上 下
42 / 42
1章

1章 40話「魔王」

しおりを挟む


「間一髪、でしたな」
「貴方は……?」

 後ろから聞こえてきた声にルーフスが振り返ると、腰に手を当てて軽く息を吐くガイツがいた。
 急いでここまで来たのか、少しだけ息が荒れている。

「御父上とは初めましてでしたね。グリーゼオの父、ガイツです」
「グリーゼオ君の……子供たちから話は聞いてます……しかし、なぜお二人がここに?」
「グリーゼオがお嬢さんに話があるとかで屋敷を尋ねたんですが、着くやいなや走り出していきましてね。その直後、強い魔力を感じて私も急いで後を追ってきたんですよ」

 ガイツはノアールたちの方へと視線を向けた。
 話に聞いていた黒い炎が、これほどのものだったなんて。ガイツは実際に目の当たりにして、死を覚悟してしまった。
 そして、躊躇うことなくノアールのもとへと駆け寄ったグリーゼオの行動にも肝を冷やした。

「……息子から話は聞きました。正直、俺はあの炎を見て気持ちが揺らいでいますが……アイツはもう決めてしまったみたいなんで、俺から何言っても無駄でしょうね」
「え、どういう意味ですか?」
「グリーゼオもお嬢さんと一緒に転校させます。引越し先に関してはまだ決まってませんが……」
「……良いのですか?」
「親としては止めたいところではありますが……今のあの子たちを見て、引き離す方が危険だと思いますし……何にも関心のなかったアイツが、お嬢さんと離れたくないと熱心に言うものですからね……」

 ガイツは肩を竦め、飽きられたように乾いた笑みを浮かべた。
 確かに二人を引き離す方が危ないと、ルーフスも感じた。今のノアールにはグリーゼオという支えをなしに生きていくことは難しい。

「……これで、良いのでしょうか。貴方のご子息を巻き込んでしまって……」
「巻き込まれたなんて、アイツは思っていませんよ。そもそも、聞いた話じゃ先に話しかけたのはグリーゼオの方だって言うじゃないですか。きっと、その時点でこうなる運命だったのかもしれない」
「……大人としては、子供に頼らざるを得ない状況に歯がゆさしか感じませんね」
「大人は大人にしか出来ないことをすれば良いのですよ。あの子の前世や黒い炎については特に……公爵のお力を必要とするかもしれません」

 ガイツがあえて公爵と呼んだことで、それなりの地位や権力を持たないと調べられない場所、得られない情報があるということを察した。
 自分たちが思っている以上に、ノアールの抱える闇は深いようだ。

「……それと、これは貴方だけに話しておきたい」
「……何でしょうか?」
「俺は昔、どこかの遺跡か何かである文献で目にしたことがあるんです。そこに、あの黒い炎が描かれていた」
「え?」

 誰にも聞かれないように小声で話すガイツに、ルーフスは耳を傾ける。
 ガイツは直接あの炎を見たことで、思い出したことがあった。

「俺がまだ中央都市の王国研究所にいたときのことです。あることについて調べていたんですが、そのときの資料は全て消し去られてしまったんですよ」
「消された……?」
「ええ。何故か語られない、勇者と魔王の戦いについて……そして、俺が見つけた文献に記された、魔王の使う魔法」
「……まさか」
「そう。全てを飲み込む、黒き炎……あの子の前世は、もしかしたら魔王に関係しているかもしれない」

 ルーフスはゴクリと息を飲んだ。
 一体、どれほど大きな闇をノアールは抱えてしまったのだろうか。
 これから先がどうなってしまうのか、それはここにある誰にも、ノアール自身にもまだ分からない。



第一章、終
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...