竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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38.竜王妃夫妻は家出中につき

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「お前たちが頑張ってくれててよかったよ。……俺がいなくなっても、街のために頑張ってくれな」

 約束、と俺が小指を突き出すと、親衛隊はオイオイと泣きながら一人ずつ指切りをしていった。
 ジークハルトがあからさまに嫌そうな顔をしているけど、横目で睨んで黙らせる。

「ううう~、リディ隊長……」

「戻ってきてください~」

「寂しいですけど、隊長のために頑張ります……!!!」

「腐ってた俺らを救ってくれて、ありがとうございました」

「あなたは俺たちの永遠の女神です~~~!!!」

 ひとりひとりに激励の言葉をかけながら、最後の握手会もといお別れ会だ。
 みんな別れを惜しんでくれつつも、今後の意欲を見せてくれていてホッとする。
 最初は何人脱落するかと思って始めた制度だったけど、何だかんだ一人も裏切ることなく頑張ってくれたんだよな。そう思うとなんだか込み上げるものがある。

「また寄ったら、顔見せるから。ソーニャから手紙でお前たちの話、聞くぞ。ちゃんとやってなかったら、承知しないからな」

 うるうると熱くなる目頭を抑えて、俺はみんなに言い聞かせるように言う。
 むさ苦しいけど、みんな俺よりずっと年下なんだよな。歳のせいか、慕ってくる年下には弱い。涙腺も年々弱くなっていくなぁ。

「「「隊長~~~!!!!!!」」」

 アイドルの解散ライブのような雰囲気の会場を、俺は大きく腕を振りながら後にした。
 後でソーニャに、あいつらにちょっとした装備でも配ってくれるようにお金を送ろう。更生支援は手厚くしてやらないとな。
 
 最後に一度家に帰って、門をきちんと戸締まりする。
 感動的な別れはしたものの、ここの玄関を転移魔法の地点に登録しておいたから、これからもこの家は使い続けるつもりなんだよな。
 せっかく掃除して整えた家だし、愛着がある。王族が住む家ではないかもしれないけど、ただの冒険者が家族二人と一匹で穏やかに過ごすのにはなんの不足もない。

 ジークハルトは現在俺の注文で家のフローリングを張替え作業中だ。
 冒険の合間にではあるけど、少しずつ完成させていく予定になっている。
 意外にもジークハルトは張り切ってこの家をいい家にすると息巻いていて、木材にもこだわりたいと素材を検討中だ。

「なぁリディ、次の行き先は決めてるか?」

「そうだなぁ……どうしようかな。とりあえず、娘たちにでも会いに行こっか?」

 せっかくの夫婦水入らずの旅だ。まずはずっとご無沙汰になっている娘たちに会いに行こうと、俺は提案する。

「マジか。……まぁでもそうだな、そうしよう。手回しはしておく」

 一瞬考えた様子になったのは、嫌だったのではなく嫁ぎ先への配慮のようだった。こういうところ、意外にちゃんとしているなと思う。
 娘の嫁ぎ先はどこもその国の王家とかそれに準ずるような格式のある家ばかりだから、アポ無しで顔を出した途端に竜王夫妻訪問で大騒ぎになっちゃうんだよな。
 内緒にしてねとお願いするにしても、相手にだって準備が必要だろうし、ジークハルトの背中に乗ってひとっ飛びというわけにもいかないか。

「そうだ!だったら―――まず、ノエルの故郷に行ってみないか?」

「コイツの故郷???…………なるほど、北の大森林か」

 ノエルにはフェンリルの仔という称号がついている。
 俺も曖昧な知識でしかないけど、フェンリルの一族は北の大森林を住処にしていると言われていた。
 どうして無防備な子犬の状態でノエルが道端に転がっていたのかは気になるところだ。
 うちの家族として迎え入れることに変わりはないが、一応実の両親が生きているのかどうかとかは調べておきたい。

「クゥン……」

 ノエルの頼りなげな鳴き声に、俺はよしよしと頭を撫でてやる。
 ジークハルトはもう俺がノエルを構う事に対しては諦めたらしく、何も言ってこない。
 時々自宅では何か知らない間に攻防戦が起きているようではあるけど、お互い本気を出して大暴れはしていないから、二人なりのじゃれつきとでも思っておこう。

「いいんじゃねぇの?大森林なら良い樹も手に入りそうだし、俺とリディの愛の巣に相応しい木材になるだろ」
 
「じゃあ決まりだ!次の行き先は北の大森林!」

 ネモから大森林までは、普通に移動すれば3ヶ月というところだろうか。
 ジークハルトに乗れれば20日で着くだろうが、その間に国を2つ跨がなくてはいけないので、おいそれと自由に空をお散歩という訳にはいかない。
 ドラゴン目撃情報なんか流された日には、討伐隊を組まれたり警戒されたりして、かえって下が騒がしくなってしまう。
 急ぐ旅でもなし、ここはゆっくり歩いていくとしよう。

「こんなにゆっくりできるの、久しぶりだな」

「今まで頑張って来たんだ、これぐらいの休暇は許されるだろ」

 150年だぞ、とジークハルトが言う。俺は『そうだな』と頷いて笑った。
 こんな風にお供も連れずにジークハルトと二人きりで歩くなんて、結婚前でも数えるほどだ。
 なんせ、ジークハルトと出会ってから番になるまで半年とかからなかったから。
 そこからは怒涛の王宮入りと王妃教育、出産、子育てでずっと戦争だった。思えばいろんなことがあったなぁ。150年だもんな。

「俺、よくお前と結婚しようと思ったな」

「えっ、リディ、それは後悔なのか???」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど。今更しみじみと。出会った時はお前、出会い頭に『運命!!!俺の全てを捧げると誓うから、俺と添い遂げてくれ』とか言い始めて、完全にやばいやつだと思ってたのに、いつの間にか番になってもいいって思えたのはなんでだっけなって思って」

「…………あの頃は必死だったんだ。お前と会って、絶対に運命だってすぐにわかったからな」

 あの頃はもうサイラスにずっとストーカーされてて、気が立ってたんだよな。またおんなじようなのが現れたと思った俺は、ジークハルトには警戒して相当塩対応だったはずだ。
 それでも諦めずに、俺のことを思って色々してくれるジークハルトに絆されて、愛されてるのを実感したんだよな。
 そう思うと、今更ながらあのサイラスもキューピッドと言えなくもない。あんまり感謝はしたくないけど。

「俺、相当塩対応だっただろ?嫌になんねぇの?」

「全然。リディを嫌だと思ったことなんか、一度もないね。リディはいつでも、どんなリディでも俺の愛する人だから」

 惜しげなくジークハルトが愛の言葉を浴びせかける。
 そうだ、こういうやつだった。いや、王宮でもずっとこうだったけど、何せ人の目があるからさ。仕事もあるし、触れ合う時間も減ってた。
 人前でイチャイチャするのは、俺の白百合の仮面にヒビが入るからって、子供ができた時に控えるように言ったんだっけ。
 それでいて、自分発信のくせにいつの間にか愛を疑ったりするようになっていたんだから、俺も勝手だ。

「……俺も、ジークのこと愛してるよ」

 歩きながら、チュッとジークハルトの頬に口づける。周りには俺たち以外誰もいない。
 ジークハルトは嬉しそうに目元を緩めて、俺を掻き抱きながら何度も短いキスを降らせた。
 路チューとか、ほんと何歳なんだよ、俺たちは。

 だけど、こうして旅をしている間は、俺たちはただのリディエールとジークハルトでいられる。
 きっといつかは王宮に帰って、正式に王位を譲ったりの手続きがあるだろうけど、それまではずっと二人きりだ。
 そして、その後もきっと俺たちは二人きりで外を飛び出して行くに違いない。
 護衛?お付き??そんなのは要らないよ。
 
 

 だって俺たちは、その時もきっと二人で家出中だから。



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 本編はここで完結になります。
 来月あたりに大森林訪問編とか短編をちょこちょこと上げていく予定です。
 もしよろしければ続けてお付き合いいただければと思います。
 読んでくださってありがとうございました。
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