上 下
8 / 38

8.予期せぬ出会い

しおりを挟む
 結局、あの後冒険者たちの乱闘になり、ブチ切れたソーニャが比喩じゃなく雷を落として、騒ぎの幕は閉じた。
 俺としては誰でもいいからマッピングを代わってほしかったんだけど……。


「あのねえ、あなたまだ理解ってないみたいですね。本当に鈴の音がするんじゃないですか?ちょっと頭を振ってご覧なさい」

 ソーニャは心底呆れた表情でお得意の皮肉を浴びせ、はあっとため息を吐いた。

「仕方ありません、私が行くしかないようですね……」

「えっマジ!?ソーニャきてくれんの!?」

 思いもよらない展開に、俺は嬉しくなってしまった。
 てっきりギルマスになったソーニャはもう一緒に戦ってくれるような機会はないだろうと思ってたのに、まさかまたパーティーを組めるなんて。
 無邪気に喜んでいる俺の頬をソーニャが引っ張ろうとし、俺は慌てて自分のほっぺたをガードした。

「行きたくて行くんじゃありませんよ!どこの馬の骨かも分からないようなのと貴方を一緒にさせたら、あのトカゲが街に血の雨を降らせますからね」

「そんなん、バレなきゃ平気だよ」
  
 ふん、と俺は軽く鼻を鳴らす。
 俺がダンジョンに潜ってからもう一週間になるが、ジークが追ってきている気配すらないんだ。
 自分からガチで撒いておいて勝手だけど、なんだか面白くない。

(ふつーに遅すぎじゃね?何やってんだよ、まじで)

 俺が不機嫌そうに頬を膨らませると、ソーニャがすかさず指で空気を抜きに来る。

「やめなさい、かわいいだけです」

「ぶすくれた顔がかわいいわけないじゃん」

「かわいい子は何やってたってかわいいんです!全く審美眼もまともに持ちわせていないんですから、嘆かわしいにも程があります」

「ねえ、これ俺褒められてんの?ディスられてんの??」

 なんだか釈然としないが、何はともあれマッピング地獄からは解放されそうだ。
 久々に安眠できそうな予感がして、俺は足取り軽くギルドを後にした。

 なんせ、今日はドロップ品を売却した報酬で懐も温かい。
 初日に指輪がギルドの建物を破壊してしまったせいで、今までの売却金は修理費に消えてしまったからな。
 手持ちの宝飾品を売っても良かったが、あいにく家出中の身だ。どこから足がつくかわかりゃしないから、下手なところでは売りに出せない。お陰で俺は150年ぶりに財布の中身を数える生活を味わっていた。
 
 そんな昨日までとは打って変わって、革の財布は金貨でいっぱいになっている。
 今日ぐらいは贅沢をして、宿の最低保証飯じゃなく、何かおいしいものでも食べようかという気になった。

(何食べよっかなぁ~。やっぱ肉かな!めっちゃ豪快で、塩とスパイスかけて焼いただけのデカいやつ!)

 シンプルな味付けで、ただ焼いただけの大きな塊肉を想像するだけで、口の中に涎がでてくる。
 何せ竜王妃になってからというもの、凝りまくったお上品な料理ばかり食べてきたのだ。
 子供のために貫き通すと決めた白百合の仮面をつけたまま『焼いただけの肉を手掴みでかぶりついて食べたいんです』なんて到底言い出せない。
 だけど俺は、本当はナイフとフォークなんか使わずに、ただ揚げただけの芋をつまんで食べたり、串に刺さった肉に齧りついたりする食事が大好きなんだ。高級ワインより庶民のエールを浴びるように飲みたい!

(ソーニャとの食事もフランクで良かったけど、基本にお上品なんだよなぁ)
 
 やや大衆的なレストランで食べた下品スレスレの分厚いステーキは野性味に溢れていて大変よかったが、ナイフとフォークを提供されるだけで、もう自分の理想とは違うのだ。
 吐くほど飲んでおいて図々しいと言われるかもしれないけど、やっぱりワインよりエールがいいなと思ってしまう。

 そんな俺にとって、今この時が絶好のタイミング!

「今日こそは自分の好きなものを好きなように好きなだけ飲み食いしてやるぞ―――!!!」



 ぎゅむっ。


 
「キャンっ!」


 浮かれていた俺がうっかり何かを踏んづけたと思った瞬間、甲高い動物の鳴き声が上がる。
 慌てて足元を見ると、灰色の犬の尻尾を踏んでしまったのだとわかった。

「うわっ、悪い!ごめんな、大丈夫か!?」

 完全に俺の不注意ではあるが、抱き上げた犬は灰色の石畳と完全に同化してしまうほど薄汚れていて、濡れてボサボサになった毛は、全身使い古したモップのようだった。
 道の真ん中でぐったりと行き倒れていたであろう犬を、俺は大慌てで宿に連れ帰り、踏んでしまった尻尾が傷になっていないか確認する。

「うん、尻尾は怪我してないな。けど、右脚が折れてる。お腹も……蹴られたのかな、なんて酷いことするんだ……!!」

 全身の傷を確かめる俺の手が患部に触れても、もう犬は小さな声でしか鳴くことができない。相当弱っているのだろう。
 きっと心無い連中に痛めつけられて、あの道に倒れていたに違いない。

「可哀想に……今治してやるからな」

 俺は腰のポーションバッグを開けると、中級ポーションを取り出して犬の体に掛けてやった。
 折れた骨をくっつけるためには、普通のポーションじゃ心許ない。多少高価ではあるが、尻尾を踏んでしまったお詫びだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...