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25.竜王妃はお忍び中

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「―――それで、お前を頼ってやってきたわけ」

「完膚なきまでに潰すしかありませんな」

 夕餉の席でワインを傾けながら、ようやっと今回の目的を告げた俺に、エルマンは即断した。
 お、おう……。頼もしくはあるのだが、そこまで間髪入れずに断言されると、ちょっとびっくりするよ。
 孫の頼もしすぎる成長にほんのちょっぴりだけ引いている俺に追い打ちをかけるように、エルマンのお嫁さんのディアンヌちゃんが畳み掛ける。

「当然の報いね!尊き身である竜王妃様のお命を狙った輩の仲間を捕らえられなかったばかりか、御自ら街の平和のために尽力された竜王妃様の御心を踏みにじって虚仮にするとは、100度首を刎ねても飽き足らない破廉恥。一族郎党を捕らえて、衛兵共々首を城壁に飾りましょう」

 ヒエッ、ディアンヌちゃん過激!いけません、お孫ちゃんの前だよ!
 ちらりとアレクシアちゃんをチラ見したら、アレクシアちゃんはノエルと戯れるのに夢中で聞いてないみたいだった。よかった。自分の母親が虐殺宣言してたら怖すぎる。
 アレクシアちゃんは、エルマンとディエンヌちゃんの娘のエレーヌと、そのお婿さんのクラウスの子で、まだ3つの小さなレディだ。
 俺からすると……孫の孫だから……もうわかんない!

「ディエンヌ、子供の前でいけませんよ。それに、私のことは竜王妃ではなくリディエールと呼びなさい」

「そ、そんな恐れ多い……!!!!」

 恐縮するディエンヌちゃんにニッコリ笑顔を向けると、ディエンヌちゃんは感涙してむせび泣いていた。
 ディエンヌちゃんは結婚式の時に一度会ったきりだけど、もの凄く歓迎してくれた。屋敷に到着したら、使用人一同総並びで『ようこそおいでくださいました!!』と叫ばれた時にはヒエッとなったもん。
 まぁ、そういうのは身分上よくあることではあるんだけど、綺麗なお化粧が流れる勢いで滂沱の涙を流されて、『まさか今生でもう一度お会いできるとは至福の極みです』と足元に蹲られたのは流石に震えた。女の子が地べたに這いつくばるとか、ダメだから……!!!!
 もうこの時点で、お屋敷でも竜王妃の仮面を外せないのは確定だ。こんな全力で慕ってくれてる子の夢をぶち壊すなんて、絶対できない。ていうか、幻滅されたら俺の心が死ぬ。
 ノエルも尊きお犬様として招き入れられ、庭を抱っこしているのは好きなだけ駆けずり回った上、アレクシアちゃんと仲良く戯れていた。癒やしでしかない。
 
「母上の言葉は確かに少々過激ではありますが、許しがたい暴挙であることは変わりありません。まさか今のネモの衛兵組織がそこまで堕落しているとは………早急に何か手を打たねばなりませんね」

「そうね、リディエール様達が捕らえてくださった罪人たちも、早急に然るべきところに移送しなければいけません。万一牢を破って一度に脱走するようなことになると危険です」

 クラウスとエレーヌの言葉に、大人連中は全員揃って頷きあう。
 これ以上勝手なことをされないよう、牢にはソーニャが魔術を掛けて脱獄を防ぐようにはしてきたけど、食事の配膳なんかもあるから万全じゃない。
 一応詰め所の周りを見張るように治安部隊と正規のギルド職員に指示してあるが、もしものことがあったら対処できるかは怪しい。

「末端が腐るのには、相応の理由があります。手綱を握り指導するべき機関が機能していないということですからね。ネモの領主は至って普通、悪く言えば凡庸な人物でしたが、ダンジョンの出現によって変わってしまった可能性も否定できません。今人を走らせて調べさせていますから、詳細が分かり次第手を打ちましょう。詰め所の罪人どもは、砦の地下牢に移送します。なに、文句は言わせませんよ」

 なにか相当ストレスの溜まることでもあったのか、エルマンが据わった目でクックッと笑う。
 やっぱり国防を担うのって大変なんだろうな。
 明日はエルマンのお仕事を手伝ってあげよう。一宿一飯の恩、働かざるもの食うべからずだ。
 俺は勝手に自分の中でそう決めて、身内と水入らずの食事を楽しんだ。


 ※※※


「調査の結果が出るまで、なにか手伝おうと思うんだけど」

 
 翌朝、俺は焼き立てパリパリのクロワッサンをお行儀よく口に運びながらエルマンに言った。
 突撃訪問で迷惑を掛けた上、お掃除のお手伝い……というか、もうほぼ委託レベルでやってもらっちゃうことになりそうなんだから、お礼ぐらいしないと申し訳ない。
 謙虚なエルマンは頑なに固辞しているけど、甘えっぱなしじゃ俺の気が済まないし。
 
「これでも結構色々できるし、遠慮なく言ってほしいな」

 久しぶりに会った孫にいいとこを見せたくて、俺はニコッと笑って言った。

「いえ、本当に、恐れ多いですので!むしろお礼とお詫びをしなければならないのはこちらです。お祖母様には、御心安らかに、心ゆくまで屋敷で過ごしていただければ。お祖母様のお見えとなければ、すぐに母上も飛んで帰りましょう」

 あっ、それは困る。
 俺は言おうかどうか迷ったが、言わないと居所が即刻ジークハルトの耳に入ってしまう。
 ジークハルトが来るのを待ってはいるけど、俺はジークに自分で探して見つけてほしいわけで、居所がバレて連れ戻されるのはイヤなのだ。
 浮気され王妃の心中は複雑である。

「それなんだけど、私がここに来ていることは内密にしてほしい。……ここには、お忍びで来ているから」

「ああ、なるほど。しかし、あのお祖父様がよくお祖母様お一人で出掛けることを許しましたな」

 年を取って丸くなられたのかと納得しているエルマンに、ソーニャが小さく肩を竦めた。わかってないな、こいつって感じか。

「エルマン様はそうお思いになりますか?あの竜王ですよ。まぁ、竜王妃様のお話では浮気をなさったとのことですからね、もしかしたらそういうこともあり得なくはないかもしれないですが」

「う…………」

「浮、気…………????」

 ぴしり、と食堂の空気が凍りつく。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったとでもいうように皆言葉に詰まり、気まずい空気が流れた。

「そう。だから、飛び出してやった」

「飛び出して……お一人で……竜王に無断で……」

「浮気して禄に説明もしない伴侶の側になんていたくないから」

 あんな、俺以外の男の肩を抱いて、熱く見つめ合ったりして……。
 俺があの場に居合わせなきゃ口付けのひとつもしていい雰囲気なってたんじゃないか?
 浮気相手のことだって、妙に庇って部屋の外に逃がしていたし、そんなことより俺にきちんと説明するほうが先じゃないのか。
 思い出すと薄れかけていた怒りが沸々と湧いて来た。
 ジークハルトのことは愛しているけど、それだけに怒りは根深い。

「リ、リディエール様から暗黒のオーラが……!!!」

「落ち着いてくださいお祖母様!」

 はっ、いけないいけない。つい威圧のオーラを出してしまった。
 俺は慌ててオーラをひっこめると、気を取り直して甘いカフェオレに口をつける。

「そんなわけだから、私の存在は内密にしてほしい。いいね?」

「し……承知しました……」

 竜王妃に『いいね?』と言われて逆らえるはずもない。
 パワハラでゴメンだけど、こればかりは譲れないから許してほしい。
 かわりに、俺ができることは何でもするからさ。


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