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第一部
50話(一部最終回) 「君がいるから」
しおりを挟むそれから数日後。俺は退院した。
学校にも復帰出来る。俺をいじめてた奴がいなくなったとはいえ、少し怖い。
でも、大丈夫。俺は1人じゃない。
それにもう、逃げないって決めたんだ。
「伊織、もう平気なのか」
「うん、大丈夫だよ」
退院の日の朝、病院まで迎えに来てくれたのは蓮だ。
両親はどうしても外せない仕事があって来られなかったけど、蓮が来てくれるなら安心だって。
蓮は俺の親にすっかり気に入られたみたいだ。
「ご両親、帰り遅いの?」
「うん。らしいね」
「そっか。あ、荷物持つよ」
「平気だって」
「いいから、無理すんなよ」
ちょっと過保護な気もするけど、退院初日だしお言葉に甘えるとするか。
俺たちはのんびり家までの道を歩いた。
久々に見る景色。
あの世界、アイゼンヴァッハとは当然だけど違う。城もないし、大きな森もない。魔物もいないし、俺は空も飛べない。
魔法が使えないのは残念だな。転移魔法が使えたら家まで一瞬で帰れたのに。
「いいのか、タクシー使わなくて」
「うん。そんなに遠くないし……元の世界に戻ったんだって、ちゃんと肌で感じたい」
「……ちゃんと、帰ってきてるよ」
「うん」
蓮が俺の手を握ってきた。外で人目もあるけど、繋いだ手の温もりが嬉しくて、離そうとは思わなかった。
俺、本当に帰ってきたんだな。
ーーーー
途中でコンビニに寄ってから、俺は久々の家に帰ってきた。
異世界にいた時間が何日何ヵ月なのか、正しい日数は全然分からないけど、なんだか懐かしく感じる。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
玄関に荷物を置いた蓮がそう言って踵を返そうとした。
そんなあっさり帰ろうとする奴がいるかよ。俺は慌てて蓮の腕を掴んで引き留めた。
「待てって。お茶くらい飲んでけよ」
「いや、でも伊織も疲れてるだろうし……」
「荷物持ってもらってたんだぞ、疲れるわけないじゃん」
「でも、今ご両親いないんだろ?」
「い、いないから誘ってんだろ」
そこまで言って、一気に俺の顔が赤くなった。
入院中も二人きりになることもたまにあったけど、基本的には母さんや看護師さんの目もあった。だから、こうしてゆっくり二人きりになれるのは俺が目を覚まして以来なんだ。
だから、察しろよ。
「……わ、わかった。じゃあ、お言葉に甘えて……」
お互いに顔を赤くしたまま、俺たちは部屋へと向かった。
駄目だ。意識するとギクシャクしちゃう。自分から誘ったのに、話が出来なきゃ意味がない。
落ち着け。冷静になれ。
「お、お邪魔します」
「お、おう。散らかって、はいないな。母さんが片付けてくれたのか」
「綺麗にしてあるね」
「勝手に部屋に入られたのはちょっとあれだけど……さすがに1ヵ月も掃除してなかったら嫌だしな……助かるわ」
1ヵ月ぶりの自室。懐かしい。俺は机の上に置かれたゲームソフトに吸い寄せられるように歩み寄った。
ラスト・ゲート。俺がずっと遊んでいたゲーム。俺がこの世界で寝てる間に行っていた異世界。このゲームの登場キャラである魔王に、俺は入れ替わっていた。
「どうして、異世界とこのゲームが同じだったんだろ……」
「うーん……憶測だけど、この世界と俺たちの世界は繋がっていたわけだろ。だからお前とクラッドが同じ人であったように、このゲームを開発した人の中にも、もう1人の自分が向こうの世界にいて、夢か何かで見た世界を無意識にゲームで表現したんじゃないのかな」
「なるほどな。さすがにもう、ゲームする気になんないけど」
「魔王を倒せないから?」
「だって、俺を倒すことになっちゃうじゃん」
「そうだな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
不思議な体験をした。でもそれは夢でも何でもなくて、紛れもない現実だ。
俺がゲームソフトを棚に戻して、ベッドに腰を下ろす。蓮はベッドを背もたれにして床に座った。
「蓮は、どれくらい向こうの記憶があるんだ?」
「エイルディオン……エルは知ってることは全部知ってるよ。最後に会ったって話しただろ?」
「ああ」
蓮は幻の水晶でこの世界と繋がってからのことを話してくれた。
その日から夢でエルと同じものを見てきたこと。
エルが各地で魔物と人間が話し合えることを話していたこと。
退治を依頼された魔物と戦わずに話し合いで解決をしていたこと。
そして俺が仲間にしようとしていたマリアとも話をして、彼女にも協力してもらったこと。
「お前……俺があの子と話をしただけで嫉妬してたくせに……」
「それとこれとは別でしょ。俺はお前が人間の女の子に興味持ったんじゃないかって気が気じゃなかったんだよ」
「なんだよ、それ……」
あのあと、まさか宿屋に連れ込まれてあんなことになるとは思ってなかったんだぞ。
今思い出しても恥ずかしい。
「てゆうか、自分のことみたいに話してるけど、お前とエルはもう完全に一つになったってことなのか?」
「ああ、そうだね。俺はエルの魂を受け入れた。だからアイツの記憶も心も全て俺の中に入って、溶け込んだ。だから俺にとってはエルの経験したことも全て俺自身の経験として思い出せる。ツラいことも、嬉しかったことも、伊織にへの気持ちも。まぁそれは俺自身にも最初からあったものだけど」
「そっか。少し、羨ましいな。俺の半身は、もう1人の俺はもう、どこにもいないから……」
クラッド。もう1人の俺。
命懸けで俺を助けてくれた、かけがえのない存在。
その存在を知る前は何とも思ってなかったのに、こっちに戻ってきてからはずっと何かがずっと欠けてるような感覚がしてる。
その感覚が、俺にもうクラッドがいない現実を突き付けてくる。
でも、それでいいと思ってる。俺は一生クラッドのこと、あの世界でのことを忘れない。
「いつか、夢でもいいから向こうの世界に行けたらいいのに」
「もう俺たちの半身はいないのに?」
「そうだよな。でも、人間と魔物が手を取り合って生きている世界を見てみただろ」
「確かにね。俺も勇者として見届けたい気持ちはあったよ」
蓮が立ち上がり、俺の隣に座り直した。
肩のくっつく距離。もう変な緊張はなかった。そうするのが当然のように、俺は蓮の肩に頭を乗せた。
「俺、明後日から学校復帰なんだ」
「うん。朝迎えに行くよ」
「いいよ、お前んち遠いじゃん」
「じゃあせめて駅で待ち合わせしようよ。それくらい良いだろ……こ、恋人なんだし」
「そうだっけ」
「え!?」
「嘘だよ。嬉しい……絶対に叶わないと思ってたけど、お前のおかげで現実になった。エルが、俺達を勇者と魔王という柵から解き放ってくれたから……」
「うん。変な感じだな。俺がそうしたワケじゃないけど、今では俺のことなんだよな」
確かにそうかもしれないな。エルの記憶や経験も全て、鴻上蓮のものになったんだからな。
俺にとってはどっちも同じ存在だから、違和感なく受け入れられたけど。
「俺の、一之瀬伊織の戦いはこれからなんだな」
「学校、怖い?」
「まぁ、ちょっと……」
「大丈夫だよ。伊織なら、立ち向かえる。その勇気があるんだから」
「ありがとう」
互いに目を合わせ、小さく笑い合った。
その勇気をくれた、俺の勇者が隣にいてくれる。
俺に自信とチャンスをくれた魔王の思いはこの胸にある。
俺はもう、負けない。
俺に勝てるのは、その世界でも勇者だけなんだから。
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