その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん

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第四章

【聖女と心が壊された青年】

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 ミリィを教会に預けたトワ達は、再びディゼルを追うために先に進んでいく。
 その途中に立ち寄った町で、クラウスは口元に手を当てて吐き気を抑えた。酷い臭いが充満している。トワとリュウガも目の前に広がる光景に息を呑んだ。

「これは……これも、ディゼルがやったというのか?」

 リュウガが震える声で言う。
 怯えるのも無理はない。町のあらゆるところが血で汚れ、大きな広場には白い布で包まれた死体が並んでいた。

「あの、何があったんですか?」

 クラウスが町の人に声を掛けた。その人、年老いた男性は一瞬驚いた顔をした後、クラウスの聖職者の格好を見て涙を流した。
 ただ事ではない。クラウスは小さく息を吐き、そっと笑みを浮かべて老人の肩に手を置いた。

「お話を聞かせていただけますか?」
「はい……実は……」

 老人はゆっくりと話し始めた。
 この町に住む青年が突然人が変わったように暴れ出し、医者や薬屋の主人を殺したこと。彼を止めようとした者たちも次々に殺されていき、何人もの男たちが亡くなっていった。
 どうにかして青年を取り押さえ、身柄を拘束して今は地下牢に閉じ込めているそうだ。

 老人が話し終えると、リュウガが一つ疑問に思ったことを口にした。

「……その青年を殺そうとはしなかったのか?」
「ええ……その、実は……彼は両親から虐待されていて……それを我々は知っていたのですが、助けなかったのです。彼がまだ幼い頃、何度も助けを求められたのに……」
「罪悪感、ですか」
「そうですね……あの子が町の大人たちを恨む気持ちは分かっています。しかし、今までの彼は殺しはよくない、誰かを傷つけるのは悪いことだと言い続けていたのですが……それが急に……」

 老人は不思議そうに首を傾げた。
 クラウスは悪魔の影響だろうと思ったが、これ以上の混乱は避けたい。ただでさえ町の空気が重苦しいのに悪魔だなんだと余計なことを話しても無意味だ。

「事情は大体分かりました。その青年の場所に案内していただいても?」
「か、構いませんが……今は話が出来るような状態では……」
「それでも、一応話をしておきたいので」
「わ、わかりました……ああ、そうだ。これは噂なので私も詳しいことは分からないのですが……」
「はい?」

 老人から噂話を聞いたクラウスたちは、牢屋へと向かった。

 自警団の駐屯所の地下に造られた牢屋は大都市に比べればお粗末なものだが、小さな町でここに収容されるものはほぼいない。もしかしたら彼は初めてかもしれない。そう言って老人は外へと出て行った。

「……彼が、そうなのですか?」

 三人だけになり、トワは小さな声で呟いた。
 その気になれば壊して脱走出来てしまいそうな牢屋の中で、何かブツブツと呟きながら膝を抱えている青年が一人。
 彼が町で暴れ回ったというファルト。元々はよく笑う心優しい子だったそうだが、今は見る影もない。

「……悪魔の瘴気が濃い。それにこれは、花の香りだろうか」
「この匂い、あの屋敷で嗅いだのと同じものか?」

 クラウスとリュウガはむせ返るような花の匂いに少しだけ吐き気がした。彼がディゼルと接触してから随分と時間が経過しているはずなのに、まだこんなにも匂いが残っている。一体どれほど嗅がされたんだろうか。
 二人が狼狽えていると、トワが牢屋の前で跪いて両手を握りしめた。
 微かに光り輝くトワの体。それに応えるように、周囲に満ちた重い空気も晴れていく。

「……ファルト様」
「……」
「私、トワと申します。もしお話が出来るのであれば、貴方の知っている魔女のことを教えてくださいませんか?」

 魔女という言葉に、ファルトはピクッと肩を震わせた。先ほど老人から聞いた噂話。人を殺せる薬を売っているという森に住む魔女。これがディゼルと無関係なはずがない。
 これほど強く悪魔の瘴気を纏わせた彼がディゼルと接点がない、なんてことはない。

「ファルトさん。貴方はよく森に行っていたと聞きました。魔女を知ってますね?」

 二人はトワの行動に少し驚いた。
 自ら祈り、ファルトに話しかける彼女の顔は今まで見てきたものと全く違っていた。この重い空気に動揺することもなく、正気を失った青年を前にしても怯えた様子もない。

「ま、じょ……」

 ファルトの口からポツリと零れた声に、トワは少しだけ前に上半身を乗り出した。

「ご存知ですか?」
「まじょ、さん……」
「私は彼女を捜しているのです」
「ま、じょ……ふるー、る……ふるーる……いも、う、と……た、たす、け、て」
「妹?」

 何を言おうとしているのか、その言葉だけでは分からない。
 トワの祈りで悪魔の瘴気は消えたが、彼の心が元に戻るわけじゃない。疲弊している彼に無理やり問い詰めることもしたくない。
 トワはゆっくりと言葉を選びながら、彼に話しかけた。

「妹さんがいらっしゃるのですか?」
「……しん、だ。死んだ。ぼくがころした……誰も、ぼくらをたすけてくれなかった……ぼくは、妹を、守りたかっただけ、なのに……」
「……妹を。そう、なのですか」

 老人が言っていた言葉を思い出す。彼が虐待をされていたことや、誰も彼を救おうとしなかったこと。
 ファルトは自分を救ってほしかったのではなく、妹を守るために大人たちへ助けを求めていた。

 家族を守るために、彼は頑張っていた。
 トワは震える手をギュッと握り締める。両親に酷い仕打ちを受けながら、家族を、妹を守ろうとしている。正気を失っている今でも、それだけは忘れていない。それが当たり前だというように。
 トワはその当たり前が出来なかった自分を責められているような気持ちになった。家族なのに、おかしいと分かっていたのに、目を背けてきた。

「……貴方のしたことは許されることではありません。ですが、貴方の思いを責めることもできません。私には貴方を裁く資格も持っていません。この町のことは、貴方たちで解決しなければならないことです」
「……」
「私は、貴方のように戦えなかった。戦おうとすら思わなかった。今、私がしようとしてることも正しいかどうか分かりません。それでも、私は貴方のように戦いたい。前に向きたい。そのために、貴方の知ってる魔女の話が聞きたいのです」
「まじょ……」

 成長した、と捉えていいのだろうか。クラウスは実家を出たばかりのトワを思い出しながら、ファルトに話しかける彼女を見つめた。
 今にも消えそうな彼の声を必死に聞くトワ。今、彼女は何を思って行動しているのだろう。
 彼女の心が何も分からない。クラウスはリュウガにこの場を任せ、先に外に出た。

 今は自分に出来ることをしよう。老人に声を掛け、クラウスは死者に祈りを捧ぐために広間へと向かった。


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