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2章

1;早速異世界?に着いたようです

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「ん……」

 目が覚めると飛び込んできたのは昼間にも関わらず燦然と輝く二つの月だった。西側と東側にある二つの月。真南にあるのは太陽と思わしき恒星。眩く目に飛び込んできた恒星に目を細める。小鳥の鳴く声と、目の前にいるのは羽根をはためかせ、飛ぶ天使のような存在。

 何もかも見たことのない光景ばかり。ぺちぺちと頬を叩く感触と共に、私ははっきりと意識を上昇させた。

「何か変な夢見たような……」

 悪夢を見るのは久しぶりだった。というより夢を見たのが久々で、その夢が何か暗示をしているようで恐ろしかったが、内容がいまいち思い出せなかった。思い出せない方が良いと自己納得する。
 思い出そうとすれば、余計に混乱するし、第一。

「って! どこよ、此処……」

 身体を起こして周囲を見渡す。意識を飛ばす前のことを少しずつ思い出していく。
 今見た夢よりも先に片付ける問題が目の前に構築されているのだ。

「そうだ、あの男に飛ばされたんだった……」

『無事そちらの星に到着出来たようですね』


 どこからともなく、あの男の声が聞こえてくる。

 ぐるりと見渡せば、目の前に水流が立っていた。が、透けていた。
 透けているということは水流の実体は此処にない。

『地球から時空を弄って声と実体像を届けているだけなので、これが限界です。早速なんですが、王宮に向かってください。と言っても、既に王宮から使者というより目的の人がこちらに向かっているようですね』

 水流の言う目的の人というのは、あの女性の息子に当たる人物だろう。今は国王の地位にいる人だと説明を聞いた。だが国王の地位にいる人がホイホイ城外に出て問題はないのだろうか。

「私は此処で何をすればいいのよ……」

『国王の地位を絶対的なモノにすればいいんじゃないでしょうか。彼は魔法使いを欲していましたし、強力な魔法使いは大体が星以外からやってきた異星人が多いので。中でも地球からやってきた人々は大変魔力が強い人が多いようなので、もしかしたら他の地球人とも交流出来るかもしれません』

「他にも地球人がいるってこと?! でも彼らと私は大きく違うでしょ。私は意図的にこの星にやってきたけど、彼らは自分の意思とは全く関係なくやってきた。神隠しも同然に地球では行方不明扱い! あまりにも不憫すぎない?」

『確かに彼らは行方不明扱いになりますが、現代において長期行方不明者は大体が異星にいる場合が多いです。勿論、私のところにやって来ては隠蔽してくれと行政側から直接依頼してくる時もありますよ』

 まさか行政側が神隠しを知っていたことに驚き、私は言葉を失った。

 私の場合、地球に戻るまでの時間は過ぎてしまうが、過ぎた時間分を巻き戻してあの相談所に来た時間に戻してくれる手筈になっている。しかし他の人達は過ぎた時間分だけ地球で過ごす時間を失ってしまう。

『別におかしなことでもないでしょう。今までそれでまかり通ってきたのですから。変えるなら、その体験をした人が先頭に立って改善案を提示するのが一番の方法だと思いますが、それは現実的に叶わないですね』

 ここまではっきりと断言するくらいだ。誰かしら主張や意義を唱えた人がいたのだろう。

「さっき言ったよね? 不思議体験をした人達の末路は表の世界じゃなくて、一生不思議体験に関わる生活を送ると。それは意図的に、間接的にあなたが関わっているということにならない?」

『何でそのような考えに行き着いたのです? 私はただ人の話を聞いて、改善案やアドバイスを行っているだけに過ぎません。私にそのような権利や能力を与えられているわけでもないので、人一人の人生をねじ曲げようと思っても無理ですよ。私は、そうですね。謂わば現世の閻魔大王みたいな役割と言った方がいいでしょうか』

「随分ぶっ飛んだ役割ね……あなたみたいな人間がそんな大役を勤めても良いなんて、神様もどうかしてる」

『あなたは私の助手なので、さしずめ小野篁といった方が正しいですかね』

「だったら何。あのお店というか相談所? がこの世とあの世との境目、黄泉比良坂になるの?」

『お喋りがすぎたようです。これ以上喋るなと言われてしまったので、私は素気無く退散することにしましょう。この星での魔法使いは絶対の地位を確立しています。ですが魔法使いが一番上であって、一番上ではない。対等の存在ではないと、それだけは肝に銘じておいてください』

 言っている意味が一切わからなかった。

「一番上であって、一番上ではない? 何を言ってるの……?」

『その星では地球で扱われている常識全てが適用されません。女性の権利主張は勿論、国同士の講和条約を始めとする、あなたが知っている知識全て』

「そ、そりゃあ、そうなるでしょ。まだ信じてはないけれど、この星は地球ではないでしょう?」

 声が震えてしまう。

『現実逃避したくなるのも分かりますが、時には受け入れるという選択肢も必要なのですよ』

 水流に言われなくても重々承知だった。こんなところで現実逃避している場合ではないのだ。水流が出した条件を早くクリアして、この星から脱出し、地球に。日本に帰るのだ。長々とこの星に留まるつもりは一切ない。

 此処は地球ではないのだから、水流の言う現実逃避には打って付けの場所だ。ちゃんとこの星で過ごした時間は巻き戻るというオプションまで付いている。こんな最高のゲームはない。

 例え、この星で過ごした経験が生かされなかったとしても、この星で過ごした経験は後々何処かで必ず役に立つことがあると自己暗示を掛ける。屁理屈の塊だと私自身も思うが、そうでもしていないとアイデンティティが崩れる。
 私が何より恐れているのが、自己の否定なのだから。

「受け入れる選択肢しか私に残されていていないのだから受け入れるわ。王宮の従者? 王様が直接来るんだっけ? 最初は魔法が使えないただのクズでいればいいの? 徐々に使えることが分かるとかまどろっこしいのは抜きにしたいんだよね。さっさと王様の地位を確立させて地球に帰りたいし」

『王様の性格やあなたの身の危険など色々考慮して、魔法が使えないただの一般人設定にするか、初めから魔法が使えるという設定にするか決定した方がいいと思いますよ。ただあなたは全ての魔法が使える、というのだけは忘れないでください。あなたがまだ使えなくても、この星が滅ぶほどの威力を持つ魔法だって使えるんですから。
 魔法は術者の感情に左右されやすいものです。常に冷静沈着に、自分の心に抑制を掛けるように過ごしてください』

「現段階では私が知っている簡単な魔法しか使えないってこと? 私が高度な魔法を覚えたり、星が滅ぶほどの威力の魔法を覚えたら簡単に使えるってことなの?」

『まぁ、そうなります。今のあなたは日常生活を送っているような感覚で魔法が扱えますので、気を付けてくださいね。魔法の起動には言葉――言霊が最大限に活用されます。あなたが邪険に扱ったり、卑下に言葉を発したらどうなるか。想像が出来ますか?』

 ぞわりと、背筋に悪寒が走る。

 自分の中にあった力の存在が恐ろしかった。

 自分は本当にこの力を有効的に、勝手気ままに扱えるのか。
 さっさと帰ると言っておきながら、王様の地位を確立するなんて真似が果たして本当に出来るのか。

『言葉は悪質なモノにもなるし、良質なモノにもなります。自分の言葉には気を付けて発しないと後悔しますので』

 何か含んだ言い方をする水流に疑問を持つ。ここまで忠告するくらいだ。トラウマレベルの出来事を体験した以外考えられなかった。水流について、深く追求するつもりは一切ないので、突っ込まないでおく。

「分かったわよ。常に気を配って行動するわ」

『あ、もう時間ですので。女性の手紙は服のポケットに転送しておきますので、ちゃんと届けてくださいね』

 そうだ、女性の手紙を受け取る前にこちらに来てしまったのだ。

 水流は女性に何と言い訳をするのだろう。水流のことだから口八丁手八丁に上手く言い包めてしまうに違いない。
 引き止める隙も与えずに水流は消えていった。
 草むらに座り込んでいた私は立ち上がって、溜息を吐いてから服に付いた草を手で払った。

 実体像を転送するのが限界なのに手紙はどうやって届けるのか。手紙もまた私を飛ばしたように時空間を操作して転送するのだろうか。そう考えれば、私も簡単に地球に帰還出来る。

 ただ、私自身が時空間の操作をどれほどまで使いこなせるかが問題になってくるが。

 少しだけ魔法を使ってみようかと思い、右手を空中に差し出す。人差し指を木々に向け、燃えろと念じてみた。

 何も起きない。

「あれ? 何も出来ないじゃん。前は念じただけで結構使えたのにな……」

 空中を差していた右手を上に翳す。開いたり、握ったりしてみるが、何の変化も見られない自分の右手。こんな短時間に何かしら変化が起きたら起きたで困るのだが。

 前に魔法を使っていた時とは仕様が異なっているようだ。前はただ念じて、人差し指をさせば自由自在に何でも魔法が扱えたというのに。

 魔法使いらしく、杖を持って呪文らしい言葉を発してみればいいのか。
 水流も言っていたじゃないか。言葉には重々気を付けろと。
 私はもう一度指を木々に向ける。

「燃えろ!」

 身体の奥から熱く何かが沸き上がってくる。肩を伝い、腕を伝い人差し指に何かが到達し、人差し指から火の玉が出た。火の玉は一直線に木々へ向かうと炎を付けた。炎は枝を伝い、葉を燃やす。燃えた葉は地面に落ちて、草むらに延焼していった。

「やばっ! 消さなきゃ!!」

 指を振ると火が消えた。
 木と草が燃え、焦げた匂いが鼻を着く。

「これどうやって元に戻せばいいのかな……って」

 ぽつりと呟いただけで木々は燃える前の光景に戻ってしまった。

 水流が言っていた意味をようやく理解した。

「私が呟いた通りに元に戻るってことなの……」

 考えが正しければ、呟いただけで地球に戻れるかもしれない。一度試してみる価値はあるはずだ。目を閉じて右人差し指を上空に向けた。

「地球に帰還!」

 ピチチと鳥が鳴く音と風が木々を揺らす音しか聞こえない。

 誰か見ていないか気になって、辺りを見渡して見るが誰もいなかった。
 恥ずかしい一言だと羞恥もあったので、いなくてよかった。

 しゃがんで顔を覆う。穴にあったら入りたかった。

 だけど、言ってみたけど何も起こらなかったことが分かった。

「水流が言ってたのってこういうことだったの?」

 身の丈にあった魔法しか使えないと水流は言っていた。
 つまり今の私の魔法レベルだと自分の力で地球に帰れない。
 こうなってはこの世界で地道に魔法レベルを上げて、自力で地球に帰還するしかないのだ。
 此処に来た――勝手に連れてこられたのだからきちんと目的を果たさないと条件として地球に帰れないように水流が細工しているに違いない。目的を達成して、自分の力で何としてでも地球に帰るのだ。この星で人生を終わらせるつもりは一切ない。

 それはともかく。

「仮にも魔法使っちゃったからこれで魔法が使えないと嘘が言えないのか……」

 嘘を吐くのは苦手だった。嘘を吐くとどうしても顔に出てしまうのか、すぐに嘘を吐いていると見抜かれてしまうから。黒歴史の経験からポーカーフェイスを保つのは得意になってきたが、嘘を吐く時だけ崩れてしまうのが難点だ。

「私は魔法が使えない、使えない……」

 水流も言っていたではないか。この世界では言霊が重要だと。

 使えないと自分自身に暗示を掛けてみた。どれが使えて、どの魔法が使えないのか自分自身でも把握しておく必要がある。今は何でも試してみるしかないのだ。

 暗示を掛けたところで、次に魔法が使えるか試してみる。火を出しては燃えてしまった痕跡が残ってしまうため、水を出してみようと、人差し指を前へ向けた。

 水、と念じてみたが。

「出ない。火が出たのはマグレってことでいいのかな……それとも暗示が効いたのかな」

 どちらにしても暗示が効いたとすれば、私にとっては有利だ。

 魔法が使えないと言い逃れの口実が出来たのだし、魔法が使えないと幻滅した王宮関係者が私を見放すだろう。
「だけどさ、使えないと分かった時点で切り捨てる、選択肢もあるんだよね……」

 気付いてしまった、一番考えたくない残虐な結末。

 王宮関係者――決定権は国王にあるだろうから、王が討ち取れと命令すれば私は呆気無く殺されるのだろう。この星で殺されたら、私は一体どうなるのだろうか。いくら水流が高等技術を持った魔法使いであったとしても、人一人の命を復活させるのは困難に近い。精神系統、時間系統と合わせてタブー視しているのが死者の復活だ。倫理道徳に反するものに関する魔法は一切禁じられていた。使った人には多大な罰が与えられると前、魔法少女にさせた人物から聞いている。だが、水流はタブー視されている時間系統の魔法はおろか、同時併用まで行ってみせた。どれくらいの時間まで巻き戻せるのかは定かではないにしても、相当魔法の能力値が高いと証明した。

 そんな水流であったとしても、まだ出会って数時間しか経過していない私を救うためにタブー視している死者の復活の魔法を掛けるとは考えにくかった。
 国王が善人な考えを持っていると期待するしかない。
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