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17.ギルドのおしごと
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俺の答えに、ソーニャは肩をすくめる。
いつまでこの街にいるか、それを決めるのは俺じゃない。そんなこと、ソーニャだってわかってるだろ。
「あなたの方から帰るつもりはないんですね?」
「それは、絶対にいやだ。……ジークが俺を迎えに来ないってことは、アイツにとって俺がその程度の存在になっちまったってことだろ。そんなら、俺ももうあそこに帰る意味なんかない」
心残りが全くにないと言えば嘘になる。
ラインハルトとソフィアの式はどうなるか、自分が居なくても本当に大丈夫か。
コンラートはあれでしっかりしているし、ちゃんと皆の助けになってくれると思うけど、時々番と喧嘩しては俺に愚痴を言いに来ていた。それを聞けなくなるのも寂しい。
けれど、心が離れたジークハルトの姿を見るのはつらい。
150年愛し合いされてきたものが壊れていくところを見せつけられたくはなかった。
だから、もう一度ジークハルトが俺を望んでくれるまで。愛していると言ってくれるまで、俺は帰らない。
「意地を張っていても良い事なんかありませんよ?」
「別に、意地はってるわけじゃないし。ジークが悪いんだ」
あくまでも帰らないと言い張る俺に、ソーニャは説得を諦めたみたいだった。
パテをバゲットに塗りつけて齧り、ワインで口を濯いでから新たな提案を持ちかけてくる。
「それなら、ギルドの仕事を手伝ってくれませんか?」
「ギルドの仕事?」
「ええ。知っての通り、人員が不足して火の車なんです。新しい職員の派遣も要請しているんですが、それでもギルド利用者の増加には全く対応しきれません」
未踏破のダンジョンは、低レベルから中級レベル冒険者のニューフロンティアだ。
現実には見つかった時点で10階層ぐらいまでの攻略はされてしまうから、滅多にBクラス以下の冒険者がおいしい思いにありつけることはないんだけど、それでもチャンスを求めてやってくる。
そういう気持ちもわからなくはないんだが、気が焦っているせいか周囲がみんなライバルに見えるらしく、ピリピリしがちなのが困りものだ。準備もろくろくしないで駆けつけてくるから、武器屋、道具屋、食事処に至るまで長蛇の列ができる。
待たされている焦りとストレスから割り込みやつまらないいざこざも増えて、放って置くと街の空気が悪くなっていく。
満室や金銭的事情で宿屋に泊まることができない冒険者たちは夜遅くまで酒場に入り浸り、路上をウロウロするようになるから最悪だ。貧しさに耐えかねて一般人をカツアゲしたり、盗みを働いたりするようになったら手に負えない。
ソーニャもそうならないよう手を尽くしているが、それでも焼け石に水状態なのだという。
「観光客もいますから、まさか街にこれ以上人を入れないようにしろとは言えません。一応ダンジョン攻略を目的とした訪問で、Bランク以上の身分証明書を提示できない者は断るよう検問に指示しているのですが……」
「正直に言うわけないよなぁ」
なるほど、これは思ったより由々しき事態だ。
思えば、俺があの宿に宿泊できたのも物凄い幸運だったんだよな。
最初にいい宿がないか尋ねた屋台のおっちゃんがいい人で、俺が一人で旅をしていると聞いた途端、慌ててあの宿に案内してくれたんだ。
あの時は不思議に思ってたけど、今思えばなんとなく理解はできる。きっと、見るからにお忍びか家出中の貴族で力も弱そうな俺を見て、野宿はさせられないと心配してくれたんだろう。何回も、ほんとに従者はいないのかって聞かれたもんな。
ありがとう、おっちゃん。今度ちゃんとお礼を言いに行かなきゃ。
「最近は取締り強化のお陰で冒険者のトラブルも減ってきているんですが、今度はダンジョンで潤っている冒険者の懐を狙う輩が湧いているのです。全く、次から次へと頭が痛いったらありませんよ」
俺が冒険者として活動してた期間も10年なかったが、ギルドも大変なんだなあ……。
なんだかんだソーニャには色々世話になっているし、ひと肌くらい脱いでやってもいい。こないだのマッピングみたいな無茶振りでなければだけど。
「それで、俺にどんなこと頼みたいわけ?内容によっては引き受けてやってもいいけど」
「本当ですか!?」
「内容次第だぞ。こないだみたいなのはお断りだ」
「勿論、わかっていますとも!今度こそあなた向きのお仕事ですよ!」
ウンウンといつになく激しく頷くソーニャ。よっぽど嬉しいんだなぁ……。
昔なじみの苦労が忍ばれ、何だかホロリとしてしまう。
それにしても、ソーニャも丸くなったもんだ。俺と出会った頃のソーニャだったら、悪さをした冒険者はカエルにしてダンジョンに放り込んでいたに違いない。
それを考えれば、だいぶ人間社会の倫理観を身に着けていると思うよ、うん。
「あなたにお願いしたいうってつけのお仕事――――それは、公安ギルド管理職員です!!!!」
いつまでこの街にいるか、それを決めるのは俺じゃない。そんなこと、ソーニャだってわかってるだろ。
「あなたの方から帰るつもりはないんですね?」
「それは、絶対にいやだ。……ジークが俺を迎えに来ないってことは、アイツにとって俺がその程度の存在になっちまったってことだろ。そんなら、俺ももうあそこに帰る意味なんかない」
心残りが全くにないと言えば嘘になる。
ラインハルトとソフィアの式はどうなるか、自分が居なくても本当に大丈夫か。
コンラートはあれでしっかりしているし、ちゃんと皆の助けになってくれると思うけど、時々番と喧嘩しては俺に愚痴を言いに来ていた。それを聞けなくなるのも寂しい。
けれど、心が離れたジークハルトの姿を見るのはつらい。
150年愛し合いされてきたものが壊れていくところを見せつけられたくはなかった。
だから、もう一度ジークハルトが俺を望んでくれるまで。愛していると言ってくれるまで、俺は帰らない。
「意地を張っていても良い事なんかありませんよ?」
「別に、意地はってるわけじゃないし。ジークが悪いんだ」
あくまでも帰らないと言い張る俺に、ソーニャは説得を諦めたみたいだった。
パテをバゲットに塗りつけて齧り、ワインで口を濯いでから新たな提案を持ちかけてくる。
「それなら、ギルドの仕事を手伝ってくれませんか?」
「ギルドの仕事?」
「ええ。知っての通り、人員が不足して火の車なんです。新しい職員の派遣も要請しているんですが、それでもギルド利用者の増加には全く対応しきれません」
未踏破のダンジョンは、低レベルから中級レベル冒険者のニューフロンティアだ。
現実には見つかった時点で10階層ぐらいまでの攻略はされてしまうから、滅多にBクラス以下の冒険者がおいしい思いにありつけることはないんだけど、それでもチャンスを求めてやってくる。
そういう気持ちもわからなくはないんだが、気が焦っているせいか周囲がみんなライバルに見えるらしく、ピリピリしがちなのが困りものだ。準備もろくろくしないで駆けつけてくるから、武器屋、道具屋、食事処に至るまで長蛇の列ができる。
待たされている焦りとストレスから割り込みやつまらないいざこざも増えて、放って置くと街の空気が悪くなっていく。
満室や金銭的事情で宿屋に泊まることができない冒険者たちは夜遅くまで酒場に入り浸り、路上をウロウロするようになるから最悪だ。貧しさに耐えかねて一般人をカツアゲしたり、盗みを働いたりするようになったら手に負えない。
ソーニャもそうならないよう手を尽くしているが、それでも焼け石に水状態なのだという。
「観光客もいますから、まさか街にこれ以上人を入れないようにしろとは言えません。一応ダンジョン攻略を目的とした訪問で、Bランク以上の身分証明書を提示できない者は断るよう検問に指示しているのですが……」
「正直に言うわけないよなぁ」
なるほど、これは思ったより由々しき事態だ。
思えば、俺があの宿に宿泊できたのも物凄い幸運だったんだよな。
最初にいい宿がないか尋ねた屋台のおっちゃんがいい人で、俺が一人で旅をしていると聞いた途端、慌ててあの宿に案内してくれたんだ。
あの時は不思議に思ってたけど、今思えばなんとなく理解はできる。きっと、見るからにお忍びか家出中の貴族で力も弱そうな俺を見て、野宿はさせられないと心配してくれたんだろう。何回も、ほんとに従者はいないのかって聞かれたもんな。
ありがとう、おっちゃん。今度ちゃんとお礼を言いに行かなきゃ。
「最近は取締り強化のお陰で冒険者のトラブルも減ってきているんですが、今度はダンジョンで潤っている冒険者の懐を狙う輩が湧いているのです。全く、次から次へと頭が痛いったらありませんよ」
俺が冒険者として活動してた期間も10年なかったが、ギルドも大変なんだなあ……。
なんだかんだソーニャには色々世話になっているし、ひと肌くらい脱いでやってもいい。こないだのマッピングみたいな無茶振りでなければだけど。
「それで、俺にどんなこと頼みたいわけ?内容によっては引き受けてやってもいいけど」
「本当ですか!?」
「内容次第だぞ。こないだみたいなのはお断りだ」
「勿論、わかっていますとも!今度こそあなた向きのお仕事ですよ!」
ウンウンといつになく激しく頷くソーニャ。よっぽど嬉しいんだなぁ……。
昔なじみの苦労が忍ばれ、何だかホロリとしてしまう。
それにしても、ソーニャも丸くなったもんだ。俺と出会った頃のソーニャだったら、悪さをした冒険者はカエルにしてダンジョンに放り込んでいたに違いない。
それを考えれば、だいぶ人間社会の倫理観を身に着けていると思うよ、うん。
「あなたにお願いしたいうってつけのお仕事――――それは、公安ギルド管理職員です!!!!」
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