上 下
24 / 38

24.ちいさなおばあさま

しおりを挟む
「お祖母様……!!!!?こ、このたおやかな女性がですか!!?」

 上官の衝撃発言に、周囲の騎士と兵士がざわつく。
 エルマンが40代であるのに比べて、目の前の女性はどう見ても20代にしか見えない。下手をすればもっと若く見えるほどだ。

「リディは女性ではありませんよ」

「女性ではないッ!?」

 そんなバカな、女性ではないということは、この女神もかくやという美貌の持ち主が男だとでも言うのか。
 しかし、確かにエルマンは眼前の人物を『お祖母様』と呼んだ。お祖母様というのは女性ではないのたろうか。
 軽くパニックを引き起こしている部下たちを放置して、エルマンは俺の手を取ってエスコートした。

「このような場所でお待たせし、申し訳ありませんでした。さあ、早く中へ」

「いいのいいの、俺がいきなり来たんだから。エルマンは相変わらず真面目でいい子だね」

「い、いい子はやめてくだされ……!!!私はこれでももう43ですぞ……!!!」

 既に孫もいる身で『いい子』と評され、エルマンは耳まで赤くなった。
 そういう生真面目で照れ屋なところが、またかわいいと俺はニコニコする。

 エルマンは俺を応接室に通すと、お茶の準備を急がせた。
 ソーニャの来訪を知らされて予め準備していたらしく、お菓子は既にセッティングされている。
 美味しそうなバターケーキやクッキー、チョコレートを見ると、すぐにでも手を伸ばしたくなるが、お茶が来る前にお菓子に手を付けるのはお行儀が悪い。
 俺が孫に教えたことを、目の前で破るわけにはいかないからな。

「それで、今日は一体どのようなご用事でお見えになったのです?」

 お茶が注がれて、喉を潤した俺がジャムの塗られたケーキを頬張るのを見ながら、エルマンが尋ねた。
 俺は口の中のケーキをもぐもぐと咀嚼すると、飲み込んでお茶で口を洗い流してから答える。

「話すと長くなるんだけど……あ、半分は可愛い孫の顔を久々に見に来たんだよ。お前の子供のエレーヌが子供を産んだって聞いたし。ブリギッテにも会いたかったし」

「ブリギッテ母上は王都にいらっしゃいます。……まさか、本当にただ顔を見に?」

 訝しげな顔をする孫に、俺はぷうと口を膨らませて拗ねる。
 そりゃあ久しぶりのアポ無し訪問だけど、用がないと来ちゃいけないみたいな言い方しなくてもよくね?
 いくつになっても親にとっては子は子、祖母にとっては孫は孫なんだしさぁ。ちょっとくらい再会を喜んでくれたっていいのに。

「用がないと来ちゃダメとか、傷つくなー。もしかして、迷惑だった?」

「いっ、いえっ!まさかそのような!相変わらずお美しいお祖母様にお会いできて感動の極みです!」

「ほんとぉ?」

 あ、ダメだ。俺これは悪いおばあちゃんだ。目上の身内のアポ無し訪問とか、やっちゃダメなやつだからね。
 エルマンは手配を命じる側だからまだいいけど、お嫁さんのディアンヌちゃんに嫌われちゃう。お姑さんでも困るのに、更にその上の義祖母なんかが来たら、準備とか困っちゃうよな。
 なんてことだ。頭に血が上ってたのか、そんな事にも気付かなかったなんて。反省しないといけない。

 無意識に孫の嫁イビリをしてしまうところだった……。
 しかも相手の都合を無視して歓迎されていないことを僻むなんて、お年寄りが一番やっちゃいけないやつだ。

「ごめんね、エルマン!用が済んだらすぐ帰るからね……」

「はっ?」

 急にしょんぼりしてしまった俺を見て、エルマンが慌てる。
 かわいい孫は凹んでいる祖母を哀れんでくれたのか、しきりに菓子を勧めて励ましてくれた。
 今日のところはもう遅いからと屋敷に招いてくれ、孫のアレクシアの顔を見せてくれるという。

「でも、急に行ったらディアンヌちゃんが困る……」

「あれは母上に似てそのようなことを気にする女ではありません!むしろ死ぬ前にもう一度リディエール様にお会いしたいと日がな言っております!ディアンヌは元竜王姫の母上の娘になるために私と婚姻したような女です」

 なにそれ、初耳なんだけど。それは喜んでいいのか悲しんでいいのか、おばあちゃん複雑だよ。
 

 ※※※


 砦の人間にとって、応接間の様子は一種異様な光景であった。
 普段厳格な将軍が、若い娘の機嫌を必死で取ろうとしているのだ。
 お祖母様と呼ばれた娘は将軍の詰問をものともせず、マイペースにお茶を飲み、菓子を頬張っている。
 挙げ句、歓迎されていないと子供のように拗ねていた。

 5歳の孫にさえきちんとした躾をする将軍が、相手の一挙一動に振り回され、追随する姿など幻と言われてもおかしくない。
 しかし、現実に娘は存在するし、しまいには『いい子』と将軍の頭を撫でてたりしていた。
 
「ソーニャ様……一体あの方は、何者なんですか?」

 恐る恐る尋ねる騎士は、元々ネモの冒険者で、よくソーニャの個人的な依頼を受けてくれた者だった。
 ソーニャはエルマンの威厳が揺らぐことの無いよう、真実を答えてやる。
 騎士は忠誠に厚い。この場に同席することを許されたものならば、安易に言いふらすこともないだろう。

「エルマンが言ったままですよ。エルマンが竜王の娘であるブリギッテ様の血を引いていることは知っていますね?」

「は、はあ……それは、有名な話ですから」

「あそこにいる美人は、そのブリギッテ様の母親。150年前に竜王ジークハルトに嫁いだ、正真正銘の竜王妃ですよ」

 それを聞いた騎士は、今度こそ絶句した。

 ――――150年前、エルフィン王国の一人の冒険者が竜王ジークハルトに望まれて番となり、天空へ上って竜王妃になりました。うつくしく心優しい竜王妃は竜王の心を宥め、地に平和をもたらし続けているのです。めでたし、めでたし。

 それは自分が子供の頃に、父親が『自分が子供の頃に読み聞かせてもらった』と言って読んでくれたおとぎ話だ。
 そのおとぎ話のお姫様が、まさか今目の前にいるなど、現実とは思われない。

「あなたも辺境を守る騎士ならわかるでしょう。アルディオンが平穏を望んでいるのは、竜王妃のため。竜王妃の顔が曇れば雲は雷を落とし、涙を流せば大雨が降る。将軍が必死になってリディの機嫌を取る理由がわかりましたか?」

 コクコク、と騎士は何度も頷く。
 眼前では銀髪の美人が甘いものが大の苦手なはずの将軍に、クリームたっぷりのプチタルトを手づから食べさせようとしている。

「はい、あーん。エルマンはクリームタルト、好きだったもんな」

 それは、一体幾つだった時の話なのだろうか。
 大人しく口を開けて祖母の甘やかしに耐える姿には、苦悩の影が見える。将軍は戦っているのだ。


(ご立派です……!!!将軍………!!!!!)

 
 辺境を任される勇猛な将軍は、このエルフィン王国の平和のため、尊き人柱と化していた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...