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24.ちいさなおばあさま
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「お祖母様……!!!!?こ、このたおやかな女性がですか!!?」
上官の衝撃発言に、周囲の騎士と兵士がざわつく。
エルマンが40代であるのに比べて、目の前の女性はどう見ても20代にしか見えない。下手をすればもっと若く見えるほどだ。
「リディは女性ではありませんよ」
「女性ではないッ!?」
そんなバカな、女性ではないということは、この女神もかくやという美貌の持ち主が男だとでも言うのか。
しかし、確かにエルマンは眼前の人物を『お祖母様』と呼んだ。お祖母様というのは女性ではないのたろうか。
軽くパニックを引き起こしている部下たちを放置して、エルマンは俺の手を取ってエスコートした。
「このような場所でお待たせし、申し訳ありませんでした。さあ、早く中へ」
「いいのいいの、俺がいきなり来たんだから。エルマンは相変わらず真面目でいい子だね」
「い、いい子はやめてくだされ……!!!私はこれでももう43ですぞ……!!!」
既に孫もいる身で『いい子』と評され、エルマンは耳まで赤くなった。
そういう生真面目で照れ屋なところが、またかわいいと俺はニコニコする。
エルマンは俺を応接室に通すと、お茶の準備を急がせた。
ソーニャの来訪を知らされて予め準備していたらしく、お菓子は既にセッティングされている。
美味しそうなバターケーキやクッキー、チョコレートを見ると、すぐにでも手を伸ばしたくなるが、お茶が来る前にお菓子に手を付けるのはお行儀が悪い。
俺が孫に教えたことを、目の前で破るわけにはいかないからな。
「それで、今日は一体どのようなご用事でお見えになったのです?」
お茶が注がれて、喉を潤した俺がジャムの塗られたケーキを頬張るのを見ながら、エルマンが尋ねた。
俺は口の中のケーキをもぐもぐと咀嚼すると、飲み込んでお茶で口を洗い流してから答える。
「話すと長くなるんだけど……あ、半分は可愛い孫の顔を久々に見に来たんだよ。お前の子供のエレーヌが子供を産んだって聞いたし。ブリギッテにも会いたかったし」
「ブリギッテ母上は王都にいらっしゃいます。……まさか、本当にただ顔を見に?」
訝しげな顔をする孫に、俺はぷうと口を膨らませて拗ねる。
そりゃあ久しぶりのアポ無し訪問だけど、用がないと来ちゃいけないみたいな言い方しなくてもよくね?
いくつになっても親にとっては子は子、祖母にとっては孫は孫なんだしさぁ。ちょっとくらい再会を喜んでくれたっていいのに。
「用がないと来ちゃダメとか、傷つくなー。もしかして、迷惑だった?」
「いっ、いえっ!まさかそのような!相変わらずお美しいお祖母様にお会いできて感動の極みです!」
「ほんとぉ?」
あ、ダメだ。俺これは悪いおばあちゃんだ。目上の身内のアポ無し訪問とか、やっちゃダメなやつだからね。
エルマンは手配を命じる側だからまだいいけど、お嫁さんのディアンヌちゃんに嫌われちゃう。お姑さんでも困るのに、更にその上の義祖母なんかが来たら、準備とか困っちゃうよな。
なんてことだ。頭に血が上ってたのか、そんな事にも気付かなかったなんて。反省しないといけない。
無意識に孫の嫁イビリをしてしまうところだった……。
しかも相手の都合を無視して歓迎されていないことを僻むなんて、お年寄りが一番やっちゃいけないやつだ。
「ごめんね、エルマン!用が済んだらすぐ帰るからね……」
「はっ?」
急にしょんぼりしてしまった俺を見て、エルマンが慌てる。
かわいい孫は凹んでいる祖母を哀れんでくれたのか、しきりに菓子を勧めて励ましてくれた。
今日のところはもう遅いからと屋敷に招いてくれ、孫のアレクシアの顔を見せてくれるという。
「でも、急に行ったらディアンヌちゃんが困る……」
「あれは母上に似てそのようなことを気にする女ではありません!むしろ死ぬ前にもう一度リディエール様にお会いしたいと日がな言っております!ディアンヌは元竜王姫の母上の娘になるために私と婚姻したような女です」
なにそれ、初耳なんだけど。それは喜んでいいのか悲しんでいいのか、おばあちゃん複雑だよ。
※※※
砦の人間にとって、応接間の様子は一種異様な光景であった。
普段厳格な将軍が、若い娘の機嫌を必死で取ろうとしているのだ。
お祖母様と呼ばれた娘は将軍の詰問をものともせず、マイペースにお茶を飲み、菓子を頬張っている。
挙げ句、歓迎されていないと子供のように拗ねていた。
5歳の孫にさえきちんとした躾をする将軍が、相手の一挙一動に振り回され、追随する姿など幻と言われてもおかしくない。
しかし、現実に娘は存在するし、しまいには『いい子』と将軍の頭を撫でてたりしていた。
「ソーニャ様……一体あの方は、何者なんですか?」
恐る恐る尋ねる騎士は、元々ネモの冒険者で、よくソーニャの個人的な依頼を受けてくれた者だった。
ソーニャはエルマンの威厳が揺らぐことの無いよう、真実を答えてやる。
騎士は忠誠に厚い。この場に同席することを許されたものならば、安易に言いふらすこともないだろう。
「エルマンが言ったままですよ。エルマンが竜王の娘であるブリギッテ様の血を引いていることは知っていますね?」
「は、はあ……それは、有名な話ですから」
「あそこにいる美人は、そのブリギッテ様の母親。150年前に竜王ジークハルトに嫁いだ、正真正銘の竜王妃ですよ」
それを聞いた騎士は、今度こそ絶句した。
――――150年前、エルフィン王国の一人の冒険者が竜王ジークハルトに望まれて番となり、天空へ上って竜王妃になりました。うつくしく心優しい竜王妃は竜王の心を宥め、地に平和をもたらし続けているのです。めでたし、めでたし。
それは自分が子供の頃に、父親が『自分が子供の頃に読み聞かせてもらった』と言って読んでくれたおとぎ話だ。
そのおとぎ話のお姫様が、まさか今目の前にいるなど、現実とは思われない。
「あなたも辺境を守る騎士ならわかるでしょう。アルディオンが平穏を望んでいるのは、竜王妃のため。竜王妃の顔が曇れば雲は雷を落とし、涙を流せば大雨が降る。将軍が必死になってリディの機嫌を取る理由がわかりましたか?」
コクコク、と騎士は何度も頷く。
眼前では銀髪の美人が甘いものが大の苦手なはずの将軍に、クリームたっぷりのプチタルトを手づから食べさせようとしている。
「はい、あーん。エルマンはクリームタルト、好きだったもんな」
それは、一体幾つだった時の話なのだろうか。
大人しく口を開けて祖母の甘やかしに耐える姿には、苦悩の影が見える。将軍は戦っているのだ。
(ご立派です……!!!将軍………!!!!!)
辺境を任される勇猛な将軍は、このエルフィン王国の平和のため、尊き人柱と化していた。
上官の衝撃発言に、周囲の騎士と兵士がざわつく。
エルマンが40代であるのに比べて、目の前の女性はどう見ても20代にしか見えない。下手をすればもっと若く見えるほどだ。
「リディは女性ではありませんよ」
「女性ではないッ!?」
そんなバカな、女性ではないということは、この女神もかくやという美貌の持ち主が男だとでも言うのか。
しかし、確かにエルマンは眼前の人物を『お祖母様』と呼んだ。お祖母様というのは女性ではないのたろうか。
軽くパニックを引き起こしている部下たちを放置して、エルマンは俺の手を取ってエスコートした。
「このような場所でお待たせし、申し訳ありませんでした。さあ、早く中へ」
「いいのいいの、俺がいきなり来たんだから。エルマンは相変わらず真面目でいい子だね」
「い、いい子はやめてくだされ……!!!私はこれでももう43ですぞ……!!!」
既に孫もいる身で『いい子』と評され、エルマンは耳まで赤くなった。
そういう生真面目で照れ屋なところが、またかわいいと俺はニコニコする。
エルマンは俺を応接室に通すと、お茶の準備を急がせた。
ソーニャの来訪を知らされて予め準備していたらしく、お菓子は既にセッティングされている。
美味しそうなバターケーキやクッキー、チョコレートを見ると、すぐにでも手を伸ばしたくなるが、お茶が来る前にお菓子に手を付けるのはお行儀が悪い。
俺が孫に教えたことを、目の前で破るわけにはいかないからな。
「それで、今日は一体どのようなご用事でお見えになったのです?」
お茶が注がれて、喉を潤した俺がジャムの塗られたケーキを頬張るのを見ながら、エルマンが尋ねた。
俺は口の中のケーキをもぐもぐと咀嚼すると、飲み込んでお茶で口を洗い流してから答える。
「話すと長くなるんだけど……あ、半分は可愛い孫の顔を久々に見に来たんだよ。お前の子供のエレーヌが子供を産んだって聞いたし。ブリギッテにも会いたかったし」
「ブリギッテ母上は王都にいらっしゃいます。……まさか、本当にただ顔を見に?」
訝しげな顔をする孫に、俺はぷうと口を膨らませて拗ねる。
そりゃあ久しぶりのアポ無し訪問だけど、用がないと来ちゃいけないみたいな言い方しなくてもよくね?
いくつになっても親にとっては子は子、祖母にとっては孫は孫なんだしさぁ。ちょっとくらい再会を喜んでくれたっていいのに。
「用がないと来ちゃダメとか、傷つくなー。もしかして、迷惑だった?」
「いっ、いえっ!まさかそのような!相変わらずお美しいお祖母様にお会いできて感動の極みです!」
「ほんとぉ?」
あ、ダメだ。俺これは悪いおばあちゃんだ。目上の身内のアポ無し訪問とか、やっちゃダメなやつだからね。
エルマンは手配を命じる側だからまだいいけど、お嫁さんのディアンヌちゃんに嫌われちゃう。お姑さんでも困るのに、更にその上の義祖母なんかが来たら、準備とか困っちゃうよな。
なんてことだ。頭に血が上ってたのか、そんな事にも気付かなかったなんて。反省しないといけない。
無意識に孫の嫁イビリをしてしまうところだった……。
しかも相手の都合を無視して歓迎されていないことを僻むなんて、お年寄りが一番やっちゃいけないやつだ。
「ごめんね、エルマン!用が済んだらすぐ帰るからね……」
「はっ?」
急にしょんぼりしてしまった俺を見て、エルマンが慌てる。
かわいい孫は凹んでいる祖母を哀れんでくれたのか、しきりに菓子を勧めて励ましてくれた。
今日のところはもう遅いからと屋敷に招いてくれ、孫のアレクシアの顔を見せてくれるという。
「でも、急に行ったらディアンヌちゃんが困る……」
「あれは母上に似てそのようなことを気にする女ではありません!むしろ死ぬ前にもう一度リディエール様にお会いしたいと日がな言っております!ディアンヌは元竜王姫の母上の娘になるために私と婚姻したような女です」
なにそれ、初耳なんだけど。それは喜んでいいのか悲しんでいいのか、おばあちゃん複雑だよ。
※※※
砦の人間にとって、応接間の様子は一種異様な光景であった。
普段厳格な将軍が、若い娘の機嫌を必死で取ろうとしているのだ。
お祖母様と呼ばれた娘は将軍の詰問をものともせず、マイペースにお茶を飲み、菓子を頬張っている。
挙げ句、歓迎されていないと子供のように拗ねていた。
5歳の孫にさえきちんとした躾をする将軍が、相手の一挙一動に振り回され、追随する姿など幻と言われてもおかしくない。
しかし、現実に娘は存在するし、しまいには『いい子』と将軍の頭を撫でてたりしていた。
「ソーニャ様……一体あの方は、何者なんですか?」
恐る恐る尋ねる騎士は、元々ネモの冒険者で、よくソーニャの個人的な依頼を受けてくれた者だった。
ソーニャはエルマンの威厳が揺らぐことの無いよう、真実を答えてやる。
騎士は忠誠に厚い。この場に同席することを許されたものならば、安易に言いふらすこともないだろう。
「エルマンが言ったままですよ。エルマンが竜王の娘であるブリギッテ様の血を引いていることは知っていますね?」
「は、はあ……それは、有名な話ですから」
「あそこにいる美人は、そのブリギッテ様の母親。150年前に竜王ジークハルトに嫁いだ、正真正銘の竜王妃ですよ」
それを聞いた騎士は、今度こそ絶句した。
――――150年前、エルフィン王国の一人の冒険者が竜王ジークハルトに望まれて番となり、天空へ上って竜王妃になりました。うつくしく心優しい竜王妃は竜王の心を宥め、地に平和をもたらし続けているのです。めでたし、めでたし。
それは自分が子供の頃に、父親が『自分が子供の頃に読み聞かせてもらった』と言って読んでくれたおとぎ話だ。
そのおとぎ話のお姫様が、まさか今目の前にいるなど、現実とは思われない。
「あなたも辺境を守る騎士ならわかるでしょう。アルディオンが平穏を望んでいるのは、竜王妃のため。竜王妃の顔が曇れば雲は雷を落とし、涙を流せば大雨が降る。将軍が必死になってリディの機嫌を取る理由がわかりましたか?」
コクコク、と騎士は何度も頷く。
眼前では銀髪の美人が甘いものが大の苦手なはずの将軍に、クリームたっぷりのプチタルトを手づから食べさせようとしている。
「はい、あーん。エルマンはクリームタルト、好きだったもんな」
それは、一体幾つだった時の話なのだろうか。
大人しく口を開けて祖母の甘やかしに耐える姿には、苦悩の影が見える。将軍は戦っているのだ。
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