竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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23.掃除はねこそぎ

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「一体どういうことなんですか!いくら牢に入らないからと言って、犯罪者を解放するなんて!」

 憤慨して抗議するソーニャに、詰め所の責任者は目をそらしながら答える。

「いやね、私だって困ったなと思っとるんですよ。私が許可したわけじゃなくてですね、勝手に見張りのやつが」

「だったら、その見張りを連れてきてください!」

「それはいいですが、あの状態の牢屋でいつまで誰がいて、いつから居なくなったかなんかわからんと思いますがねぇ」

 ふてぶてしい態度を崩さずのらりくらりと言い訳を重ねているオッサンを見て、俺はその場で大暴れしたくなったが、心の中で奇数を数えて怒りをやり過ごした。
 大丈夫だよ、昔ならいざ知らず、狸との付き合い方ならかなり訓練させられたから。
 竜王妃になったばかりの時だって、そりゃあもうパーティーやお茶会で嫌味の嵐。何度切れそうになったかわかりゃしない。
 今更リディさんはこんなことで切れたりはしないのだよ。

「ソーニャ、帰ろう」

「ええっ!?…………わかりました。今こうしていてもどうにもなりませんものね」

 俺とソーニャは一旦その日は詰め所を後にした。
 だけど、勿論諦めたりなんかしていない。むしろ、あのオッサンは許しを請う最後のチャンスを自分から棒に振ったのだ。
 犯罪者に便宜を図る衛兵なんぞ、犯罪者の仲間に等しい。一緒に地獄に落ちてもらうより他ない。
 
「せっかくいい気分だったのに……落とし前はキッチリつけてもらうからな」


 俺は自宅に戻り、ソーニャと翌日の打ち合わせを始めた。
 腐ったミカンのお掃除第二ラウンドスタートだ!!!!


 ※※※


 ネモの街はエルフィン王国の外れにある。
 王都は遠く離れ、ともすれば隣国であるシルターンの王都の方が距離的に近いほどだ。
 そして、最も近い国は――――遥か雲の上に座する、天空の国アルディオンである。

 エルフィン王国は、長くアルディオンとは良好な関係を築いてきた。
 国土自体は小さいが、圧倒的な武力を誇る竜人たちが強大なドラゴンに騎乗して戦う竜騎士団は、けして敵に回すことのできない存在だ。
 まして、空を飛ぶ手段もままならない人の身では、アルディオンの城に攻め入るどころか、矢一本届かせることができない。つまり、勝負にもならないのだ。
 しかし、隣国であるシルターンはそうではない。彼らは呪いの秘術を持っていて、完全には滅ぼせないまでも、アルディオンを苦しめることぐらいはできる。
 竜人は長命で丈夫だが、それだけに妊娠と出産には時間がかかる傾向があるため、数の優位だけで言えば人族に軍配が上がった。

 アルディオンがエルフィン王国を攻めれば、身の危うさを感じたシルターンはアルディオンを呪う。エルフィン王国がシルターンを襲えば、いずれアルディオンが地上を支配する。
 三すくみとまではいかないが、何となくそんな感じで仲良くしましょうね、という空気が保たれ、長いこと国同士の均衡が保たれてきた。
 アルディオンの民がさほど好戦的ではなく、今代の竜王妃がエルフィン王国の生まれであることもあり、あと数百年はこの平穏が破られることはないであろうというのが大方の見方だった。

 しかし、それでも国境には国防の備えが必要である。
 エルフィン王国とシルターンの間にある広大な森を領地に持つベルモンド辺境伯は、その国境に築かれたカルノ砦を守ることを義務付けられた貴族だった。
 現在は、当主であるエルマン・ベルモンド辺境伯がその土地を守っている。
 

 翌日の朝、俺とソーニャはカルノ砦に向かって馬車を走らせた。
 そろそろ季節は秋に近づいていて、少しばかり冷えた空気が心地良い。
 カラカラと回る馬車の車輪が、道端に積もる落ち葉を踏んで時折カサカサと音を立てていた。
 田舎への道ではあるが、辺境伯領とネモの間には立派な街道が敷かれ、長い石畳が続く。
 お陰で激しくガタガタと揺れることもなく、道中はだいぶ楽だった。お陰で馬車初体験のノエルも、俺の膝で大人しくすやすや寝ていてくれる。

 カルノ砦には、夕方に差し掛かった頃に到着した。
 見慣れない馬車の訪問に、砦の門番は警戒した様子だったが、ソーニャが先に降りると槍を納める。
 冒険者ギルドの長であるソーニャは、こうしたところでも顔が利くようだ。

「ソーニャ・レイグラフが来たと、エルマン伯にお伝えなさい。緊急の用事だとね」

 ソーニャの命を受け、門番が一人砦の中へと走っていく。
 国防の要だけあって、門の前には5人の兵士が任に当たっていた。暇だからとだらけた様子もなく、きちんとした仕事をしている姿には好感が持てる。
 それ以外にも、高見の塔や砦の城壁からもきちんと巡回・監視をしている兵士の姿があった。
 
 十分程して、砦の中から数人の騎士たちが姿を現した。
 彼らはソーニャに向かって騎士の礼をとり、敬意を払う。

「エルマン伯はどうしました?」

「まもなくいらっしゃいます。まずは先行しておもてなしをし、話を伺うようにと命を受けて参りました」

 ソーニャはゆっくりと頷き、馬車に残る俺に向かって手を差し伸べる。
 俺は訓練された優雅な仕草でその手を取り、馬車から降りた。上質な銀糸の刺繍が施された黒のローブを纏い、顔を晒さぬよう隠している。小さなフワモコを抱っこしているのはご愛嬌だ。

「レイグラフ様、そちらの方は……」

「今にわかります。とても高貴なお方ですよ」

 しかし、いくらソーニャの口利きといえど、顔も見せない、名も明かさない人間を砦の中に招き入れる訳にはいかない。
 逡巡する騎士達だったが、その懸念はすぐに晴らされた。
 主であるエルマン伯が、砦の中からその姿を見せたからである。

 エルマン伯は長身で、壮年ながら衰えを見せない、如何にも勇猛な将軍と思しき男性だった。
 黒目黒髪で髭を蓄えた姿には、威厳が漂っている。
 俺はエルマン伯の前に立つと、そっとローブを下ろして顔を見せた。
 おっとりと優しく微笑むと、厳しい表情だったエルマン伯は大きく目を瞠る。

「ひさしぶりだね、エルマン」

 エルマン伯は、信じられないと言うように声を張った。



「お………っ、お祖母さま………………!!!!!!!」

 

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