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2章

5;その頃執務室で

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「ところで、リーンハルト。彼女をどうするつもりなんだ?」

「何が言いたいのかさっぱり分からないよ。抽象的じゃなくて、もっと具体的に言ってもらわないと理解しがたいな」

 黙々と書類に目を通し続けるリーンハルト。執務室付きの文官はヴェンデルが入室してきた時に部屋を出るように言われており、部屋にいるのはリーンハルトとヴェンデルの二人だけだった。

 ヴェンデルが何の質問をしようとしているのか分かっているにも関わらず、リーンハルトは敢えてヴェンデルに内容を答えさせた。ヴェンデルも面倒がって他人に言わせようとしているリーンハルトの性格を知っているので、溜息を吐いた後自分の考えを述べた。

「……最初に観測された魔法を使ったのは恐らく彼女だ。彼女が本当に魔法を使えるとしたら、簡単な魔法であっても強力なものへと変わってしまう。観測された魔力クラスはダブルエスクラス。あそこに残されていた魔法の痕跡は簡単な『燃やす』と『消す』だ。しかも杖無しでの言語魔法。言語魔法であそこまで強力なのは、お前の母以来の逸材だ。彼女の存在が他国を悪いように刺激する可能性だってある」

 彼女の存在は、結構危険な存在となっている。その自覚があるのかとヴェンデルは言う。

 魔法は使えないと言っていたのに彼女がいた場所にあった、魔法の痕跡。
 
 この事実だけは偽装も何も出来ない真実だ。

 彼女が自分自身に嘘を付いている事実を突きつけられて、苛立った。
 苛立ちもあってか、ハンコを捺す力が余分に入ってしまう。

「だからこそ、一から教えるんだよ。魔力の暴走だってありえるし、彼女自身の身の安全だって保証出来ない。彼女は自分の身は自分で守れるようになって欲しいんだよ」

 自分がいつでも一緒にいるわけでもないし。と続けるリーンハルトにヴェンデルは口笛を吹いた。


「お前が他人に気を掛けるなんて珍しいな。そこまで彼女が気になったのか?」

 他人にほとんど興味関心を抱くこともなく、夜は同衾する女性もいないという極めて異例。

 リーンハルトの年齢であれば立后していてもおかしくないのに、リーンハルトはそれを望まない。なので、貴族は挙って自分の娘を後宮に召し上げようとしているのだが、リーンハルトは靡かなかった。

 だからこそ、彼女を傍に置いたこと自体が珍しかった。リーンハルトも嫌々傍に置いている、というわけでもないから。

「そう言うヴェンデルも同じじゃないの? 彼女はこの国にとって重要な存在になるのは確かだろうし、彼女がいれば目標達成はすぐだ。そのためにも彼女の存在を他国に知られる前に手を打つ必要があるな。彼女が放った魔法は、魔法実験に失敗した結果だとでも周辺各国に電文を打っておいてくれないか」

「既に外務大臣が電文とメディアに流している。ちょうど雨乞いの魔法を全国で掛けている最中だからな。そのうちの一つが上手く作動しなかった、で十分通用するはずだ」

「手回しが早いことで。雨乞い魔法か。確かに最近雨が降ってないからそろそろ旱魃報告が上がってくる頃か……」

 先ほど見た書類の中に旱魃報告の一部を見た気がしたが、別の書類が上がってきてからでも遅くないと判断する。報告が上がってくるのは大体あの地域だと検討はついていた。

「東洋竜か西洋竜のどちらか使役出来ればいいんですけどね。竜は水の神様と言われている所以がありますし。竜を使役出来れば、水不足はすぐに解消出来ますし。確か隣国との国境地帯に東洋竜の巣があるとか報告があった気がします」

「カレンの魔法基礎の勉強が終わり次第、そこへ行こうか」

「彼女に降ろさせる気か?!」

 ダンっと机を叩く。叩いた拍子に机の上に重ねられていた書類の一部がはらはらと落ちた。

 ヴェンデルは落ちていく書類を拾わずにリーンハルトを睨んだ。対してリーンハルトは書類に視線を向けており、ヴェンデルの方へは全く見向きもしなかった。

 未決済の書類と混ざっていないのか気になったのだ。

「言霊使いと竜の相性は抜群だと聞く。僕の母もまた竜を降ろしたと言っていたからね。彼女が母と同じ異世界からやって来たとすれば、可能だよ。何も最強の竜を降ろそうと言っているわけじゃないんだ。彼女の力に見合った竜が降りてくるから自然と力の強い竜が降りてくるのは間違いないだろうけど。それに竜を下ろすのは彼女にとって大きな後ろ盾になる。僕みたいな胡散臭くて、頼りない後ろ盾より強固で信頼面において十二分に足りる存在にね」

 ページを捲り、注意事項を記入しながら一番下のサイン記入欄にサインをしてからハンコを捺す。ハンコを捺して乾くのを待たずに閲覧済みの箱の中に置いた。

「リーンハルト、お前な……」

「ウサギやキツネの魔獣使いが確か軍の中にいたはずだ。彼女に教えるように手配はしておくよ」

「竜はウサギとキツネとでは扱いが格段に難しいと思うんだが」

「一度動物に戯れておけば慣れるというもの。外見は愛玩動物とは言えにくいかもしれないが」

 キツネとウサギと呼称される動物を脳裏に浮かべて、眉を顰める。

 愛玩動物にしては少々外見に問題のある動物だが、扱い方を鑑みればまだ他の動物よりはマシな分類に入る。カレンがそれらの動物を見てどんな反応をするか考えただけで口角が緩んでしまう。

「彼女は使いこなしてくれるよ。――いや、使いこなしてもらわないと困る。僕の目標達成は目の前でお預けを食らっている状態だ。彼女という戦力が加わったら形勢は一気に逆転する。僕の母が変えた戦局と同じように、一人の少女の力によって変わるんだ。他の国は挙って戦力確保に乗り出すだろうね。その前に彼女の力を確立させ、この星にいる魔法使いに召喚魔法を使えさせないように魔法を掛けるように指示を出してしまえばいい」

「そのレベルまで簡単に到達すると思っているのか?」

「彼女が僕の母と同じ異世界からやって来たとすれば簡単なことだ。言霊使いはこの世界にいる魔法使いの中でも上位に当たる。魔法使いの中でも最強になれる可能性を秘めた彼女を手に入れたんだ。彼女を最大限利用する以外、彼女の使い道はあるのか? いやない。彼女の能力を引き出して、この国と僕の悲願達成に利用させてもらう」

「それを彼女に話さないのか?」

「話さないよ。話したら多分彼女は僕を信用しなくなくなるからね。知らない方が得だった、というのもあるだろうし。彼女が精神干渉系の魔法を使えるようになったら僕の考えてることなんてすぐにバレてしまうだろうね」

「この男に捕まってしまった彼女が哀れに思えてきたよ……」

 はぁと深く溜息を吐くヴェンデルに、リーンハルトはサインする手を止めてヴェンデルを睨んだ。

「哀れだなんて。僕の悲願はヴェンデルだって知ってるだろう? ようやく並んで立てる国まで成長したんだ。並んだ後は勿論、追い抜くまでだ」

「その追い抜くまでの作業がまた大変なんだけどな。結果に至るまでの過程を自分が関わらずに見ているだけならまだしも、自分が当事者になるのは御免だな」

「残念ながらヴェンデルは強制的に当事者になるから安心しろ」

 一際大きな音を立ててハンコを捺す。その音は判決を下した裁判官のようにはっきりとヴェンデルに言い放った。

「うわーその逃げられないぞって言わないでくれますー?!」

「今更我儘言うな」

 ピシャリと反論を撥ね退けると、ヴェンデルは溜息を吐く。

「まー此処までついて来ちゃったんだから最後までいますよ。さて、と。俺も自分の仕事に戻るとしますかねーそろそろサボってるのバレそうだしさ」

「しょうぐんんんんん……!! こちらにおいででしたかっ!! 将軍に見ていただきたい書類が山ほどありますっ!! 今日こそは! 事務作業を! 行ってもらいますからね……!」

 バターンと派手に扉が開いて、汗だくになりながらも少年が執務室に入ってくる。少年はむんずとヴェンデルの首根を掴むとそのまま入り口へ向かう。

「ちょっ! 首っ! 首締まってるから!!」

「ちょっと締め上げられただけで将軍の首は丈夫なので、ご安心下さいませ。……それにちょっと意識を飛ばしていただいた方が自分にとって、とても助かります」

 最後、不穏に低く少年が呟き、ヴェンデルはぞっと顔色を悪くさせた。一瞬にして紅潮していた顔色が真っ白になり、じたばたと暴れていたヴェンデルの動きが止まった。

「に、逃げようと思ってないから……」

「将軍の行動範囲は全て抑えていますし、逃げようなんて真似したらどうなるか分かっていますか? 逃亡者があまりに多いので、自分、捕縛魔法でもAランクを取得したんですよ? 改良も加えましたので、対抗魔法は存在しませんよ。今試してみます?」

 にっこりと少年は告げる。

「逃げません、仕事します」

「その粋です。さ、行きましょうか。国王様、この駄目な上司が公務を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

「うん、ちゃんと仕事させてね。あと、さっき言ってた捕縛魔法Aランクの改良版、ちゃんとデータベースに登録しておくようにね」

「……勿論、登録しますよ」

 言わなかったら、登録しなかっただろうなと思い、リーンハルトは少年とヴェンデルを見送った。

 逃げようとする彼女のためにも修得しておいた方がいいかなと思い、リーンハルトは書類との格闘に専念した。
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