむ女の腕を払い、俺はシャワー室へと向かった。
ひと肌が気持ち悪い。
あの女が触れた感触も、この汗と一緒に流してしまおう。
あとは金だけ貰って、さようなら。
「……はぁ」
流れる湯が唇を伝う。
俺はキスだけは絶対にしない。
それだけは、絶対にしたくない。
体を重ねるのは簡単だ。でも、これだけは、それと違う。
女々しいかもしれない。
でも、唇に触れていいのは本当に心を許した相手だけ。
だから俺は、相手が男だろうと女だろうとキスだけはしない。
透把は今頃、どうしているだろう。
あの女と仲良くやっているのだろうか。
また俺は、アイツに彼女が出来て良かったなと笑って言わなきゃいけないのか?
イヤだな。
俺は熱い湯を浴びながら、固く目を閉じた。
気持ち悪い。
媚びてくる女も、バカみたいに親友を想う自分も。
叶わないと分かっていながら、なんで諦められない。
思い続けていたところで結果は見えている。
俺は、アイツに愛されたりしない。
分かってる。
分かってる。
■
俺は着替えを済まし、脱衣所を出た。
女はまだ裸のまま、シーツで胸元を隠しているだけ。
「もう帰っちゃうの?」
「用は済んだだろ」
まだ濡れた髪を掻き上げ、俺は女に掌を差し出した。
俺にもうその気がないことを察したのか、女は軽く溜め息を吐きながら財布から数枚のお札を出して手渡す。
やっぱりな。コイツ、こういうことは初めてじゃない。手慣れてやがる。
「それじゃあな」
「また会えるかしら?」
「さぁな」
少なくとも、俺は一度抱いた女は抱きたくない。
客の顔を覚える気がない。さっさと忘れたいんだ。思い出したくない。
俺はそのまま部屋を出て、いつも行くバーへと行くことにした。
まだ少し鼻先にまとわりつく女の匂いを、早く消したい。
消し去りたい。
全部、全部。
全て。
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