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第34話 【とどいてますか】
しおりを挟む何が起きてるのかさっぱり分からない。
いきなりこんな森みたいなところに連れてこられて、鬼とか何とか意味不明なこと言い出したと思ったら呼吸が出来なくなるほどの威圧感でプレッシャーを掛けられるし。
そんでもって、また一人変な着物姿の頭に角の生えた女が現れて、黙って聞いてれば俺のこと始末するとか何とか。
ふざけんなって、思った。
だけど話を聞いてたら、おかしいなってなったんだ。
この男は呉羽のことを知っていた。
そして、この女に向かってコイツが人間に深入りしてるからどうとか話し出した。
この鬼の女が人間に深入りしたから、その元凶である人間、つまり俺を始末する。要はそういうことだろ。
頭の悪い俺だけど、この状況を察せないほど馬鹿じゃないつもりだ。
なんで呉羽が世間知らずなのか。漢字もほとんど知らなくて、遊園地のことすら知らなくて、赤鬼の話に興味を持ったのか。
正直、信じられない。そんなこと有り得ないと思ってる。
でも、それでも、俺は名前を呼ばずにはいられなかった。
ずっと会いたいと思っていた相手が、目の前にいるんだ。
「…………く、れは……?」
その名前を呼ぶと、鬼の女がゆっくりと振り返った。
驚いているのか。大きな目をまん丸とさせて、俺のことを見ると今にも泣き出しそうな顔をした。
「けーご……?」
ああ。
俺まで泣きそうだよ。
この状況を全て理解は出来ていないけど、お前が呉羽だってことは事実なんだよな。
「感動的なシーンだけど、俺の事を無視しないでよね」
「っ、苓祁兄!」
「呉羽。そこをどけ」
「や、やだ!」
呉羽が鬼の男、苓祁と名乗った奴の前に立った。
俺、本当にここで死ぬのかな。
まだ体が震えてて動けそうにない。叫ぼうにも声も出ない。
ぶっちゃけ死ぬのは嫌だけど、死ぬ前に心残りがなくなったから良いかな。なんて、もう諦めてる俺がいる。
「お願い、苓祁兄! けーごを殺さないで! 私、もう泣かないから……に、人間に……けーごに、会いたいなんて、言わないから……けーごを、帰してあげて……」
「……」
「お願い……苓祁兄……」
何だよ、それ。お前らの間で何が起きたのか知らないけど、俺を無視して話を進めるな。
いま会ったばかりなのに、話もせずに帰らせる気かよ。ふざけんな。
「……ふざ、けんな、よ……」
「え……?」
情けない。腰が抜けて立てもしないし、声も震えてる。これじゃあイキることも出来やしない。
それでも、黙ってられない。終わりになんかしたくない。
「勝手に連れてきて、勝手に帰らせるな……」
「……けーご」
「俺は……会いたかった……」
「っ!」
「お前に……呉羽に、会いたいと、思った……」
こんなクソ恥ずかしい台詞、もう二度と言わないからな。
今だけ。今は、伝えないといけないと思ったから、言ってやったんだ。
素直に、偽らずに、俺自身の言葉で。
「……っく」
「え?」
「くくっ……あはははは!!」
「あ?」
苓祁って男が大口開けて笑い出した。
なんだ、コイツ。何がおかしかったんだよ。マジで意味が分からない。
それは呉羽も同じみたいで、口をぽかーんと開けてる。
「いやぁ、悪い悪い。試すようなことしてさ」
「ため、す? 苓祁兄、何を……」
「俺にビビって立てないくせに、よくそんな台詞が言えたものだ。強いね、圭吾くん」
「はぁ?」
「まぁ、なんというか。これは俺なりの罪滅ぼしみたいなものかな。呉羽、お前が彼を外まで送ってやれよ」
「え、でも……」
「そんじゃ、あとは二人で話しろよ」
そう言って、鬼の男は姿を消した。
残された俺らは、黙ったまま。何を話せばいいのか分からなくて、互いに顔も見ることが出来ない。呉羽もまた背を向けてしまった。
いや、このままじゃ駄目だ。
伝えたいこと。話したいこと。まだ沢山ある。
そのために、呉羽が振り向いてくれる言葉。
いま一番伝えたい、お前に言いたいことはただ一つ。
「……とどいて、ますか」
その言葉に呉羽の肩が揺れた。
俺たちの始まりの言葉。呉羽が最初にくれた言葉。一度終わった関係をもう一度始めるために、今度は俺から言うよ。
「……と、どいて、ます……」
振り向いた彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃで、だけど今まで見てきた何よりも綺麗だと思った。
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