竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

文字の大きさ
上 下
32 / 38

32.常識はずれ

しおりを挟む
 ソーニャの指にはめられた魔導具が光る。黒い触手が無数に飛び出して、あっという間に全身を拘束された。
 気付いたと同時に剣を抜いて斬ろうとしたが、叶わない。いつもは瞬時に抜ける流星剣が、鞘ら1ミリたりとも動かなかったのだ。
 その一瞬の隙で、俺を絡め取るには充分すぎる時間だったのだろう。


「ダメだよリディエール、あんなわかりやすい手じゃあ」

 ソーニャの姿が闇に溶けて、その下からは心から嬉しそうな顔をしたサイラスが姿を現した。
 くそ、いつから入れ替わってたんだ。というか、何故こんなことが可能になる???ワープの暗号もそうだし、そもそもここはボス部屋なのだ。パーティー登録しないと絶対に入ってこれない場所なのに。

「ふふふ、なんでオレが入ってこれるのかって顔してるね。それはねー、じゃじゃーん、これでーす!♪」

 サイラスは誇らしげに俺の目の前に2つのものを差し出した。
 それは、サイラスの冒険者カードと――――白くてたおやかな右手首までの右手だった。塗ってある緑のマニキュアが誰のものかなんて。

「みてみて、この手でさぁ、魔力をちょっとアイツに似せて……サラサラ~!!!」

 サイラスの冒険者カードがどんどん書き換えられていく。ソーニャのギルド長としての能力。
 これを使って、コイツは勝手に俺とパーティー登録を組んだのだ。

「凄いデショ!?アイツの手なんてゲーって感じだけど、超便利だよね♪」

「な……んで……」

 ソーニャはけしてコイツに遅れを取ったりなんかしないはずだ。再生中だったサイラスが先に動いてたソーニャに追いつくなんてことはないはずなのに。

「秘密~って言いたいとこだけど、リディエールだからね。二人共さぁ、寄ってたかって一途な俺をいじめてくれたじゃない???その度に俺は再生してたけど、位置を把握して集合できるのって何も肉だけじゃないんだよね」

「まさか……」

「そ♪二人の服に飛び散ってる血だって、俺にとっては自分の一部なんだよ。だから二人の場所なんかすぐわかった。適当なワープに飛んでさ、リディの顔してソーニャに『道忘れちゃった~』って言ったら、すぐに信じたよ。不意を突かれるとどんな高レベでも簡単だよねぇ」

 ポタ、ポタと白い手首から赤い血が滴る。その姿はどこか現実感がなかった。
 俺だってSランクの冒険者だ。今まで何度もおぞましい光景だって見てきたし、さっきまでコイツをなんども切り刻みだってした。
 それを思えばこいつからしたらこんなことなんて『ちょっと手首を借りた』ぐらいの気持ちなんだろうし、きっと昔タッドの指やエミーリアの目を取った時もそんな感じだったんだろう。
 わかってた。こいつには人のこころがないってことも。俺がどんなことで苦しんで、どんなことで喜ぶかもわからないってことも。
 だから―――――こんなことぐらいで、俺が傷つくっていうことも、きっとわからないんだ。



「……………かえせ」

「ん?なーにリディ」

「ソーニャの手、返してくれ………アイツ、今どうしてるんだ?その手を戻して、ソーニャを助けろ」

 明らかに無茶な要求をする俺に、サイラスは唇を尖らせて不満げな顔をする。

「えー、やだよ。そんなことしたらメチャクチャ反撃されるもん」

 当然の反応だ。だけど、これ以外もう方法がない。
 きっとソーニャはちょっとやそっとでは目を覚まさないようにされているだろう。
 手首を失った状態で放置されていたら、失血死してしまうかもしれない。

 悔しい、絶対に折れたくない。
 だけど、今他に方法が思いつかないんだ。
 例えどんな目に遭おうと、いつも俺を心配して助けてくれるソーニャを見捨てるなんて出来ない。
 

「そしたら!!!!!!!!!!!!!…………言う通りにしてくれたら、俺はお前と一緒に行ってもいい」

 
 それは悪魔との契約。
 サイラスは嬉々として手のひらを返し、あっさりと条件を呑んだ。
 ソーニャは異空間に詰め込まれていたらしく、ズルズルとサイラスに引きずり出されてくる。
 サイラスは何やらソーニャに仕掛けを施して、その後で右手をくっつけた。恐らくすぐには目を覚まさないようにと、万一の時に反撃されないようにしたのだろう。

 ソーニャは大量の血を失って青褪めた顔をしていたが、何とか命はあるようだ。
 
「さて、じゃあ行こうかリディエール。ちょっとの間、我慢してねぇ」

 どうやら奴の異空間に入れて運ばれていくようだ。
 その異空間はまるで工房のようで、無数の実験動物が鳴きもせずに檻に収まっている。もしかしたら、サイラスに懐いているのかもしれない。優しく大事に飼育しているのだ。いつか魂を吸う日のために。



(ジーク………お前、ほんと遅いよ。こんなとこじゃ、いくらお前だって迎えにこれねぇじゃん)


 もう二度と誰にも会えないかもと思って浮かんだのは、ジークのことだった。
 あいつ、今どこにいんのかな。もう俺がこの街にいたことぐらいわかったかな。
 でも、流石のあいつだって、異空間までは追いかけてこれない。だって、俺がアイツを撒く時にその方法をする使ったから。



「ジーク……俺のこと、がっかりさせんなよ………!」


 絞り出すように呟くと、不思議な感覚がした。



(まただ。リンクしてる。チューニングが―――――)


 そう思うと同時に、グラグラと視界が揺れた。
 そして、臓腑が震えるほどの爆音と共に、ボス部屋の重厚な扉が弾け飛ぶ。
 常人では破壊することなど不可能なはずのダンジョンを、その力は常識という概念ごと破壊し尽くしていく。
 こんな笑っちゃうぐらいやばいやつ、俺は一人しか知らない。



「待たせた、リディ!!!!!!!!!―――――――――遅れて悪ぃ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

処理中です...