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第94話
しおりを挟む「え……?」
翌日。誕生日パーティが行われる、その日の朝。突然父に呼び出されたベルは、鈍器で頭を殴られたくらいの衝撃を受けた。
父から告げられたのは、他国の王子に嫁ぐこと。それは別に構わなかった。そうなる覚悟はあった。今までずっとシャルが王位を継ぐために、陰で彼女を支えてきた。いつか他国の人との結婚が決まっても良いように努めてきた。
だがその後に言われたのは、ルシエルをシャルの側近に変えるということだった。
「な、何故……ですか? あの子は、私の従者です」
「向こうの王子が自分の妻に男の従者がいるのは嫌だと言ってな。それでなくても、あの子は元々孤児だし、先方もあまり快く思わないのだ。申し訳ないが、分かってくれ」
「…………は、い」
たった一人で、誰も知り合いのいない国に嫁がされる。憂鬱の心の拠り所とも離れ離れにされてしまう。
ベルの心は、絶望に震えている。
どうして、みんなはベルから色んなものを奪っていくの。ベルの心の鉛は、もうこれ以上入りきらない。これ以上はベルの心が壊れてしまう。
フラフラとする足取りで部屋に戻ると、心配そうな顔をしたルシエルが待っていた。彼も話を聞かされたようで、どう話しかけていいのか迷っているようだった。
「ベル様……僕……」
「…………ごめんなさい、私にはもう……どうすることも出来ないわ……」
「そんな……僕、嫌です……」
「大丈夫よ。シャルロットはとても良い子だもの。これからは、あの子のために尽くしてあげて」
「そ、そんな、そんなの……」
ルシエルは崩れ落ちるように、膝を地に付けた。
本当はベルも立っていられないほど足が震えていた。それでも、座り込むわけにはいかなかった。倒れるわけにはいかなかった。
ルシエルが不安にならないように、冷静に振舞わなきゃいけない。
「さぁ、もうすぐパーティよ。シャルロットが王位を継ぐ大事な日なんだから、そんな顔をしていては駄目よ」
「ベル様……」
そっとルシエルの背中を支え、立ち上がらせた。
(大丈夫。他の国に行ってもやっていける。一人でも、平気。シャルロットがこの国で幸せになってくれて、ルシエルが彼女のそばにいてくれれば)
(それでいい。私は、そのために生きてきたんだから)
ベルはそう自分に言い聞かせて、パーティ会場へと向かった。
大勢の招待客がシャルのことも待っている。みんなが、あの子を待ってる。
今日の主役はシャルロット。二人の誕生日だけど、今日のメインはそれじゃない。ベルは会場のドアの前で待機するシャルの隣に立ち、一つ深呼吸した。
「……誕生日おめでとう、シャルロット」
「お姉様も、誕生日おめでとうございます」
互いに顔を見合わせ、小さく笑った。
そしてもう一度前を向いて、気持ちを切り替える。大丈夫。これまでだって平気だった。これからだって、何も問題ない。
何度も何度もベルは頭の中で大丈夫だと繰り返す。
背後からメイドに準備できましたと声を掛けられ、背筋を伸ばした。
目の前のドアが開き、大きな歓声が響く。皆が誕生日を祝福してくれている。だけどベルの心は浮かないまま。少しも喜ぶことは出来なかった。
それでも最後まで一国の姫として振る舞わないといけない。笑顔を浮かべて、手を振る。
真っすぐ前に進み、玉座に腰を下ろす父、国王の元へと向かう。
ここにいる人たちは、この瞬間をずっと待っていたのだろう。シャルが王位を継ぐ瞬間を。
「まずは、誕生日おめでとう。ヴァネッサベル、シャルロット」
「ありがとうございます、お父様」
「ありがとうございます! お父様」
「今日この日、お前たちは十八となった。我が国のしきたりに従い、王位を継がせることになる。ベル、シャル。二人とも今日までとても良い子に育ってくれた。どちらもこの国を背負っていくに相応しい子だ。しかし王になれるのは一人」
もうみんなが分かり切っていることを、長々と話さないでほしい。ベルは父の言葉を聞くたびに頭が痛くなっていくのを感じていた。
ずっと悩んでいました、みたいな話は聞きたくない。最初からシャルに継がせるつもりだったのに。早くこんな茶番を終わらせて。
そう叫びたい気持ちをベルは必死に飲み込んだ。
「待ってください」
父の話を遮ったのは、シャルだった。
皆が驚いて、視線をシャルに向けている。ベルも目をパチパチとさせて妹を見た。
シャルは真っ直ぐ父を見て、少しだけ怒ったような顔をしている。
「私、王位は継ぎません! 王にはお姉様がなるべきです!」
何を言っているの。ベルは妹が何を言ってるのか理解できなかった。
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