追憶のリコリス

のがみさんちのはろさん

文字の大きさ
上 下
12 / 42
1章

1章 10話「注目」

しおりを挟む

「おはよ、ゼオ」
「おはよう、ノア」

 翌日。いつものように教室に入り、隣の席に座るグリーゼオに挨拶をした。

「昨日はありがとうね」
「いや、こっちこそ。部屋が片付いたって父さんも喜んでたよ」
「それは私がやったんじゃないよ」
「いや。おれじゃああの部屋どう手を付けていいか分からなかったし、ノアが本を種類ごとに分けてくれたおかげで助かったよ。父さんも驚いてたよ。あの量を一日で読んだのかって」
「そうなの?」
「おれと同い年の子が読めるような内容じゃないのにって。父さんの方もお前に会いたがってるよ」
「本当? 嬉しい! 私もゼオのお父様に会えるの楽しみだなぁ」

 ノアールの発言に教室内が少しだけざわついたのをグリーゼオは見逃さなかった。
 ただ会って話が聞きたいだけ。ただそれだけのことだが、女子が男子の親に会いたがっているという発言は深読みされてもおかしくはない。

「ノ、ノアール。言葉を選んで……」
「え?」
「……いや、あー……そ、そうだな! 父さん、学者だからな! 勉強会しような! 勉強!」

 グリーゼオは少しだけ声を大きくして周囲の誤解を解こうとした。
 これで誤魔化せたのか分からないが、とりあえずノアールは急に大声を出したグリーゼオに少しだけ引いた。

「……どしたの?」
「なんでもない……なんでおれ、こんな変な気を回さないといけないんだろ……」
「は?」

 頭を抱えるグリーゼオに、何も分からず首を傾げるノアール。これは変に気を遣うだけ無駄なのではないかとグリーゼオは思った。

「もういい。本当、何でもない。ああ、父さんはいつでも来いってさ。事前に来る日を教えてくれれば家にいるからって」
「大丈夫なの? お仕事とか」
「大丈夫だよ。たまに講義とかしてるけど、基本的には自由に動いてるし。研究やら論文やら、まぁ色々と本も出してるから収入には困ってないみたいだし」
「へぇ、やっぱり凄い人なんだね。昨日読ませてもらった遠い地方の歴史や遺物に関する書物とか、面白かったよ」
「面白いって感覚はよく分からないけど、うちにあるので良ければいつでも読みに来いよ。父さんの部屋に入りきってないヤツもあるからさ」
「うん!」

 それから二人は授業が始まるまで話を続けた。
 予鈴が鳴り、ノアールはいつものように図書室から借りてきた本を出して読み始めようとした。だが、今日はいつもと少しだけ違った。

「授業の前に、来週に控えた儀式について説明します」

 先生がそう話を切り出し、ノアールは本を閉じた。
 当日は名前を呼ばれた順に儀式を行うこと。魔法が覚醒すると人によっては体調を崩したりすることもあるため、その日は授業がなくなることなど、先生が当日の手順を説明していく。
 ノアールは儀式の日のことを事前に聞いていた。何かあった時のため、父ルーフスも同席すると前もって教えられている。そして順番は一番最後であること。既に覚醒をしているため儀式は行わないが、魔力量や体への負荷がないかなど調べたりするそうだ。

「当日は親御さんなどお迎えを頼んでおいてください。目覚めた魔力に酔ってしまったり、馴染むまで具合を悪くすることもありますから」

 先生はそう言い、授業を再開した。
 ようやく魔法の授業が始まる。待ちに待った魔法学にノアールは本を開くが、集中して読むことが出来なかった。


―――
――


「あー、やっと終わったぁ」

 放課後になり、グリーゼオは思いっきり腕を伸ばした。
 ノアールも軽く肩を回し、帰り支度を始める。

「ん?」

 ふと、グリーゼオは廊下の方が騒がしいことに気付く。
 何があったのだろうか。聞こえてくるのは女子の甲高い声だけ。

「なぁ、ノアール。なんか外がうるさくないか?」
「うん? そういえば……」

 二人が首を傾げながら廊下の方へと目を向けると、教室の後ろのドアがガラッと音を立てて開いた。

「ああ、良かった。まだ帰ってなかったね」
「お兄様!」

 初等部の教室にやってきたのはノアールの兄、カイラスだった。
 女子たちがキャアキャアと騒いでいた理由は分かったが、なぜカイラスがここまでやってきたのかは分からない。

「どうしたの、お兄様」

 ノアールは急いでカバンを背負い、カイラスの元へと駆け寄った。それだけで周囲はざわめく。
 どうやら2人が兄妹であることを知らなかったのだろう。グリーゼオも言われるまでは気付いていなかった。

「ゼオ。ゼーオー」

 ノアールに名前を呼ばれ、グリーゼオは二人の元に歩み寄る。

「どうしたんだよ」
「あのね、お兄様がゼオに話したいことがあるんだって」
「え、おれに?」

 まさか自分に用があるとは思っていなかった。驚いたゼオはパッとカイラスの方へと顔を向けた。

「いきなりでゴメンね。この後、少しいいかな?」
「は、はい。大丈夫です」
「じゃあ、うちの馬車で一緒に帰ろう。君の家まで送るよ。話はそこで」

 グリーゼオが頷くと、カイラスはありがとうと言いながら微笑んだ。
 一体何の話があるというのか。話の予想が出来ず、グリーゼオは少しだけ不安を胸に抱いたまま二人の後ろを付いていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...