上 下
32 / 54
第三章

【不幸な娘を愛した無関係な男の話】

しおりを挟む



 ディゼルが去ってから一晩。
 トワは宿屋のベッドで膝を抱えたまま動かなかった。
 リュウガが食事を持ってきても手を付けず、水すら飲もうとしない。
 励まそうと声を掛けようにも、今の彼女に何を言っていいのかも分からない。ディゼルの言葉もずっと引っかかっていて、気休めにもならない言葉を言うことに意味があるのかと口を噤んでしまう。

 どうしよう。一緒にいても何も出来ない。リュウガは一度外に出て空気を吸ってこようかと思い、立ち上がろうとした。

「……リュウガ様」
「え?」

 椅子から僅かに体が離れた瞬間、トワが口を開いた。
 驚いて思考が軽く一時停止したが、すぐに頭を振ってなるべく冷静を装った。

「どうしたんだ?」
「……リュウガ様から見たお姉様は、どんな方でした?」

 まさかディゼルのことを聞かれるとは思わなかった。むしろ今は避けたい話題だと思っていた。
 トワが何を思って聞いてきたのか分からない。しかしここで適当に誤魔化すのは良くないだろう。そう思い、リュウガは村で彼女と出会ったときのことを思い返す。

「……綺麗な人だと、思ったよ。優しい笑顔で花を売っていた」
「そう、ですか……」
「君にとっては、どんなお姉さんだったの?」
「……知りません。私は、姉のことを何一つ知りません……お顔をちゃんと見たことすら、ありませんでした……」

 ずっと俯いていたトワが、顔を少し上げた。
 いつもの穏やかな表情は完全に消え、今にも死んでしまいそうなほど暗い。

「……幼い頃からずっと姉は悪魔の子だからと親に言われてきました。小さい頃はそれを信じ、姉は怖い人なのだと思ってました……だけど……」

 トワはドレスの裾を掴み、身体を震わせた。

「ハンカチを拾ってくれたあの時、初めてちゃんと姉を見ました。少しも怖い雰囲気はなくて、むしろ優しいお顔をしていて……それが何故か怖くて、私はあのような事をしてしまいました」
「ど、どうして?」
「自分たちがしてきたことが、間違いだと思いたくなかったんです。姉が悪魔ではない、普通の人だとしたら……悪いのは自分たち……それを、認めたくなくて……姉は悪なのだと、思い込みたかったんです……」
「……そんな」
「酷いと、思うでしょう? 私が姉にハンカチを盗まれたと両親に話した時、二人はとても笑顔でした。よく言ったねって褒められて、私は正しいことをしたのだと……思いました……」

 リュウガは屋敷で会ったときのディゼルを思い出す。
 トワを憎み、家族を恨み、悪魔に魂を売ってしまった。

 それは、必然なのかもしれない。ディゼルからすれば、ようやく自由になれたのだ。あの家族から開放されたのだ。
 復讐したくなる気持ちも、分からなくはない。リュウガは拳を握り締め、深く息を吐いた。

「……話を聞く限り、確かに君のしたこと、君たち家族がディゼルにしたことは酷い。こうなるのも、無理はないと思う……」
「ですよね……」
「責任を取る、なんて言うだけなら簡単だ。それこそ、償いたいなんて言葉も確かにディゼルが言ったように自分のためでしかないかもしれない……」
「はい……」
「だからこそ、君は逃げたら駄目だと思う。償うと言ったなら、その罪と向き合うべきだ」

 無関係な立場だからこそ言える台詞なのかもしれない。こんな言葉は綺麗事かもしれない。
 それでも、今は素直な気持ちをぶつけたいとリュウガは思った。

「俺は、ディゼルが悪魔に憑かれてると知ったときは騙されたと思ったよ。悔しかった。だけど、俺は確かに彼女が好きだった。あの笑顔が偽りであったとしても……彼女に会いに行くときはドキドキしたし、話をしてる時は幸せだと思った……」
「……リュウガ様」
「だからもう一度会いたいと思った。自分の気持ちを、彼女への思いを終わらせたくて……」

 リュウガは悲しそうに笑った。
 悪魔を愛してると言ったときのディゼルを思い出したのだ。あの表情を見て、確信した。勝てない、と。自分では彼女の心を奪うことは出来ないと思った。一度もディゼルの表情を崩すことが出来なかった自分には、何も出来ないと。

「……トワ。君も、自分の気持ちに向き合うといい」
「私の、気持ち……」
「聖女だからではなく、君自身がディゼルに何も思うのか、これからどうしたいのか、考えよう」
「……私自身が、お姉様に……」

 トワは膝を抱え、目を閉じた。
 今、自分が何をしたいのか。素直に、心と向き合うために。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...