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第105話
しおりを挟むあれから数日。
ルシエルは歩けるまで回復し、私たちは山の中を散歩していた。
「怪我させて、すみませんでした……」
他愛もない話をしていると、急にルシエルが立ち止まって申し訳なさそうにそう言った。
私も足を止めて、彼と向き合う。ノヴァもルシエルの隣に立って、手に頬を摺り寄せている。彼がうちに住むようになってからノヴァがずっと傍でサポートしてくれていた。聖獣だって説明したときは物凄く驚いていたけどね。
「もういいのよ、すぐ治ったし」
「……それでも、僕はベル様のお身体に傷を負わせてしまいました……従者としてあるまじき行為です」
「気にするなって言っても、無理かしらね」
「……僕、どこか自暴自棄になっていたのかもしれんません。過去に戻ったとき、貴女が迎えに来てくれなくて、ショックでした。見放されたんだって……悲しくて、苦しかった……」
両手をギュッと握り締め、ルシエルは当時のことを思い出しながら話してくれた。
ずっと話をしようとしてくれていたのは分かっている。たまに何かを言おうとして言葉を詰まらせていたから。
私が彼との思い出を知らなかったせいで、本当にツラい思いをさせてしまった。私にはどうすることも出来なかったとはいえ、何も出来なかったことが悔しくて仕方ない。
「すぐに貴女が城から家出したことを噂で聞きました。そのとき、正直僕は嬉しくも思ったんです。あの地獄のような場所から解放されたんだって……逃げるという選択を貴女が選べたことに、心から喜びました……だけど、それと同時になんで僕を連れていってくださらなかったんだろうと……悲しくなりました」
「ルシエル……」
「貴女のことをずっと捜していたけど、全然見つからなくて……僕はどうすればいいのか悩みました。生きてく理由がなかった……まさかこんな山の中にいるとは思いませんでしたし、この山は一度入ったら出てこられないと言われている場所でもありましたし……」
「まぁ、この子がいるからね」
「僕は、ベル様のために出来ることを探しました。ベル様の望みは何だったのか。それは、あの国を壊すこと……そして」
「シャルを、殺すこと?」
ルシエルは黙って頷いた。
「……だから僕は、十七の誕生日パーティーに城を襲撃しました。お金を貯めて、何とか殺しを生業にしてる人を雇うことが出来たけど、邪魔が入って失敗しました。あのとき、僕は驚きました。まさかベル様がシャル様を守ろうとするなんて……」
「今までのことを考えたら、あり得ないことだったもんね」
「ええ。でも、すぐに気付きました。ベル様だけど、ベル様じゃないって。だから貴女の魔力を追って、幻惑の香を使って夢の中で接触しようとしました」
「ああ……あの夢。起きたら全然覚えてなくて、私に付いてた魔力もノヴァに消してもらっちゃったのよ」
「そ、そうだったんですか。でも、それで良かったのかもしれない。僕が貴女の行動を制限しようなんて烏滸がましいこと、許されるはずがなかった。でも、それでも……もし貴女の中にベル様がいたら……僕の声が届いたらって……」
ベルには届いていた。だから私に、ルシエルを助けてと言ってきた。
時間がかかってしまったけれど、こうして彼を救うことが出来て良かった。もっと早く私がベルの声を聞くことが出来ればよかったんだけど、過去をのことを嘆いても何も生まれない。
「ルシエルの声はベルに届いていたわ。彼女はずっと貴方を心配していた。だから彼女は、貴女に魔力を分け与えたの」
「……最後にベル様とお話が出来て、嬉しかったです。貴女のおかげで、僕もベル様も救われた……どれほど感謝しても足りません」
「私はただ自分のしたいことをしてきただけよ。色々と遠回りしてしまったけど、結果良ければ全て良し、ってことで」
「貴女は本当に不思議な方ですね。異世界の方はみんなそうなのでしょうか」
「そんなことないと思うけど……」
私たちはふふっと軽く笑い合い、再び歩き始めた。
少しずつルシエルの心も回復しているようで安心した。笑顔も増えてきた。
最近はナイトと連絡を取り合ってルシエルの容態を見てもらったりもしてる。彼の失った生命力はベルが分けた魔力で補われているそうだ。だからすぐに亡くなるということはないらしいので安心している。
これから、一緒に過ごしていける。
私の中に眠ったベルがどうなっているのか聞いたが、それに関しては全く分からないそうだ。奥深くに確かに彼女の魂はいるらしいが、その気配がとても小さくて何とも言えない状態らしい。
でも、確かにそこに居る。消えていない。今は小さくても、いつか彼女の魂が回復してくれれば起きてくるかもしれない。
希望は決して消えたりしない。
私たちには未来があるんだから。
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