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第22話 【苦悩】
しおりを挟む「……ダメだ」
なんか納得いかない。
俺は学校のパソコン室で撮った写真を確認していたんだが、どうにもしっくりこない。呉羽に見せるのと違って、これは学校に提出するためのもの。
なんかレポート書いてるみたいな気分になるな。これがパンフに使われるんだと思うと、変なもの渡せないし気が抜けない。
「……明日、また撮り直すか」
期限まで時間はある。
それまでにどうにか撮っちゃわないとな。
「それにしてもなぁ……」
どうにも上手く撮れない。校内の写真はそこそこ気に入ってる。
ただ、校舎。対象がデカくなると写真が上手く撮れない。もう少し勉強してみた方が良いのかな。独学でも多少知識を身に付けておけばマシになるかもしれない。
ただ俺、勉強とか苦手なんだよな。でもここままじゃダメだし、せっかくパソコンあるんだから今調べてみるか。
「……写真、撮り方……? いや、構図についてとか? どっからどう見ていけばいいんだ?」
検索結果が色々出てきたけど、何だこれ。構図だけで沢山出てきたんだけど。日の丸構図とかサンドイッチ構図とか、何だこれ。
写真撮るための構図でそんなにあるのかよ。要はどういうことだ。文字だけで見ても分かんねえな。
「……カメラの使い方……ピントの合わせ方、編集の仕方……」
馬鹿でも分かる建物を上手く撮るコツとかないかな。
俺は色々と検索をかけて調べていった。初歩的なことから技術的なこと。それから様々な画像。
さすがプロ。見せ方が違うな。なんていうか、何撮りたいのかがちゃんとしてるっていうか。光の加減とかスゲーな。
これがプロの仕事か。逆にこれくらい撮れるようにならないとプロなんか目指せないってことだよな。難しいな、やっぱり。
「んー、何が悪いんだ」
改めて俺は自分が撮った写真を見る。
悪くないとは思う。ただ納得はできない。満足のいく出来じゃない。完璧を求める訳じゃないけど、もう少し上手く撮れるんじゃないかって思ってしまう。
ムカつく。イライラするけど、投げ出したくはない。そんなことしたら負けた気になる。
「……わからん」
一人で考えても分かんねーな、やっぱ。
俺みたいな馬鹿が一人で悩んでても意味ないし。かと言って、誰かに聞くのもな。
「くっそー……」
椅子の背凭れに寄りかかり、俺は両手の親指と人差し指で枠を作る。
そこに写る世界。狭い世界。どうしてこうも、俺の見る世界はつまらないんだ。
どうやったら、アイツみたいに。呉羽みたいに見る物全てを美しいと感じられる。
「……って、何恥ずかしいこと考えてんだ俺は」
俺は首を軽く振って、目を閉じて息を吐いた。
趣味を見つけたのに、なんか上手くいかない。何でだ、訳わかんねーよ。
キーボードの横に置かれたカメラに手を伸ばす。電源を付けて、何となく天井を映してみる。設定とかいじってみた方が良いのかな。
説明書は家に置きっぱなしだから、これもネットで調べてみるか。でもそれで俺に理解できるか?
買ったときに説明書軽く読んでみたけど全然分かんなかったし。専門用語とかサッパリだ。
「画質設定……フォーカス……ホワイトバランス? 彩度とか何だよ知らねーよ!」
そう言って思いっきり頭を掻いてると、後ろからシャッター音が聞こえた。
その音に驚いて振り返ると、そこにはカメラを持った男がこっちを見ていた。
「タイトルは悩める不良少年、ってところか?」
「……と、常盤先輩?」
入り口に立っていたのは、たまに飲み会なんかで顔を合わせる先輩で常盤修哉《ときわしゅうや》さん。
写真に詳しい人で、よくカメラ持って校内を歩き回っているのを見たことがある。
「お前、本当に写真撮るようになったんだな。先生から話を聞いた時は驚いたよ」
「え、ああ……まぁ、ちょっと」
「ふうん。それ、お前が撮ったヤツ?」
先輩は俺の方へ来てパソコンを覗いてきた。
なんかジッと見られると恥ずかしいな。宏太から聞いた話だけど、先輩は今カメラマンのアシスタントしながらプロを目指してるらしい。
俺みたいな素人と違って、プロに近い目線で色んなものを見ている人だ。そんな人に評価されるのはキツイ。
「……へー」
「……どう、っすか」
「意外」
「は?」
何が意外なんだ。
先輩はそれだけ言って、またジーッと俺の撮った写真を凝視してる。何かもっとないんですか。下手とかそういうの。
分かりやすくリアクション取ってくれなきゃ不安になるじゃないですか。
「あ、あの……先輩……」
「んー?」
「その、どうっすか」
「んー……」
何で何も言わないんですか。言葉にならないほど下手くそってことですか。
そこまで酷いかな。確かに上手くはないけど、メチャクチャ下手ってこともないと思うんだが。でも写真の良し悪しって何で決めるものなんだろう。
「俺、お前のこと勘違いしてたかも」
「はい?」
「もっと荒んだ奴だと思ってた」
「……えっと、どういう意味っすか?」
「お前の撮る写真って優しいのな」
先輩はこっちを向いてニヤリと笑った。
何だよ、その顔。なんかムカつくんですけど。優しいってどういう意味だ。写真でそんなことが分かるのか?
「雰囲気っていうのかな。これ、もしかして誰かに渡すために撮った?」
先輩が画面に向かって指さした。そこに写っていたのは俺が呉羽に送るために撮った遊園地の写真。
それは完全に呉羽の為だけに撮ったもの。
「それは、はい……そうです」
「やっぱりな。なんだ、女か?」
「違わないけど、違いますよ……その、先輩は思ってるようなものじゃないです」
「そうか。まぁお前に彼女が出来たら大騒ぎだろうな」
宏太といい先輩といい、なんで俺が写真撮り始めただけで女が出来たと思うんだよ。
そんな面倒臭いもんと付き合うとか時間の無駄だって何度言わせるんだ。
「んで? なんで写真なんか始めたんだよ」
「……え」
「いや、言いにくいことなら別にいいんだけどさ。ちょっと気になってな」
「……別に、言葉で説明するのが面倒だから写真を撮っただけで……深い理由とかはないですよ」
キッカケはその程度。
俺は語彙力が全くない。だから写真を送った。それだけのこと。これなら言葉にしなくても相手に伝わる。
下手くそな説明よりも、こっちの方がアイツが喜ぶと思った。何も知らない奴に、呉羽に、教えてやれる。伝えることが出来る。届けることが出来る。
だから俺は、カメラを手にした。
「やっぱり、意外だな」
「さっきも言ってたけど、何がですか?」
「お前が誰かの為に行動するってことが」
「……何で分かったんすか」
「この遊園地の写真、遊園地のパンフになりそうなくらい分かりやすく撮ってるだろ。だから自分の為っていうより誰かの為に撮ってるんじゃないかって思えたんだよ」
なんか写真だけで色々と見抜かれていくみたいで居心地が悪い。恥ずかしいし、なんかくすぐったい感じがして逃げ出したくなる。
でも、そういうのって伝わるものなのかな。もしかして、俺にパンフ用の写真を依頼されたのってそれで?
いや、さすがにそれはないか。
「それで、お前は何でそんなに悩んでたんだよ」
「え、ああ。ちょっと上手くいかなくて……」
俺は校舎の写真が上手く撮れなくて悩んでいたことを相談した。
それからカメラの使い方とか、専門用語とかそういったことも教えてもらえると嬉しいと。
先輩は笑顔で俺に色々教えてくれた。一つ一つ、丁寧に分かりやすく。さすがはプロを目指してるだけあって詳しい。おまけに説明も上手だ。
「まぁ、大体こんなもんかな」
「あざっす」
「また何か分からないことがあったら遠慮なく聞けよ」
「助かります」
俺は改めてカメラを構えた。
何だろう。ちょっと上手く撮れそうなそんな気分。明日は良い写真が撮れるといいんだけどな。
そしたら、呉羽にも送ってやろう。
アイツ、どんな反応するかな。
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