上 下
40 / 42
1章

1章 38話「嘆き」

しおりを挟む


「…………ん」

 ノアールが目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
 すぐに自分の部屋だと気付き、ゆっくりと上半身を起こす。
 どれくらい寝ていたのか。部屋の中は真っ暗で、窓の方が月明かりでほんのりと照らされている。
 体の痛みはなくなっている。目の痛みも、階段から落ちたときに打った肩や腕も、何ともない。ノアールは軽く肩を回しながら、どこにも違和感がないかを確認した。
 痛みのせいで何が起きたのかあまり覚えていない。何となくだがグリーゼオが誰かに対して怒鳴っていたのは聞こえていたが、いつの間に気を失っていたらしく、その後のことは何も分からない。

「……ゼオ、大丈夫かな」

 ノアールは布団に入り直し、ボソッと呟いた。
 朧気ではあるが、確かにグリーゼオは自分のことで誰かに怒っていた。ノアールは、早くグリーゼオに会って、大丈夫だと言ってあげたかった。
 いつも優しい彼が、今でも嫌な気持ちでいたら悲しい。少しでも安心させてあげられれば。そう思いながら、ノアールは眠りについた。


――――
――

「転校……?」

 翌朝。ベッドで軽い朝食を済ませたノアールに、ルーフスが告げた。
 陰口を言われる程度のことなら何とも思わなかったが、さすがに今回のようなことが今後も起きると学園生活に支障が出る。ノアールは仕方ないと肩を落とした。

「で、でも、ゼオは? ゼオは転校しても大丈夫なの?」
「ノアール……彼にも話したんだが……」

 言いにくそうにする父に、ノアールは心臓が痛いくらいドクンと脈打った。
 何度も迷惑をかけてきた。そうなることも覚悟はしていたつもりだった。

「そ、う、なんだ……」

 ノアールは布団をギュッと握りしめた。
 泣いたらいけない。父を困らせてしまう。溢れ出そうになる涙をグッと堪え、笑顔を浮かべようとした。

「っ、う」

 だけど、出来なかった。
 大きな瞳からボロボロと涙が零れ、嗚咽しか出てこなくなった。
 これ以上困らせたくないのに、何も喋れない。
 落ち着けようとルーフスがノアールの背中をトントンと優しく叩いてなだめてくれている。
 そばに居たミリエリも、心配そうに見ている。
 早く泣き止まなきゃ。そう思うのに、体が言うことを聞いてくれない。

 なんで、どうして。
 頭の中で、夢の中で聞いた声が響く。
 どうして、こんな目に遭わないといけないんだろう。黒い感情が、どんどん頭の中を埋めつくしていく。
 ツライ。痛い。悲しい。苦しい。
 何も悪いことなんかしてないのに。

「あ、ああぁ、あああああ!」

 ノアールの泣き叫ぶ声と共に、彼女の体が黒い炎が溢れ出した。
 慌てて離れたルーフスは、狼狽えるミリエリを引き離す。
 黒い炎はノアールの周囲にあるものを燃やし、炭化させていく。

「……これが、ノアールの炎か……」

 恐ろしいほど黒い炎に、ルーフスの足が竦む。
 このままでは、屋敷が燃え尽きてしまう。それ以前に、ノアールの体がどうなるか分からない。今度は髪や目の色が変わるだけで済まないかもしれない。
 早く対処しなければ。しかし、炎には近付けない。
 娘が苦しみ泣いているというのに、親である自分が何も出来ないなんて。

「……ミリエリ、あとの事は頼む」
「え……旦那様!?」

 ここで怯えていては、これから先もノアールのことを守ってやることは出来ない。ルーフスは死をも覚悟して、飛び込んでいこうと一歩足を前に出した。

 その瞬間。
 ポツリと、頬に雫が落ちてきた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...