37 / 80
第一部
37話 「背中合わせの存在」
しおりを挟むーーー
誰もいない。
当然だ。俺と違って、アイツは俺の気配を感じ取れない。ずっと気配を消していたから。
でも、アイツはここに来る気がする。
俺は洞窟の奥で腰を下ろした。
最初ここに来たとき、俺は調子に乗ってたんだと思う。
だって魔王になったんだ。何でも出来ると思うだろ。もちろん異世界なんて来て焦りもしたし、状況についていけなくて困ってた。
でも、心のどっかでどうとでもなるだろうって思ってた。
だって魔王だし。俺が使いこなせていないだけでメチャクチャ強い力を持ってる。それこそチートと呼べるような力だ。
だから思ってた。何でも出来る。俺なら、出来るって。負けるわけないって。クラッドの願いも叶えられるって。
だけど、エルのあの顔を見て恥ずかしくなった。
俺と対になる存在である勇者が、救うべき人間のせいであんなに苦しんでる。
魔王である俺はクラッドのおかげで特に苦労しないでいる。全てはクラッドのおかげだ。それなのに、俺はそのクラッドが築いてきた地位に胡坐をかいて何でも出来る気になっていた。
恥ずかしい限りだ。俺が憧れた勇者があんなにツラい思いしてるのに。
だから俺は、決めたんだ。今の俺に出来る方法は一つしかない。
目的こそ変わらない。ただ、これは俺の気持ち。覚悟の問題だ。
俺の力は全て借り物だ。
だけど、この気持ちだけは俺のものだ。もう迷わない。もう揺るがない。
勇者は醜悪な人間どもの良いようにされていい奴じゃないんだ。
勇者は人間の玩具じゃないんだよ。
俺の救世主は、みんなに勇気と希望を与えてくれるんだ。それなのに、その優しさに付け入るんじゃない。
俺の勇者に、これ以上余計なことしてくれるな。
だから、最後にしよう。
ーー
足跡が聞こえる。
ゆっくり、ゆっくり、こちらに近付いてる。
たまに立ち止まって、その一歩を踏み出すかどうか悩んでるようだ。
俺がここにいることに気付いてる。
不思議だな。俺とお前は対極の存在なのに、どうして引かれ合うんだろう。
希望と絶望。光と闇。どうあがいても交じり合わないのに、いつだって対となって存在するんだ。
どんなゲームや物語でも定番だよな。悪役がいるからヒーローがいる。魔王がいるから勇者がいる。悪役がいなきゃヒーローは存在しないし、勇者も倒すべき敵がいなきゃ意味をなさない。
そういうことなんだな。これはきっと、必然だったんだ。
「……イオリ」
洞窟の入り口で、小さな声が俺を呼んだ。
お前はここに来たくなかったんだろうな。終わりにしたくなかったんだろうから。
「なんて顔してるんだよ、勇者様」
「……どうして、ここに……」
「俺がここに来たらいけない理由でもあるのか?」
「……そういう、わけじゃ……」
声に覇気がない。
心が折れそうじゃないか。とてもじゃないけど世界なんて救えそうにない。誰の希望にもなれそうにない。
「……イオリ……イオリ、イオリ……」
「……っ!」
エルはフラフラの足で俺に駆け寄り、縋りつくように抱き着いてきた。
肩が震えてる。呼吸も荒れてる。背中を丸めて、母親に泣きつく子供みたいに小さくなってる。
こんなに追い詰められてしまったのか。あの戦の話が、よほどショックだったんだろうな。勇者として魔物を倒すために必死で戦ってきたのに、人の敵になれって言われたんだ。無理もない。
「……俺は、もう何と戦えばいいのか、分からないよ」
「エル……」
「どうして、人が人と争うんだ。なんで人が人を殺めなきゃいけないんだ。俺の剣は、そんな事のためにあるんじゃないのに……!」
「……ああ。そうだな」
「だけど、勇者は誰かを救わなきゃいけない。そのために、誰かを犠牲にしなきゃいけないのか? もし犠牲になった人が復讐を俺に願ったら、俺はどうしたらいい。俺は、俺は……!」
俺は、力いっぱいエルを抱きしめた。
見てられないよ、こんなお前。みんなの幸せのために、どうしてお前がこんなにも傷付かなきゃいけないんだ。
「エル。エル、大丈夫だ」
「……え?」
「きっと、大丈夫だ。何とかなる。お前が、人間の敵になる必要はない」
「……イオリ?」
「だってお前は勇者だ。お前が戦うべき相手は魔王だろ。人じゃない」
「……イオリ」
大丈夫。俺がそんなことさせないから。
俺は、エルの顔を両手で包み込み、そっと唇を重ねた。
最初は驚いた顔してたけど、エルはすぐに受け入れた。
ただ、ただ、触れるだけのキスを繰り返す。くすぐったくて、温かくて、次第に物足りなくなって、どんどん欲が溢れてくる。
「……っ、エル」
「イオリ……」
深く唇を重ね、それを合図にするようにエルは貪るように俺の唇に舌を割り込ませてきた。
それでいいよ、エル。
今はもう、嫌なこと忘れよう。
10
読んでくださってありがとうございます
お気に入りに追加
818
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる