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9.竜王妃、犬を飼う。
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ポーションを掛けてやると、犬の怪我はすぐに治った。
弱々しくなっていた心拍も安定し、呼吸も安らかになる。
「キュン、クーン」
すっかり傷が癒えたせいか、犬は元気を取り戻したようだった。流石中級ポーション、金貨20枚は伊達じゃない。
犬は起き上がって小さな薄い舌で俺の手の甲や頬をペロペロと舐める。
「うわわ、おい、くすぐったいよ」
「クン、クーン」
激しく顔を舐め回され、俺は犬を抱っこしながら笑った。
いいなあ、犬。かわいいなぁ。
しばらくそうやって戯れていたが、やがて空腹を抱えていたことを思い出す。
俺は宿屋の女将さんに盥に入れたお湯と、多めのパンとミルクと肉をお願いした。
最初は動物は困ると渋られてしまったけど、気前よく心づけを手渡したら、機嫌よく承諾してくれる。
薄汚い毛玉って言ってたのに、急に可愛いワンちゃんですねえ、なんて言うんだから現金なもんだ。
それでも女将は貰ったぶんの働きはきちんとしてくれた。盥のお湯には小さな石鹸をつけてくれたし、お湯は2杯分たっぷりとある。
犬が食べやすいようにスープの味付けはシンプルで薄めにしてあり、犬に食べさせてはいけない食材も入ってない。
肉はわざわざ肉屋で買ってきてくれたのか、いつもよりいい肉で、サービスのチーズがついていた。
俺は盥のお湯で犬を洗って石鹸を溶かすと、根気よく汚れと格闘する。
最初のお湯はすぐに真っ黒になったが、少しずつ綺麗なお湯を足してやりながら洗うと、だんだんと水に汚れが混じらなくなってきた。
洗うだけでお湯を使い切ってしまったため、最後は水魔法で泡を洗い流す。
「ちょっと冷たいかもだけど、我慢だぞ~」
風邪を引かないよう、流したらすぐに風魔法で乾かしてやる。
よっぽどさっぱりしたようで、ふんふんと鼻を鳴らしながら機嫌良く自分の尻尾を追いかけ始めた。石鹸のいい匂いでもするのかもしれない。
「へえ、お前元は白かったんだなぁ」
汚れたモップそのものだった毛玉は、元々は雪のように真っ白だった。毛はふんわりとしていて、もっふりとした手触りがきもちいい。
あんまり見たことのない犬だけど、犬種はなんだろう。
「ワンワン!」
「うわわ、吠えるな吠えるな。他の客に叱られちゃうだろ」
「クーン……」
「よしよし」
俺はすっかりきれいになった犬と食事を摂り、夜は抱っこして一緒のベッドで眠った。
※※※
「それで、どうして犬をダンジョンに連れてきているんですか?」
待ち合わせ時間にやってきた俺を見るなり、ソーニャは笑顔で訪ねた。これはまずい。ソーニャは怒るほど笑顔が輝くからな。これはなかなかのキレっぷりだ。
俺は間違ってもワンコがカエルにされたりしないように、慌てて抱っこガードする。
「だって、ほっとけないだろ!こいつ、すっごく弱ってたんだから。もうちょっとで死ぬとこだったんだぞ」
「キューン……」
俺の言葉に合わせて、ワンコが憐れを誘う声で鳴く。かしこい。
「今はどう見ても元気でしょう。大体、宿住みの冒険者が犬を連れてるなんて聞いたことありません!元いたところに戻してらっしゃい!」
な、なんて酷いことを言うんだ。あんまりじゃないだろうか。
俺は腰に手を当てて大通りの方を指差すソーニャに抗議する。
「ソーニャはボロボロになってた姿を見てないからそんなことが言えるんだよ。そりゃあ野良かもしれないけど、こんな小さい子犬があんなに痛めつけられるなんて、この街の治安どうなってるんだ?面倒見てくれるアテもないのに街に戻したって、またおんなじことになるに決まってる」
「あなたはすぐ考えなしに感情でモノを言う!150年経っても成長なしですか!」
「ソーニャは150年でますます人としての感情が退化しちゃってるんじゃないか?大体、ソーニャはこの街の冒険者ギルド長なんだから、治安が乱れてるのにも責任があると思うけど」
冒険者の管理が疎かになっているんじゃないかと指摘すると、痛いところをついたらしくソーニャは口を引き結ぶ。
ギルドに登録している冒険者が街で好き勝手して住民に迷惑を掛けないように取り締まるのもギルド長の仕事だ。本人で動かないにしても、きちんと人員を割いて目を光らせる必要がある。
犬が路上で死んでいても誰も気にしない街になったら、そのうち路地で浮浪者が死ぬのもたいしたことではなくなる。日常的に暴力が行われる風景が珍しいものではなくなり、街の治安レベルは負のスパイラルに陥るだろう。
「そのことに関しては、対策を講じている最中です。だからこそ、貴方にダンジョンの調査をお願いしたんじゃないですか」
なるほど、そういうことだったのか。
急速に膨れ上がる冒険者の数に対して、職員の数が間に合っていないのだ。
冒険者を取り締まるためには、当然のごとく相応の戦闘能力が求められる。
本来ダンジョン調査を行う職員まで、治安維持のほうに回さざるを得ない状況なのか。
「それであの無茶振りか。おかしいと思ったんだよ」
「申し訳ないとは思ってますよ。だからこうして私が出てきたんじゃないですか。……でも、だからといって助けた犬をダンジョンに連れて行くなんて本末転倒です。せっかく拾った命をドブに捨ててどうするんです?」
普通に危ないでしょう、と言われると俺も言葉に詰まってしまう。
そうなんだよなぁ。それに対しては返す言葉もない。
元々俺だって、ワンコのことは街に返してやるつもりだったんだ。だけど、助けたおかげで懐かれてしまったのか、ずーっと俺の後をついてくるんだよ。
心を鬼にして追い払おうとしたけど、こんなちっちゃな子犬にうるうるとしたつぶらな瞳で見つめられて、頭を擦り付けながらクンクン鳴かれたら、冷たくあしらうなんてできない。
「キューン……」
「いざとなったら、ちょっとの間異空間に匿うし、絶対俺の側を離れないようにさせるから」
「拾ったばかりの子犬に、言うことを聞かせるなんてできるんですか?」
「で、できるよ!できるよな……?」
「ワンッ!」
不安そうに確認する俺に、ワンコは元気よく一声吠えた。
本当に賢い犬だなあ。
弱々しくなっていた心拍も安定し、呼吸も安らかになる。
「キュン、クーン」
すっかり傷が癒えたせいか、犬は元気を取り戻したようだった。流石中級ポーション、金貨20枚は伊達じゃない。
犬は起き上がって小さな薄い舌で俺の手の甲や頬をペロペロと舐める。
「うわわ、おい、くすぐったいよ」
「クン、クーン」
激しく顔を舐め回され、俺は犬を抱っこしながら笑った。
いいなあ、犬。かわいいなぁ。
しばらくそうやって戯れていたが、やがて空腹を抱えていたことを思い出す。
俺は宿屋の女将さんに盥に入れたお湯と、多めのパンとミルクと肉をお願いした。
最初は動物は困ると渋られてしまったけど、気前よく心づけを手渡したら、機嫌よく承諾してくれる。
薄汚い毛玉って言ってたのに、急に可愛いワンちゃんですねえ、なんて言うんだから現金なもんだ。
それでも女将は貰ったぶんの働きはきちんとしてくれた。盥のお湯には小さな石鹸をつけてくれたし、お湯は2杯分たっぷりとある。
犬が食べやすいようにスープの味付けはシンプルで薄めにしてあり、犬に食べさせてはいけない食材も入ってない。
肉はわざわざ肉屋で買ってきてくれたのか、いつもよりいい肉で、サービスのチーズがついていた。
俺は盥のお湯で犬を洗って石鹸を溶かすと、根気よく汚れと格闘する。
最初のお湯はすぐに真っ黒になったが、少しずつ綺麗なお湯を足してやりながら洗うと、だんだんと水に汚れが混じらなくなってきた。
洗うだけでお湯を使い切ってしまったため、最後は水魔法で泡を洗い流す。
「ちょっと冷たいかもだけど、我慢だぞ~」
風邪を引かないよう、流したらすぐに風魔法で乾かしてやる。
よっぽどさっぱりしたようで、ふんふんと鼻を鳴らしながら機嫌良く自分の尻尾を追いかけ始めた。石鹸のいい匂いでもするのかもしれない。
「へえ、お前元は白かったんだなぁ」
汚れたモップそのものだった毛玉は、元々は雪のように真っ白だった。毛はふんわりとしていて、もっふりとした手触りがきもちいい。
あんまり見たことのない犬だけど、犬種はなんだろう。
「ワンワン!」
「うわわ、吠えるな吠えるな。他の客に叱られちゃうだろ」
「クーン……」
「よしよし」
俺はすっかりきれいになった犬と食事を摂り、夜は抱っこして一緒のベッドで眠った。
※※※
「それで、どうして犬をダンジョンに連れてきているんですか?」
待ち合わせ時間にやってきた俺を見るなり、ソーニャは笑顔で訪ねた。これはまずい。ソーニャは怒るほど笑顔が輝くからな。これはなかなかのキレっぷりだ。
俺は間違ってもワンコがカエルにされたりしないように、慌てて抱っこガードする。
「だって、ほっとけないだろ!こいつ、すっごく弱ってたんだから。もうちょっとで死ぬとこだったんだぞ」
「キューン……」
俺の言葉に合わせて、ワンコが憐れを誘う声で鳴く。かしこい。
「今はどう見ても元気でしょう。大体、宿住みの冒険者が犬を連れてるなんて聞いたことありません!元いたところに戻してらっしゃい!」
な、なんて酷いことを言うんだ。あんまりじゃないだろうか。
俺は腰に手を当てて大通りの方を指差すソーニャに抗議する。
「ソーニャはボロボロになってた姿を見てないからそんなことが言えるんだよ。そりゃあ野良かもしれないけど、こんな小さい子犬があんなに痛めつけられるなんて、この街の治安どうなってるんだ?面倒見てくれるアテもないのに街に戻したって、またおんなじことになるに決まってる」
「あなたはすぐ考えなしに感情でモノを言う!150年経っても成長なしですか!」
「ソーニャは150年でますます人としての感情が退化しちゃってるんじゃないか?大体、ソーニャはこの街の冒険者ギルド長なんだから、治安が乱れてるのにも責任があると思うけど」
冒険者の管理が疎かになっているんじゃないかと指摘すると、痛いところをついたらしくソーニャは口を引き結ぶ。
ギルドに登録している冒険者が街で好き勝手して住民に迷惑を掛けないように取り締まるのもギルド長の仕事だ。本人で動かないにしても、きちんと人員を割いて目を光らせる必要がある。
犬が路上で死んでいても誰も気にしない街になったら、そのうち路地で浮浪者が死ぬのもたいしたことではなくなる。日常的に暴力が行われる風景が珍しいものではなくなり、街の治安レベルは負のスパイラルに陥るだろう。
「そのことに関しては、対策を講じている最中です。だからこそ、貴方にダンジョンの調査をお願いしたんじゃないですか」
なるほど、そういうことだったのか。
急速に膨れ上がる冒険者の数に対して、職員の数が間に合っていないのだ。
冒険者を取り締まるためには、当然のごとく相応の戦闘能力が求められる。
本来ダンジョン調査を行う職員まで、治安維持のほうに回さざるを得ない状況なのか。
「それであの無茶振りか。おかしいと思ったんだよ」
「申し訳ないとは思ってますよ。だからこうして私が出てきたんじゃないですか。……でも、だからといって助けた犬をダンジョンに連れて行くなんて本末転倒です。せっかく拾った命をドブに捨ててどうするんです?」
普通に危ないでしょう、と言われると俺も言葉に詰まってしまう。
そうなんだよなぁ。それに対しては返す言葉もない。
元々俺だって、ワンコのことは街に返してやるつもりだったんだ。だけど、助けたおかげで懐かれてしまったのか、ずーっと俺の後をついてくるんだよ。
心を鬼にして追い払おうとしたけど、こんなちっちゃな子犬にうるうるとしたつぶらな瞳で見つめられて、頭を擦り付けながらクンクン鳴かれたら、冷たくあしらうなんてできない。
「キューン……」
「いざとなったら、ちょっとの間異空間に匿うし、絶対俺の側を離れないようにさせるから」
「拾ったばかりの子犬に、言うことを聞かせるなんてできるんですか?」
「で、できるよ!できるよな……?」
「ワンッ!」
不安そうに確認する俺に、ワンコは元気よく一声吠えた。
本当に賢い犬だなあ。
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