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第103話

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 たった一日での出来事だったけど、もう何十年も家を空けていた気分だわ。
 まぁベルの記憶を見ていたからそう感じるんだろうけど。

 家に着いた頃には日も暮れ、遠くの空は茜色に染まっていた。
 ようやく、終わったんだ。

 でも、これはスタートライン。
 やっと抜け出せたループ。私たちは未来を歩くことが出来るんだ。

 眠るルシエルを起こさないようにそっとノヴァの背中から降りて、彼をベッドに寝かせた。
 今日からこの子も一緒に住むんだし、服とかベッドももう一つ必要になるわね。これから忙しくなるわ。

「ノヴァ、ルシエルと一緒にいてくれる?」
「がう」
「私はレベッカに手紙を送っておくわ。戻ったら連絡してもらえるように」
「がうがう」
「そうね。いつも通りだわ」

 そう。これからは、いつも通り。朝起きて畑の世話をして、森の中を散歩したりするの。
 たまにレベッカのところに遊びに行って、コーヒーも飲みたいからリカリットに小旅行するのも悪くないわね。
 そんな風に、日常を過ごす。ベルと、ルシエルと一緒に。
 もうベルは私の中で眠っているけど、もしかしたらいつか彼女が目覚めた時に私が見ている景色を共有できるかもしれない。そうなったときのために、私は色んなものを見たい。
 元気になったルシエルや、女王になったシャルの姿をこの目に映したい。

「ツヴェルにも連絡したいけど……まだハドレー国よね。もう少し後でもいいか」

 私は外のベンチに座り、空を仰いだ。
 なんか、まだ実感湧かないわ。勢いで城を飛び出しちゃったけど、今頃シャルはどうしてるんだろう。その辺もあとでツヴェルに聞かないと。
 でも不思議と不安はないわ。最後にシャルは覚悟を決めてくれた。これからはきっと大人たちにも自分の意見を言えるようになるはず。だって、私はそんな未来を、物語の中で見てきたんだもの。
 ゲームの中で見てきたシャルは、自分の意志を真っ直ぐに伝えることが出来る心の強いヒロインだった。

「がう」
「……ノヴァ、どうしたの?」
「がうがう」
「ああ、そうね。そろそろご飯にしよっか」

 今は信じるしかない。
 それにルシエルの方もベルが魔力をあげたとはいえ、まだ心配だし。
 魔力が増えても失った生命力は戻らない。ルシエルがどれくらい生きていけるのか分からないけど、可能な限り彼のために尽くしてあげたい。
 それがベルの願いだもの。

「さーて。ご飯作ったらルシエルの服を作ってあげないとね!」

 気合いを入れるために両手で頬を叩き、部屋に戻った。
 これからが、私のいつも通り。当たり前の日常が始まるのよ。

 まぁ心配だからたまーにシャルの様子を覗きに行くつもりではあるんだけどね。
 たまによ、たまーに。


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