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番外編
「彼が魔王と呼ばれるまでの話」⑨
しおりを挟むある日、クラッドが神妙な面持ちで私を王の間に呼び出した。
どうしたんだろうか。普段は使わない玉座なんかに呼ぶなんて。
少しだけ、怖い。
「お呼びでしょうか、クラッド様」
「聞いているか。勇者が選ばれた話を」
「ええ。魔王城では皆がそのことで不安そうにしてます」
「そうか……リド。お前は反対するだろうから言おうかどうか迷っていたんだが」
「いきなり続きが聞きたくなくなるようなこと言いますね」
「ああ。だがお前の助け無しではどうにもならない」
クラッドの目が真っ直ぐ私を見る。
覚悟を決めた表情だ。こうなっては何言っても無駄なのだろう。
「分かりました。とりあえず話を聞きましょう」
「ありがとう。実は……」
クラッドは話し始めた。
彼が魔王となってから100年前。現状が全く変わらないことに頭を悩ませていた。
そして多くの歴史書を読んで気付いた。魔王が勇者に勝てたことは一度もないこと。
どう足掻いても魔王は勇者に勝つことは出来ない。神様のお気に入りである人間を魔物が支配することは不可能なのだということ。
「それで、諦めるという話ですか?」
「いいや。そうではない。勝てないのなら、また別の手段を取るまでだ」
「別の……?」
「そう。人間側の認識を変えればいい」
「何を言ってるのか、よく分かりません」
「人間が魔物を悪だと思わないようにすればいい。手を取り合い、話し合うことができるのだと思うようにすればいい」
言おうとしてることは分かるが、それが出来るのなら苦労はしてない。
人間は初めから魔物を敵だと思ってる。悪であり、倒すべき存在であると。それが当たり前で、決して覆らない常識。
何百年、何千年と続き歴史が物語っている。人間の認識が何も変わっていないことを。
それを魔物側からどう言ったって命乞いをしてるようにしかならない。
「それを私に言うということは、何か考えがあるんですよね?」
「そうだ。我は、イオリをこの世界に呼ぶ」
「……え? 異世界の者を呼ぶなんて出来るんですか?」
「ああ。我とイオリの魂を入れ替える」
「は!? 何を仰っているんですか! 人間の子供を我々の王になさるつもりなのですか!?」
「そうだ。それ以外にイオリをこの世界に呼ぶ方法がない。それに時間がないんだ」
「時間?」
「近いうちにイオリが死ぬ」
理解が出来ない。
いや、違う。したくない。
つまり、もう一人の貴方が死ぬからその魂を自分の体に移すと言うのか。
じゃあ貴方はどうなる。そんなことしたら、貴方が死んでしまうのではないか。
そんな作戦に乗れるわけがない。私の王はクラッド、貴方だけなのに。
「勇者を慕う彼なら、きっと人間の、勇者の認識を変えてくれるかもしれない」
「勇者を仲間にしようというつもりですか?」
「いや、そこまでは考えていない。だが、もし彼と勇者が接触すれば何か変化が起きるかもしれない。魔王が勇者に勝てないというなら、勝たなきゃいい」
「待ってください。そんなの無理ですよ。考え直してください。もし世界が変わったとして、そこに貴方がいなかったら意味がない」
「そんなことはないさ。我の願いは魔物が安心して暮らせる世界を築くこと。その為には人間の認識を変える必要がある。それは我には出来ぬことだ。我では人間とまともに話など出来ぬ」
駄目だ。何言っても聞く耳を持たない。
人間の子供が我々の王になるなんて無理だ。ましてこの世界のことなど知らない子供なんかに。
それに、貴方のいない世界に何の意味がある。
私は、貴方がいない世界になんて生きていたくない。
「頼む、リド。我の望みを叶えてほしい」
「っ、その言い方は卑怯ですよ」
「すまない。だが、それ以外に方法がない。どうせ勇者に勝てないのなら、最後まで足掻いてやるまでよ」
「……わかりました。私だって、ただ貴方が勇者に殺されるのを指くわえてみてるなんて出来ません」
「ありがとう、リド。お前にはイオリを支えてほしい。ただイオリには黙っていてほしい。皆には魔王クラッドとして接してもらいたい。変に騒がれても面倒だし」
「はい。あくまで貴方として接すればいいんですね」
「ああ。極力余計な知識は与えないでいい。その方がイオリの思うように動けるだろう」
クラッドは清々しい顔をしてる。
何の迷いもないんですね。勝手に決めてしまうなんてズルい人だ。
貴方は死んでしまうかもしれないのに、今までで一番良い表情をしてる。
「なぁ、リド」
「はい?」
「勇者を慕う少年に勇者を殺させようとするなんて、最低だと思うか?」
「……そう、かもしれませんね」
「そうだろうな。あとはイオリがどう動くかだ。こればかりは賭けだな」
そう言いながら、クラッドは楽しそうだ。
彼ならどうにか出来るという確信でもあるのだろうか。もう一人の自分だからこそ分かる何かがあるのかもしれない。
そうなっては、私に口出しできることはない。
「リド」
「なんでしょうか?」
「きっと世界は変わる。そうなったら、きっと……」
「クラッド?」
「いいや。なんでもない」
クラッドは私のことを抱きしめ、そのまま自室へと戻っていった。
まさかこれが、最後の別れになるなんて思いもしなかった。
その日の夜。クラッドは魔王城から姿を消してしまった。
慌てて探しに行ったときにはもう彼の姿はなく、そこには幼い頃の姿になっていた彼がいた。
イオリ。我らの新しい王。
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