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第73話
しおりを挟む「はぁー……」
山に戻り、私はノヴァから降りてそのまま地面に座り込んだ。
あんな直球に会いたいと言われるとは思わなかった。
それに城を抜け出すなんて真似をするとも思ってなかったわ。
油断ならないのは敵だけでなく、あの子もそうなのね。何だかんだ言ってもベルとは双子。ただ大人しくて良い子ってだけじゃないわね。
「とりあえず、シャルに仮面の男の正体が私だってことに気付かれていないって思えば……まぁ、いいのかしら」
「がうがう」
「言わないわよ。今更どの面下げて姉が生きてましたなんて言うの。城に戻る気もないのに」
「がう」
「確かに正直に言った方がフラグは折れるだろうけど……それは、せめて魔術師を捕まえてからの話よ。今そんな話をしても事を複雑にするだけでしょ」
ノヴァの言う通り、好意を寄せる相手が行方不明の姉で女でしたって分かればフラグなんてベキベキに折れるとは思うけど、それはそれでなんかシャルに申し訳ないなと思わなくもないのよね。
多分だけどあの子にとっては初恋だと思う。シャルの周りには大人ばかりで歳の近い男の子なんていなかったし、私が家出をしてからは勉強にお稽古で忙しくしている。
最近になってようやく他国の王子様達と接点を持つようになったのだから、やっぱり初恋の可能性は高いわ。
そんな可愛い妹の初恋を奪ってしまったことに罪悪感はないこともない。だからフラグは折りたいけど、なるべくシャルの心を傷つけないようにしたいのよね。
「ロッシュにはもっと頑張ってもらわないと……」
今一番シャルとのフラグが立ちそうなのは彼しかいない。私の存在をかき消すくらい、ロッシュには頑張ってもらわなきゃ。
「あ、そうだ。ツヴェルに連絡しないと」
「がう?」
「城周りの警備のこととか、シャルがちゃんと大人しくしているかどうか確認しておかないとね」
また城から抜け出したりしてないといいけど。
私は無線機でツヴェルに連絡を取った。
いつものようにワン切りして、折り返しの連絡を待つ。
「さすがに今は忙しいかしら」
「がう」
「お腹空いたの? そうだ、レベッカがまたお菓子を送ってくれたからそれ食べましょうか」
「がう!」
ノヴァがしっぽを振って喜んでいる。完全にレベッカに胃袋掴まれているわね。
外のベンチに座り、二人でお菓子とお茶を飲みながら、ツヴェルからの連絡を待った。そろそろ陽も暮れる。茜色に染まっていく空を見ながら、ゆっくりと深呼吸する。
落ち着くわ。やっぱり私はこの生活が好き。もう前世のような忙しない暮らしはしたくない。
「……魔術師って、誰なのかしらね」
「がう?」
「ベルが生きる未来。シャルが死ぬ未来。それを望む人……その方が都合のいい人……そんなの、私にはヴァネッサベルしか思い付かないわ」
でも、私はそんなことを望まない。それを望み、行動したヴァネッサベルはいない。
じゃあ、誰がそんなことを願うのか。
思いつかない。分からない。
「君100のシナリオは好きだったけど……実際に自分が悪役の立場になって、自分が死ぬ未来がこの世界のハッピーエンドなんだって知ってしまったら……何がなんでも抗おうとしてしまうのかもしれないわね」
もしかしたら、ベルはそれが嫌であんな行動を取ったのかしら。
この世界でヴァネッサベルが生き残るには、あんな虐殺を繰り返さないと駄目だと言うの?
じゃあ、今はどうなのかしら。
私が生きると選択したこの道は、正しかったのかしら。
この選択をしたことで、誰かを苦しめることになっているのかしら。
何だか、少しだけ怖くなってきた。
みんなが生きる未来を、私はキチンと選択出来ているのかしら。
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