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第9話 二人だけの結婚式

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「とは言っても、結婚式なんて出来ないしなぁ」
「神様との結婚は何か特別なことが必要なのですか?」
「うーん……こういうのはその土地や宗教によって変わっていくものだから、一概には言えないけど……俺の場合は特に人間と交流もしてないから、大層なものはしなくてもいいかなぁ」
「なるほど」
「でも、俺も結婚願望が欠片もなかったわけじゃないし、それっぽいことはしたいかな」

 村の人からすれば潮くんは神の贄に出された存在。さすがに結婚式するから来てくださいなんて言えない。
 だからせめて、俺に出来ること。俺が潮くんに差し出せるものをあげよう。

「潮くん、乗って」
「え?は、はい」

 俺は潮くんを頭に乗せて、一気に水面へと上がった。
 外に出るのと同時に人間の姿に変化させて、社の前へ降り立つ。

「アマネ様……?」
「二人だけで、結婚式をしよう」
「僕と、アマネ様の?」
「うん」

 俺は目を閉じて、体の中にある宝玉を取り出した。
 胸元から淡い光を放って浮き上がったそれは龍玉とも言われる宝石。龍の心臓でもある。
 今俺が彼に渡せるものなんて、これくらいしかない。

「指輪の代わりって訳でもないけど、これを受け取ってほしいんだ」
「……綺麗。これは?」
「龍玉だよ」
「りゅう、ぎょく……って、龍の魂じゃないですか!? 駄目ですよ、そんな大事なもの!」
「うん。でも、俺が持ってる中で一番高価なものだし……それに、潮くんがこれを持っていてくれたら、君の身に何かあっても俺がすぐに駆け付けられる。それは俺の一部だし、運命を共にするって意味でも、これが一番相応しいのかなって……」
「運命を、共に?」
「君が死ぬときは、俺も死ぬ。運命共同体、みたいな?」

 俺が笑ってそう言うと、潮くんは何も言わずに泣き出してしまった。
 マズい。俺、何か失敗したのかも。人にプレゼントなんかしたことなかったから、感覚がズレていたのかも。
 てゆうか、いきなり宝石は重たい? 最初は花とかアクセサリーとかそういうものからスタートするべきだった?
 冷静に考えてみればそうだよね。いきなり俺の命あげますとか重たいとか言う以前にドン引きだよね。
 結婚できると思って舞い上がっちゃった。
 どうしよう。潮くん泣き止まないし。

「あ、ああ、あ、あの、嫌なら別の物を用意するよ?」
「っいえ! いえ、嫌なんてことないです……嬉しいです。僕、ずっと水神様に憧れて、お慕いしていて、もう一度貴方に会いたいと、どんな形になってもいいから会いたいと思って、村の不作が続いた時、これはチャンスだと思ったんです。一目でいい。貴方に会って、神様の血肉となれれば、ずっと一緒にいられるんだと……そう思って、生贄になると村長に言ったんです」

 思わず感動して泣きそうになったけど、この子の思考って結構危ういな。
 こういうのメンヘラって言うんだっけ。それともヤンデレ? それもなんか違うかな。依存とでも言えばいいのかな。
 神様に食べられたいと望むのは普通の恋愛感情を通り越してそうだよね。

「食べてもらうことは出来ませんでしたが、結果として水神様の、アマネ様のおそばにいることが出来て、貴方様に抱かれることが出来て、伴侶としていただける。これ以上の幸せなどありません……」

 うん。可愛いから、いっか。
 だってもうこの子は俺の嫁だし。俺だけの嫁だし。もしこれが人間同士、元の世界の俺だったらちょっと怖かったかもしれないけど、俺いま神様だし。
 こんなに可愛くて魂も綺麗で良い子なら喜んで娶ります。

「それじゃあ、目を閉じて?」
「はい……」

 俺は龍玉を彼の胸に添えた。
 龍玉は青い光を放ち、潮くんの胸の中へと消えていった。
 彼と俺の心臓が繋がった感覚。潮くんの鼓動が、直接伝わる。
 これで俺達は一心同体。

「……胸が、暖かいです。アマネ様の鼓動を感じます」
「俺もだよ」
「アマネ様。これからもずっと、お慕い申し上げます。これから先も、ずっとずっと……」
「俺も、潮くんのことをずっと愛していくよ。この胸の灯火が消えるその瞬間まで……」

 まさに、死が二人を分かつまで。


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