53 / 80
番外編
「彼が魔王と呼ばれるまでの話」②
しおりを挟む数十分経って、ようやく彼は母親の亡骸を埋めることが出来た。
石を重ねただけの墓標に手を合わせると、その場に倒れ込んでしまった。
「君、大丈夫ですか?」
「……う、ん」
張り詰めていた緊張の糸が解けたのかもしれない。
彼はそのまま目を閉じ、寝息を立てた。
小さな手は血が滲んでとても痛々しい。私がここに来るまでもずっと
一人で硬い地面を掘り続けていたのかと思うと、胸が痛む。
これから、この子はどうしていくのだろうか。人間に見つかったら殺されてしまう。今の彼では人間に勝てるとは思えない。
かといって、私に出来ることなんて何もないのだが。
周囲を見渡し、比較的に綺麗そうな布を見つけてそれを彼の体にかけてやった。これくらいは神様もお許しになるだろう。
「おやすみなさい……」
私は後ろ髪引かれる思いで天界へと戻ることにした。
―――
天界に戻ってからもずっと、私は悩み続けた。
私は何故天使生まれながら、天使としての生活を退屈だと思うようになってしまったんだろう。
時折、考えてしまう。他の皆が何も疑問に思わないことを。
そんなことを誰かに相談しようものなら、変な顔をされてしまう。だから言わない。
だけど、一人では答えが出ない。
一人では。
あの少年は今どうしているだろうか。
一人でも無事に生きているのだろうか。
別の集落で暮らす魔物と一緒にいれば生き延びているかもしれない。
しかし、彼のあの様子では少し心配だ。穴を掘りながらずっと泣いていた彼の目が忘れられない。
柘榴のような赤い瞳。涙で潤んだその目はまるで宝石みたいに輝いて見えた。
だけどそんな輝きとは裏腹に、彼のこれからは暗闇だ。手を引いて導いてくれる存在を失ったのだから。
なんで、こんなに気になるんだろう。
あの赤が、頭から離れてくれない。
目を閉じても浮かんでくる。まるで血が滲むように、あの鮮明な深紅の色が、広がり続けていく。
「……少し、見に行きますか」
悩んでいても仕方ない。
私は数日ぶりに下界に行ってみることにした。
集落の在った場所に彼はいなかった。どこかに移動したのだろうか。そう思いながら周囲を見渡し、私は少し違和感を覚えた。
これは、どういうことだろうか。
ここにあった多くの魔物達の遺体がどこにも見当たらない。
「……まさか」
よく見ると、地面が盛り上がっている。
あの魔物の少年が、全て埋めたのか。あれからずっと、一人で。
考えるよりも先に体が動いた。
彼は今、どこにいる。こんなに多くの穴を掘って、ボロボロになった体で、どこに行ったというのだ。
心配だ。そんな状態で人間に会ったりしたら、どうなるか分からない。
「……っ!」
集落から少し離れた場所にある街道。その道中にある岩場の陰から血の匂いがした。
急いで近付くと、そこには小さな体を隠すように蹲っている彼がいた。
「貴方……!? 大丈夫ですか、怪我は……っ!」
体を起こそうとして、触れるのを躊躇ってしまった。
彼の背中から血が流れていたから。
天使である私が彼の血に触れてしまったら、汚れをその身に付けてしまったら、もう天界には戻れない。
それが、古くからある天界の決まり。
私は彼に触れないようにしながら、声をかけた。
「しっかり……一体何があったのですか?」
「……う、うぅ……にん、げん……」
「人間に襲われたのですか?」
「あく、ま……はね、うれる、って……」
彼の背中に生えていた羽根がないのは、そのせいか。
生きたまま彼の羽根を剥ぎ取られた。そして要らない体をここに捨てたのか、それとも彼が必死にここまで逃げてきたのか。
こんな幼い魔物の命すら、彼らにとっては軽いというのか。
「……っ」
「大丈夫ですか。ああ、どうしよう……無理に起こすことも出来ませんし……」
「……ぃ」
「え?」
「ゆる、さ、ない……にんげん、ゆる、さない……みんな、ころした、やつら、ぜったいに……」
今にも死にそうな彼の声とは思えないくらい、地の底から這い上がってくるような力強さを感じた。
あの赤い目が、まるで燃えているようにも見える。
復讐という、炎に。
ああ。
これが、命。
これが、生きるということ。
私たち天使にはない、生に執着する心。
なんて、眩しいんだろう。
「……祝福の光よ」
私は手を翳し、彼に回復魔法を施した。
本来ならこれも許されてはいない。だけど、放ってはおけない。
何より、私が彼を助けたいと思った。
「……あれ。痛く、ない」
「失ったものは取り戻せませんが……傷は塞いでおきました」
「天使さん……どうして、ぼくなんかを?」
「天使さん、ではありませんよ」
「え?」
私は彼の手を取り、そっと微笑んだ。
きっと、彼なら私の悩みに答えをくれるかもしれない。
「私の名前はリードリール。貴方は?」
「クラッド……クラッド・オードエインド」
これが、後の魔王であるクラッドと私の出逢いでした。
10
読んでくださってありがとうございます
お気に入りに追加
818
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる